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二、ディーウァ(仮)




 お母さんとお祖父さんはフィアウルさんの見送りに部屋を出て行った。

 室内には窓際のベッドで上半身だけ起こした私と、部屋の左右の壁に沿うように配置された木製の戸棚と本棚の間に立つディーウァ(仮)だけ。

私はディーウァ(仮)と二人きりだ。

 二人きりで話せる機会はこの先当分ないと考えた私は早速質問する。

「あなた、本当にディーウァなんですか?」

 ディーウァは元々最新鋭ステルス戦闘攻撃機として【物質創造】した純然たる兵器であり、人型にモードチェンジ出来るようにはしたとはいえ、それは魔力消費を抑える目的だった為なので身長十センチ位のちびっ子だったはず。それがどうして年齢十五歳前後の美少女となっているんだ。

「御主人様は私をお忘れになられたので御座いますか?」

 いや、忘れた訳じゃないよ。確かに顔や体格からしてちびっ子の時のディーウァを今位大きくすればちょうどあなたになるんだろうさ。

「いやでも、何でおっきくなってるんだ?」

 転生前の口調に戻って質問する。特別どちらの口調が良い悪いという気持ちはないが、ディーウァ相手にはこっちのがしっくりくるのだ。

「何をおっしゃっているので御座いますか? 御主人様が私に魔力を流し込み過ぎた故の結果で御座いますよ?」

 あたかも私のせいと言いたげな物言いだね。

「どういう事?」

 ディーウァに事情をただした所、こういう事らしい。

 魔族の王と戦闘後、私はいきなり倒れてしまったらしいのだが、意識を失う直前にディーウァを【物質創造】したそうだ。しかし私が加減を間違えたらしくディーウァに流入した魔力が余りに膨大な為、制御が付かなくなりそうになったとの事。よって身体を敢えて成長させ魔力を消費する事にし、ついでに知識も手に入れたらしい。

 ディーウァに当時の説明を受けて、ぼんやりと記憶が戻ってくる。そうだ、確かに私はぶっ倒れてしまったんだ。だからフィアウルさんがいた訳か。

「よく分からないな。何故大きくなると魔力制御が可能になるんだ?」

「私の操作可能な魔力量には限界が御座います。また、私の体内に蓄積可能な魔力も限られております。故にこの姿になったので御座います。しかし、ならなければおそらく……」

 ディーウァは真面目くさった顔で、両手を胸の前に持って行く。

「恐らく?」

 そして両腕を大きく開いた後、一気に閉じた。手を打ち合わせた音が室内に響く。

「パーン、と破裂したかと」

 ディーウァが炸裂する光景が頭に浮かぶ。流石に内臓があるとは思えないが、凄惨な光景になるのは間違いないだろうな……うえ、想像するんじゃなかった。

「その為、身体を成長させる事に致しました。身体が大きくなったからで御座いましょうか。蓄積可能な魔力量が大幅に増加したのも良い方向に働きました。以上が理由となります。納得頂けましたで御座いましょうか御主人様」

「……納得した。それは仕方ない」

 想像したらディーウァの置かれた状況を克明に理解したよ。体が炸裂しかけてたんじゃ大抵の事は許すしかないだろう。

「御理解頂け何よりで御座います」

 となると、ディーウァが私をここまで運んで来た訳か。なら、礼を言わないと。

「あー、ディーウァ」

 ち、中々言いにくい。面と向かって言おうと思ったのに、ついそっぽを向いてしまう。

「何で御座いましょう」

「えーと、だな」

 言え、こんなの簡単じゃないか。

「はい?」

「その、何だ。助かったよ。あ……ありがとう」

 く……頭に血が上って来ている。何でだか知らんが、敬語でなら臆面もなく言える感謝の言葉がひどく気恥ずかしい。

「こちらこそ、そのような可愛らしい御姿を拝見させて頂き有り難う御座います」

 ななな何を言ってるんだこいつは!?

「ゴホン! その、やけに丁寧な口調は何なんだ?」

 ディーウァめ、悪い方向に成長したな……私はほてった頭を何とかしようと話題を変える。

「仕様で御座います」

「嘘つくな。以前は語尾にわざとらしく“〜です”を必ずつけていたじゃないか」

 とにかく頭を冷やす為、口を動かし続ける。

「それは、その。あの頃はそれが丁寧だと思い込んでいたので御座います」

「そうだったんだ……」

 顔を赤らめ恥ずかしがるディーウァを前に、私は人工知能の性能に魔力量が左右する事を一つ発見。まだまだ、【物質創造】を使いこなせていない事に気付かされた。

「それじゃ、今から魔力を削ったら元に戻るんだろうか?」

 本当はそんな事する気はないが、さっきの意趣返しにボソッと呟いてやる。

「勘弁して下さい御主人様。恥をかきたくはないです」

 心底困ったような顔を見せるディーウァにやり過ぎたかと思い何か言おうと口を開いた時、階段をドタバタと駆け上がる音が聞こえた。

 ディーウァと二人して何だろうとドアを見つめると、ドアをバタンと乱暴に開いて部屋へお母さんが入って来る。そして私を見て安堵したような笑顔を浮かべて一言、「アレシア」と私の名前を呟いた。

「どうしたんですか、お母さん」

 何かあったのだろうか。私はベッドから滑り降りディーウァの横を通ってお母さんに駆け寄る。

「な……何でもないわ」

 そう言ってお母さんは近寄る私と目線を合わせるようにしてしゃがみ、そのままの体勢で抱きしめてきた。額と額が触れ合う。お母さんの荒い呼吸が私の顔の表面を撫でる。どうやら相当急いで来たようだ。

「私はいなくなりませんよ、お母さん」

 多分、まだ私の帰還に実感が伴っていないのだろう。だから不安になったんじゃないかな。本当に私は実在するのか、と。ならどうしたら不安を払拭出来るかなんだが……まあ、何とかやってみよう。

「そう、そうよね。分かってるわ」

 肯定の意を早口でまくし立てているが、それが逆にまだ安心出来ていないという事を推察させる。しかし、体を密着させてこれ以上近付きようがない位私は傍にいるのにまだ安心出来ないならどうしたらいい?

