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箸休め四品目:ゲルマフィリオ州後篇


「フッイ! フッイーーっ!!」

 普段温厚な軍団帳が突然叫びだした事で、第六軍団本部は一瞬の静寂に包まれる。

「軍団長、第九歩兵軍団に何かあったのですか?」

 恐る恐る一人の幕僚が声を掛ける。

「フッイ軍団長との交信中に……あの化け物の声が聞こえて…………多分、第九は壊滅だ……」

 あのペロポネアとの戦いに勇敢な働きを見せたフッイ軍団長率いる第九歩兵軍団の壊滅の知らせに、軍団本部の面々は衝撃を隠せない。動揺する者、憤激の余り歯を噛み締める者、悲しみに涙を流す者、恐怖に崩れ落ちる者……。

「落ち着くんだ皆! 私達がしっかりしないと部下の命に係わるんだぞ!」

 ハーヴリー軍団長の一喝によって一同はそれぞれのやるべき事に取り掛かり始める。敵は強大なのだ。感情に流されていてはすぐに殺されてしまう。




 散発的なフルーキシの群れを撃退しつつ、増援を待つこと三時間。そろそろ増援が到着してもいい頃合いだ。

 しかしそこで最大の試練にぶち当たる。

 どんよりとした雰囲気の軍団本部に、隷下の第八中隊とエーン国土守備隊の混成部隊から緊急通報が入った事から試練は始まった。

「第八中隊より通報! 魔獣の群れ八千以上から猛攻を受けている! 火力支援を要求するっ!」

「了解。魔法中隊に支援を命じろ」

「はっ!」

 ロミリアの歩兵軍団と軍団には大きな違いがある。それは歩兵軍団が小隊規模の魔法部隊しか保有していないのに対して、軍団には中隊規模での魔法部隊が存在することだ。小隊規模の魔法部隊の主な役目は目視射程圏内にて中隊規模の歩兵部隊の火力支援を主任務とするのだが、魔法中隊は射程数十キロをカバーする長遠距離射程攻撃を主任務に据えている。

 この戦法はダキアが純研究目的で開発した重量数百キロもする魔力話機にロミリア軍が着目し、数十キロクラスにまで小型化した事から生まれたロミリアにしか出来ない恐るべきパワーなのである。従来の攻撃用魔法は目視による攻撃しか行えず、距離を取っても精々数キロの範囲内までしか攻撃が出来なかった。遠距離と言うと真っ先に思い浮かぶのが転移魔法ではあるが、転移は極めて高等な魔法で一部の特殊な人間にしか扱えず魔力消費も激しい。大人数で陣を組めば転移も確かに可能だが、前述の魔力消費の激しさは陣を組むのに参加した平均的な魔法師を(距離にもよるが)転移魔法二、三回程度の使用でダウンさせてしまう程だ。

 そこで、魔力話機が登場するのである。魔力話機で前線の部隊が火力支援を求め、前方管制官が敵にポインティングを魔法によって施せば、数十キロ離れた場所からでも大規模火力をデリバリー。この戦法をこの世界の砲兵師団とも言える魔法軍団およそ七千兵で行えば、射撃命令から一分以内で一つの街を廃墟に変えるのも容易いだろう。この大陸においてこのような長距離通信能力を全軍単位で採用している軍はロミリアを除いてない。という事はロミリア軍と相対した軍は一方的にロミリアの火力を浴び続けなくてはならないのである。これに対抗可能なのはこの大陸で唯一飛行戦力を保持しているペロポネア軍だけであろう。魔力話機など使わないで、テレパシーなり声を長距離に飛ばせばいいと考えた者もいたがこの世界の魔法は目に見えない物を再現すると、どうしても高等な代物になってしまい、一部の特殊部隊を除けば採用される事はなかった。


 第八中隊とエーン国土守備隊は川を挟んで防御陣地を構築し、対岸から迫るフルーキシの大群へ向けて持てる限りの戦力を叩き込む。兵士達は薄く雲掛かった夜の闇の中、足首をすっぽり覆う雪に体力を奪われながらも無数の火球、投げ槍、弓を眼前に迫るフルーキシの大群に投射する。対岸の雪が、大地が、フルーキシの肉片が空中に舞いあがり、ただでさえ良好とはいえない兵士達の視界を悪くする。そして、彼らの猛攻によって出来た仲間の死体の山を乗り越えて、飛び散った血霧、土埃、雪片の中から数千のフルーキシが眼前に現れた。その絶望的なまでの物量差でも彼らは諦めずに火球を放ち、投げ槍を投擲し、矢を射続ける。だが、目視で八千以上、実数にして一万を数えるフルーキシの行進はペースを緩めずじりじりと近寄ってくる。

 彼らの火力ではこの進軍を止める事など出来なかった。どだい、度重なる戦闘で戦力は三千を切っていたのだ。ついにフルーキシの先頭集団が渡河を終え、その鋭い触手が一人の兵士の持つ楯を貫き彼の手から奪い取る。彼は身を守る術を奪った。だが彼は空から近づく強大な力に助けられる事となる。

「全員伏せろっ!」

 楯を奪われ目の前に迫るフルーキシに恐怖していた一人の兵士は、上官の声に反応し咄嗟に倒れこんだ。

 と、同時に空から殺傷半径三百メートル、致死半径五十メートルを誇るロミリア共和国の面制圧上級魔法【ヴルカーノ】が十二発空からフルーキシに降り注いだ。殺傷半径とはその範囲内にいた場合運の悪い者は死に、運の良い者は怪我を負う範囲を現し、致死半径は範囲内の人間をほぼ確実にあの世へと送る。この攻撃により、縦千二百メートル、横九百メートルの範囲が殺傷半径内に入った。

