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二十三、アーザス君を追い掛けて

2011/7/29加筆しました。


 着替えを済ませた私が階下に下りるとアーザス君とデウラテさんの二人が目を覚ましていた。

「あら、着替えちゃったのね」

「仕方ないわよ。まさかあれだけの被害が出るなんて思わなかったんだもの」

 まだ言ってら。まあいいや、私はアーザス君に謝らないと。

 大人の会話を始め出したお母さん達の横をすり抜け、ソファに座るアーザス君の前に立つ。

「アーザス君、昨日は約束をすっぽかしてしまってすみませんでした」

 あれ、何だかぼんやりしているな。

「アーザス君?」

 返事がない。肩に手を掛け揺すぶってみる。

「アーザス君、大丈夫ですか?」

 あ、私と目が合った。

「あああああああああアレシアちゃん!?」

 ちょっと、いきなり立たないでくれ。急だからびっくりしたじゃないか。

「ええ、そうですよ?」

「どどどどどどどうしてここに!?」

 しかし、慌て過ぎだろ。どうしたんだアーザス君。

「ここ、私の家ですよ? いて当然じゃないですか?」

「え、えええ? ど、どうなってるの!?」

 結構な混乱具合だが、アーザス君大丈夫かな?

「覚えていませんか? アーザス君、あなたは道ばたで急に倒れたんですよ。それでうちに運び込まれたんです」

「え……!?」

 やっとアーザス君落ち着いて来たみたい。良かった。

「そ、そうだ。アレシアちゃんを……あ、あの時に服装じゃないんだね」

 おっとその話題は鬼門だ!

「あの、あれは私の意思で着たんじゃありませんからね!」

「ふ、ふーん。そっか」

 あ、ちょっと引かれてる? やっぱあの服装はないよな……。はあ……。

「あ、正気に戻ったみたいねアーザス。大丈夫?」

「うん、お母さん……あ! ボク、学校行かなきゃ!」

「そうね……。でも、もう間に合わないんじゃない?」

「そうだけど、少し位顔出した方がいいもん! 行ってきます!」

「いってらっしゃいアーザス!」

 アーザス君はあっという間にこの部屋から駆け出てしまった。何というか、真面目だな、アーザス君は。私なら面倒で休んじゃいそうなものなんだけど。

「偉いわねアーザス君。私だったら休んじゃうわ」

 あ、お母さんも同じ事言ってる。

「ふふ、そうかしら?」

 デウラテさん、アーザス君を褒められて嬉しそうだ。

「アレシアもアーザス君となら安心ね」

「あら本当!?」

 さっきお母さんから掛けられた言葉より、こんな言葉の方が嬉しいのか? さっきからよく分からない事が多いな。美貌が人を気絶させる無殺傷兵器だという荒唐無稽な話で話題を逸らしたり、私とアーザス君の生涯親友発言にデウラテさんが歓喜したり。

 て、おいおい。アーザス君にちゃんとまだ謝っていないぞ。わざわざ私の美貌(笑)で気絶させてまで呼び止めたのに、本来の目的を遂げない訳に行くものか。

「お母さんまだアーザス君に謝ってなかったので追い掛けて来ますね!」

「ちょっと! アレシア!?」

 なあに、まだそんなに時間も経ってないし、アーザス君の通う学校の場所は把握している。間に合うでしょう。

 私は家を飛び出し閑静な住宅街の中を駆ける。材質は知らないが、今履いている茶色い革靴で敷き詰められた石畳を蹴るのはちょっときつい。元々走り回る為の靴じゃないしね。それにしても、静かな住宅街をたたたたと足音鳴らして走っているせいか、妙に出会った人々から見られてるな。

 我が家のあるチェリアの丘を駆け下り続け五分が過ぎようとした頃、ようやく学校が見えてきた。内部に列柱のアーケードを持ち、建物の背が高く、奥行きの広い設計で建築された一階建煉瓦製の学校は私達の住む地区の人々の集会場にもなっているが、午前中は教育の場として使われているのだ。古代ローマのバシリカに似ているといえば似ていない事もない。

 その学校の授業も太陽がだいぶ高く昇っているし、もうそろそろ終わるんじゃないだろうか。まあいい、私が魔法を使ってノンストップでここまで走り抜けて来たんだ。アーザス君はまだ到着してないに違いない。少し待っていればアーザス君の方から来てくれるだろう。その間、学校の中でも覗いてみようかな。