「はい、これからはずっと一緒にいましょう」

 取り敢えず、安心させるような言葉を送ってみる。

「そう……ね、一緒にいましょうね」

 お母さんの声がまた上擦り始め、その瞳は潤んできている。これは効果有りと見ていいのだろうか。

「はい、一緒にいましょう」

 一応もう一度、同じ台詞を繰り返す。私自身の希望も込めて口から出したこの台詞は、ついにお母さんの涙腺を崩壊させてしまった。うーん、やり過ぎてしまったみたいだ。反省。

「何で、泣いちゃうんです?」

 俗に言う、感動の再会は既に済ませたじゃないか。なのにどうして?

「え?」

「涙、出てますよ?」

 お母さんは言われて始めて気付いたらしく、私を抱きしめていた右手を自身の頬へ持って行き、涙に触れた。

「あ、あれ、私、どうして泣いて……」

「泣かないで、下さいよ」

 仕方ないなあと、ささやかな微笑が私の口に浮かぶ。

「な……何言ってるの。アレシアも涙、出てるわよ?」

「え?」

 言われてみると確かに、頬を一粒の涙が流れているのを感じた。

 お母さんも、柔らかい笑みを浮かべ出した。

「ふふふ……」

「えへへ……」

 二人して、微笑みながら、涙を流す。

 何だか、くすぐったいような、温かいような、不思議な気持ちになった。




「うん! じゃ、朝ご飯にしましょう!」

 十分程経っただろうか。急に元気一杯になったお母さんは私を抱えて立ち上がった。

「お母さん? 私、自分で歩けますよ」

 私のいなかった間にもの凄い心労をかけてしまったんだ。もう迷惑はかけたくない。

「駄目。私がこうしたいのよ」

 弾んだ口調で私に答えるお母さん。そう楽しそうに言われると、反論出来ない。

「ほら、ディーウァちゃんもいらっしゃい」

「はい、お母様」

 ディーウァの事、すっかり忘れてた。というか、全部見られてたのか……。お母さんの肩から顔を出していると、後ろから着いて来るディーウァと目が合う。もらい泣きでもしたのか瞳を潤ませているディーウァと顔を合わせると、急に恥ずかしくなってきた。肩から顔を引っ込める。

「ふふっ、甘えん坊さんね」

 すかさずお母さんの胸に押し付けられた。く、どっちにしろ羞恥を味わう訳か。

 ええい! 母親なんだから恥ずかしくない! うん、これでよし!

 内心を押し殺しながらお母さんに抱き抱えられ部屋から廊下へと出る。


 変わってない……懐かしいなぁ。


 気持ちは完全に切り替わり、感傷の思いで心が満たされていく。

 私の部屋を出て廊下の右側を見ると彩色ガラス扉があり、その扉はベランダに繋がっている。一方左側を見ると部屋の扉が四つ並んでいる。四つの扉の見える左側へ扉を横目に足を進めると、やがて右側に階下へ続く階段が見つかる。階級には途中に窓があって、そこからお隣りさんの自慢の中庭が覗ける。今年も様々な花が咲き乱れている様子が見て取れた。彼らは元気に過ごしているだろうか。階段は一階廊下に繋がっていて、この廊下の左側には五つの形の異なる扉が並んでいる。一番左端の立派な木製両開きの扉が居間兼応接間に続く扉だ。真鍮製(だと思う)のドアバーをお母さんが直角に回転させ居間に入る。

「変わってないですねぇ……」

 落ち着いた焦げ茶色を下地に黒の網目模様が入った壁紙。薪を燃料にパチパチと炎が音を立てている煉瓦の暖炉。部屋の中央には斑紋の美しい白い大理石のテーブル。長方形のテーブルの長辺に沿うように設置された二対の四人掛けソファ。窓際では格子窓から差し込む朝日を明かりにお祖父さんがロッキングチェアに座って新聞を広げている。

「マリーさん、アレシアは大丈夫なのかい?」

 私達に気付いたお祖父さんが新聞から顔を上げる。

「大丈夫よ、先生の腕は確かだもの。ね、アレシア?」

「はい」

「そりゃ良かった」

 再び新聞に顔を戻すお祖父さんにディーウァが一礼した後、開きっぱなしのドアを通って食事室の中へ。

 食事室には十人は座れる大きな木製のテーブルと椅子があるだけだが、壁紙は白を基調とした明るいものとなっている。

「少し待っててね、すぐ用意するから」

 お母さんから椅子に降ろされた私。うーん、床に足がつかない。成長したはずなんだけどな。

「あ、私にも手伝わせて頂けませんか?」

 台所へ向かったお母さんをディーウァが追い掛けていった。

 台所から聞こえてくるお湯の煮え立つ音や包丁が規則的に何かを刻んでいる音をバックに私は一人椅子に腰掛け、久しぶりに無為に時間を過ごしたのだった。


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