 着弾によって辺りに響き渡った筆舌にし難い爆音が、兵士達の聴力を一時的に麻痺させる。

 上官の声に助けられた、楯を失った兵士はつい閉じてしまった目を開くと、そこには目の前のフルーキシが無傷で立っていた。

「うあわあああ!」

 彼は未だ持っていた槍で訓練の賜物である高速の突きをお見舞いする。その突きは速さこそあったものの、狙いが全く定まっておらず、フルーキシの触手の一本に刺さってしまった。これではフルーキシを仕留められない。彼の努力は実らなかった。彼は死を覚悟した。

「ん?」

 彼が小突いたフルーキシは何の抵抗もせず、あっさりと倒れた。よくみれば、フルーキシは背部をごっそりと抉り取られていた。

 先ほどまで、圧倒的な物量で迫って来た怪物達に現在その面影は見られない。彼の目の前に見えるのは、四方に散らばるチリチリと焼けている大小様々な肉片の塊だった。獲物を前に殺到していたフルーキシの大群は魔法部隊放った魔法のキルゾーンの中にまんまと入り込んでいたのだった。

 第八中隊とエーン国土守備隊の混成部隊は既に生き残った僅かなフルーキシの掃討に移る事となる。


 しかし、彼らが火力支援を受けている間に他部隊にも敵が迫っていた。第六軍団本部の魔力話機に次々と火力支援の要請が届く。

「第四中隊から火力支援要請! 敵数およそ六千!」

「第二中隊、二千以上の魔獣と会敵! 火力支援求む!」

「魔獣の群れ五千二百と交戦中! 第十中隊が火力支援を要請しています!」

「くそっ! 魔法中隊が第二射を放つまで後何分かかる!?」

「残り五分四十一秒!」

 魔法中隊は全力での火力支援を行うと、七分のインターバルを挟まないと第二射が放てないのである。


 とりわけ第二中隊の戦況は悪かった。

「絶対にあのクソッタレ共を近づけるんじゃないぞっ!」

 小隊長の罵声と共に放たれる二十三本の投げ槍は全面から突っ込んでくるフルーキシの群れ数十に見事命中するも十三体を地に落としただけで全体の勢いは止められない。

「チクショウ! 白兵戦用意! テメエら死ぬなよ!」

 第二中隊を襲ったフルーキシの大群は数こそ少ないが、第二中隊が陣地をその場しのぎで構築したため、なだらかな丘を背にしていたのだ。この失敗は痛かった。丘が死角となって後方の様子を把握しきれなかったのだ。それにより後方からフルーキシが浸透してきて奇襲を受け、貴重な魔法部隊は一緒にいた中隊司令部と一緒になす術なく全滅。指揮系統の壊滅により第二中隊隷下の各小隊は各個撃破されていった。

 この場には一個小隊にすら劣る戦力しか残されていなかった。


 否。


 もう一人、紫髪の少女がいた。いや、突如現れた。

「……邪魔」

 その少女が一言呟くと、フルーキシはあろうことか同士討ちを始めた。数千いたフルーキシは徐々に数を減らしていき、やがて数十の群れにまで減った所を紫髪の少女が魔法で全て焼き払った。

「……あなた達、大丈夫?」

 少女の後ろではフルーキシの群れに止めを刺した炎が未だ威勢よく踊っている。

「あ、ああ……」

「……そっか。良かった」

 生き残った第二中隊の面々に少女は微笑みかける。その後、辺りをキョロキョロと見回し出す。

「……来ない」

 少女の探し物はここには無かった。実の所、探し物はこの時自宅で平穏な時を過ごしているのだが、それを知る術を彼女は持っていなかった。少女は落胆し、しょぼんと下を向く。

 ちょうどその時、空から一人の女性が飛び降りて来た。

「何だ。もう片付いたのか」

 女性はだらしなく黒い詰襟の軍服を着、腰には剣を穿()いている。

「……ミーシャ。危ないよ?」

 少女はミーシャの行動を注意するも、ミーシャはそれを意に介してはいないようだ。

「私を誰だと思っている。魔法戦士だぞ? こんな魔獣共に後れを取るものか」

「……そう。じゃあ、手伝ってくれる?」

「無論だ。全て斬り払ってくれよう」

 二人は空から飛来した二頭の竜に乗って、第二中隊の生き残り達の元から去って行った。




 第六軍団本部には陰鬱な空気が流れていた。第二、第七中隊からの応答が途絶え、その他の隷下部隊も戦況は目も覆わんばかり。頼みの綱の魔法中隊も射撃目標の情報がなければ役立たずだ。

 そこに第四中隊からの通信が入る。

『こちら第四中隊だ。我々は竜に救われた』

「……は? 今、何と言った?」

 軍団本部の通信手は思わず聞き返す。

『竜だ。竜がいきなり現れて、フルーキシを焼き払った。その後、フルーキシは同士討ちをし始めた。だから……だから、そう、我々は無事だ。助かった』

 第四中隊からの通信を皮切りに次々と隷下の中隊から不可解な報告が上げられて来る。

『嘘じゃないんです! 空から魔法剣士の方と竜が降りて来たんですよ! え!? 近衛が来てくれたんじゃないんですか!?』

『こちら第九大隊。大型の白龍と魔法師一名による支援を確認。戦線は持ち直した。ん? そのような支援はしていないだと? だが現に……』

 その後、二個歩兵軍団の増援が到着した事により、防衛線の構築は完了された。




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