 観音開きの扉をそっと開いて僅かな隙間を作り、内部の様子を見てみる。

「……で、あるからして四分の二は二分の一と同じなのです」

「こらこらこらこら。足し算引き算より先に掛け算をしなきゃ! ね、分かった?」

 学校の中からは先生の声だけが聞こえる。私語とかはないんだ。いや、ただ目立たないようにしているだけか。もぞもぞ生徒達が動いているのが私の位置からはよく分かる。内部は七つまとまりに分けられ、それぞれで異なる授業をしているみたいだ。私の近くで授業をしている二十人程の集団は、四人掛けの長机の上にろうを流し込んだ板を乗せて、その蝋を鉄棒でガリガリ削って筆算とかをしているみたい。まだ紙は貴重だから、そんなホイホイ使える物じゃないんだろうね。

「あれ?」

 七つのまとまりの内、一番奥の集団の中にアーザス君がいるぞ。私の走行速度は通行人に不審に思われない位に抑えていたとはいえ、ほぼフルスピードで走って来たんだけどな。どういう事だろう。アーザス君がフルスピードで走ったら五分も走り続けられないだろうし、かと言ってペースを落として家から学校まで走って来たのなら追いつく筈なんだが。

「せんせーっ! だれかが入口から覗いてるー!」

 しまった。私に気付いた女の子が学校中に響き渡る大きな声で叫ぶから一斉に視線が私に集まってしまった。

 一番近くで授業をしていた面長の中年女性が私につかつかと歩み寄って来た。着用している薄黄色のローブが床に付きそうだけど、よく踏んづけずに歩けるな。

「あなたはどなた? 見た所、学校に通っている年頃のようだけど、どうしたのかな?」

 中年女性は私のすぐ目の前に来て、膝を折り曲げて私に目線を合わせて話し掛けて来る。

「この学校に友達がいるんです。だからちょっと確認しようと思って覗いたんですが……ご迷惑でしたね、すみません」

「あらあらいいのよ。そんなにかしこまらなくて」

「ありがとうございます」

 でも、私はいつも丁寧語で会話しているからね。お気遣いは無用だ。

「そうね、外は寒いでしょう? お友達の授業が終わるまで中で座っていなさい」

「いや、大丈夫ですよ?」

「いいから、さ、さ、こっちに来なさい」

 おわ、急に手を引っ張らないで欲しいね。まあ、そんな意固地を張る必要もないし、ここはお言葉に甘えよう。今日の天気は日差しは暖かいのだけど、絶えず冷たい微風が吹いて来るから外で待つのは嫌だったし。

 女性教師に腕を引きずられ私は七、八歳位の子供達が二十八人いるまとまりの所へ連れ込まれた。あ、顔見知りが一人いるぞ。ルール君じゃないか。

「席に空きがないわね」

 何だか嬉しそうに呟いているのは、何故だろう。

「先生! ここ、ここが空いています!」

「こっちも空いてるよっ!」

 成る程、先生の呟きに反応して生徒達が自発的に四人掛けの長椅子を詰めて私を座らせようとしている。この先生、分かってやったのか。自分の生徒が優しいというのは自慢になるんだろうね。

「……」

 ん? 何で嬉しくなさそうなんだ?

 生徒達の声を無視して教壇に移動する先生と私。

「みなさーん、ちょっとだけこの子を預かる事になりました。仲良く出来るかな?」

 先生の問いかけに、「はーい」と生徒達の大きな返事が返って来る。

「先ずお名前から自己紹介して貰えるかしら?」

「……はあ。いいですよ」

 何これ。私は何で転校生みたいな状況に追い込まれてるんだ。

「皆さん初めまして。私はアレシア―バルカです。少しの間だけですがよろしくお願いします」

 まあ、こんな感じでいいよね。

「今日は授業はここまでとします。先生はアレシアちゃんのお世話をするので皆さんは帰ってもいいわよ」

「やー。わたしもアレシアちゃんのお世話するー」

「ずるいせんせー!」

 いや皆落ち着けよ。帰っていいんだからさっさと遊びに行くなりしろよ。何で皆して私の方に近寄って来ているんだよ? ちょっ、待って。待ってくれぇ! 一斉に私を押さないで! つ、潰れる! 圧殺されちゃう! 痛っ! も、もう駄目だ……後で疑いを持たれたって構うものか! 強引に脱出してや、あれ?

「何をしとるんだお前は?」

「ラインラ君……」

 君が助けてくれたのか。私を呆れた表情で見つめてくるのは少々気に障るが、この際不問にしよう。

「ありがとうございます。助かりました」

「うるせえ、ルールがどうしてもつったからだかんな。勘違いするなよ!?」

 照れるなよ、ラインラ君。子供らしくていいとは思うけど。

「お兄ちゃん! とにかくここからでよう!」

 ルール君の焦った声を聞き辺りを見回してみると、周囲の人々からの困惑や羨望、好奇の混じった目線が私達に突き刺さる。

「ん? ああそうだな」

 私達は周囲の人々の混乱が収まる前に学校を抜け出した。 

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