二十二、それはわざとやっているのか?
さて、アーザス君のお母さんが来る前に着替えてしまおうと考えていた私だったが、予想外の速さで二人が戻って来たから階段に足を乗せようとした所で背後の玄関の扉が開く音を聞いた。そしてお母さんに私の行動を咎められる。
「アレシア、アーザス君はどうしたの? ちゃんと見てないと駄目でしょう?」
えー。原因が分かりきっているから、大丈夫なんじゃなかったの?
「すみません。ただ、この服は着替えておくべきだと思ったので」
「何言ってるの! 今日はずっとその服着てなさい!」
それは断固として拒否させて貰う。
「でもお母さん、この服昨日も着たばかりですし、こういう服は大事に取っておいた方がいいと思います。滅多な事じゃ手に入らない貴重品なんですよ? こんなに頻繁に着ていたらすぐに擦り切れちゃうかもしれません」
「……しょうがないわね。じゃあ今目に焼き付けるから、そこでちょっとじっとしてなさい」
「はあ……。分かりました」
よく分からないなあ。お母さんにとってこの服を着た私は気持ち悪く映っていないのかな。我が子ならばどんな姿でも可愛いのかな。気になるなあ。聞いてみようかなあ。でも……ええい、別に容姿が少し位悪かったってなんだっていうんだ。このまま頭にしこりを残しておきたくない。さっさと聞いてすっきりしよう。とはいえ、私の個人的な意見としては自分の顔はそこそこ綺麗な顔しているとは思うんだけど。
「お母さん。この服、似合ってますかね?」
少し不安だったのだが、思い切って質問してみた。
「そりゃあもう! 似合い過ぎよ! その服はアレシアの為に作られているんだから当然かもしれないけどね。サハリアちゃんはいい仕事したわ!」
ああ、考えてみれば似合うように作られたのだから似合うのが当然な訳か。でもこれで、アーザス君が気絶した理由に私は含まれないって事になるよね。良かった良かった。
「それより、お母さん。デウラテさんの様子がさっきからおかしくありませんか?」
「え?」
何かさっきから全く動いてないように見えるのは気のせいか?
「もう! アレシア自重しなさい!」
「はい?」
何で私?
「それよりデウラテさんをどうしますか?」
「そうねえ……。しばらく横になってればじきに気づくから、ソファに寝かせておきましょう。後、アレシアは今すぐ着替えてきなさい。これ以上の被害は出したくないわ」
「でも、やっぱりお医者さんに診断して貰った方がいいんじゃないですか?」
私の服装に原因がないなら、いや、何かお母さんに叱られたし、また真相はどうなのか怪しくなってしまったが、ないのなら、二人の人間が倒れるのはおかしい。
「大丈夫よ」
「どうして断言出来るんです? もしかして、お母さんは事の真相を知っているんですか?」
「お母さんはまだアレシアが気付いていないのにびっくりよ」
そんな事言われても、分からない物は分からないんだ。この服装に原因がある可能性は推察出来るけれど。
「すみません、どうしても分からないんです。教えてくれませんか」
「そうねえ。口で言うより鏡を見た方が早いと思うわ」
「ありがとうございます!」
いてもたってもいられなくなった私は、洗面所へ駆ける。
一体鏡には……何が映し出されるというんだ……!?
廊下を奥に進み、洗面所に入ると早速鏡を覗き込んで見る。
そこに映し出されたのは当たり前だが、私の姿だ。えーと……ここから何が分かるというの? ふむ、冷静に分析してみよう。まず、洗面所は日本にあるのと同じような蛇口から水の出る洗面台と、顔を映す目的で設置された鏡とで成り立っている。洗面所の設置された部屋には窓から陽光が差し込んでいて、視界は良好だ。また、私の身長がそこまで高くないので洗面所では木箱を踏み台として使用している。そうする事で、鏡に私の体は胸の辺りまで映る。そこに映しだされた私が普段と異なっている点は、服装を除けばないような気がするんだが、まあ一応まとめてみるか。何か分かるかもしれない。
肌は白く、地球での北欧系に類似していて、頭髪はお母さん譲りの白銀色。目は紅色だが別に太陽に弱い訳でもない。鏡に映っている範囲内での服装は黒を基調にしたドレスみたいな服だが、その手の知識が薄いので詳しく種類を上げる事は出来ない。
ふう、全然分からん。変わった点なんてないじゃないか。
もういいや。お母さんに答えを聞こう。そっちの方が手っ取り早い。
おそらく居間にいるだろうと中に入ると、お母さんはソファに寝かせたアーザス君とデウラテさんの看病をディーウァと一緒にしていた。
「お母さん、全然分かりませんでした」
「……まあそうよね。分かるならとうの昔に気付く筈だものね」
何、その諦めきった表情。私には理解出来ないとでもいうのか。
「そんなに難しい事なんですか? 私も頑張りますから言って下さいよ」
「分かったわ。この二人が倒れた原因はね、アレシアが綺麗過ぎるからよ」
面白くない冗談だ。
「で、真実は何ですか?」
「……ディーウァちゃん、どうしたらいいのかしら?」
「申し訳御座いません。どうしようもありません」
何で私に理解力がないかのような雰囲気になっているんだ? 人の美貌程度でこんな現象が発生する訳ないだろうに。からかわれているのか、それとも実はこの二人にも真相は分からないんだけど、答えがないのは怖いから私を理由にしているのか? って無理のあり過ぎな妄想だな。あっ! もしかしてこれが大人にならないと分からない事って奴か! いやいや、私も身体上はともかく精神は二十歳過ぎてるから。という事は、肉体が大人にならないといけない……? ん? あれ? 何か訳分からなくなってきたぞ。結局、アーザス君とデウラテさんの倒れた原因は何? そして何故私には教えてくれないの?
「お願いします。本当の事を言って下さいよ。頭がこんがらがってきちゃいます」
「アレシア、ホント、お願いだから鏡をよーく見て来なさい。私は嘘を付いてないわ」
く……絶対に言わないという事だね。仕方ない、後でディーウァに主人命令で真実を吐かせてやる。フフフフフ、素直に吐けよディーウァ。でないとちょっとだけ苦しい目に会うかもだよ?
「分かりました。二人が倒れた理由は私が綺麗過ぎるせいだったんですネ!!」
後で待ってろディーウァ。
「よかったわ……ようやく、本当によーーーーうやくアレシアに納得して貰えたみたい。これもディーウァちゃんのおかげよ。ありがとうね」
「……お褒め頂き有難う御座います。それより何だか寒気がしませんか?」
「いいえ、そんな事はないけど。もしかしてディーウァちゃん疲れてるんじゃないかしら? お手伝いばかりじゃ、体が持たないわ。さ、そこに座りなさい」
「申し訳御座いません」
「いいのよ、気にしないで。それよりアレシア着替えて来なさい」
「はい」
どういう風の吹き回しか知らないが、ありがたい。さっさと着替えてこよう。