二十一、三日目の朝の訪れ
「アレシア、おはよう」
私の睡眠は、耳元から聞こえるお母さんの優しい声により破られた。
「ん……おはようございます、お母さん」
「あら? 起こしちゃった?」
「はい」
頬をゆっくりと撫でて来るお母さん。くすぐったいけれど、案外気持ちいい。
「まだ寝ててもいいのよ」
「いえ、モファラスさんに会う予定があるので助かりました」
「別に無理しなくてもいいわ、アレシア」
「やりたいんですよ。駄目ですか?」
「……ありがとう、アレシア。それじゃあお願いね」
「はい」
私は軽く身支度を整えてから、裏口を通りモファラスさんのパンヌ屋さんに向かった。うーあ、日光が眩しいなあ。今日もお昼頃は暖かくなりそう。
カランカランと鐘を鳴らして入店する。
「いらっしゃいませ。アレシアちゃんだったかしら?」
お出迎えは、昨日知り合いになったちょっと陰気な女性。陰気なだけじゃなく、ちょっと優しげな雰囲気もあるから多分いい人なんだろうね。
「はい、今日も昨日と同じくバルカ家のお使いとして来ました」
「おう! 今日も来たかお嬢」
おー。やっぱモファラスさん元気だ。こうでなくちゃ朝って感じがしないよ。
「おはようございます、モファラスさん」
こうして朝の日課を済ませ、朝食をお母さんとおじいさん、それにディーウァと一緒に取っていると、お母さんが私に話し掛けて来た。
「そういえばアレシア、アーザス君と何か約束でもしてた?」
突然アーザス君の話題を振られる。
「えーと、どうでしたっけ。でも何でいきなりアーザス君が出て来たんですか?」
「すっかり忘れてたんだけどね。昨日アーザス君がアレシアに会いに訪ねて来たの。だから、遊ぶ約束してたのかと思ってたんだけど」
ん、あれ。そういわれるとしてたような気がするな。確か……昨日モファラスさんのパンヌ屋さんでアーザス君から私に会いに来て貰うとか約束してたかも分からない。
「アレシアその顔もしかして」
「はい、すっぽかしちゃいました」
「仕方ないわ。サハリアちゃんったら強引なんだもの」
「まあそうなんですけどね」
お姉ちゃんが大部分悪いんだけど、私も完全に忘れちゃってたからなあ。その気になれば、お姉ちゃんの事だから私の都合もある程度は考慮してくれただろうし。責任が私にないとは言えない。そうだな、まだこの時間帯ならアーザス君も登校してないだろうし、ちょっと会いに行くか。
「私、ちょっと出て来ます!」
思い立ったが吉日。即行動だ。
「待ちなさいアレシア! 何処に行くの?」
と意気込み食事室の椅子から飛び降りたはいいものの、お母さんに腕を掴まれてしまった。
「アーザス君の所です」
「駄目よアレシア。まだ着替えてもいないじゃない。女の子なんだからそこら辺はちゃんとしないとね」
うげ。めんどくさいな。
「そんな顔しない。もう、元が元だからちゃんとそういうのには気を付けて欲しいわ。さあ、着替えに行くわよ」
そのまま私はお母さんに引っ張られるがままにされ、気が付けば昨日の衣装を身に纏っていた。
「え? お母さん?」
どうしてこうなった。
「やっぱいいわねこの服! ぴったりだわ!」
いやいやいやいや。ありえないから。絶対これドン引きされちゃうから。
「さあアレシア行ってらっしゃい! 頑張りなさいよ!」
何か微笑まれてそのまま外に出されてしまって。さあ、私はどうしよう。このまま会いに行けばいいのか? いや無理だ。次の日からしばらくまともに目を合わせられなくなる。うん、着替えてから出直……え、ちょっと、お母さん、何で鍵掛けちゃってるの? この装備で行けと? 嫌なんだけれども。本当に勘弁して欲しいんだけれど。
「アレシア。そろそろアーザス君が家の前を通る頃よ! 頑張って!」
何を頑張るんだ!? 精神的苦痛と戦えという事なのか!?
「あれ? アレシアちゃ……ん?」
あ。見られた。なんというジャストタイミング。お母さん、あなたはエスパーだったのかい?
「お、おはようございますアーザス君」
心中の動揺を押し隠して、あたかも何事もないかのように挨拶してみる。
「……」
唖然としているアーザス君。口を閉じる余裕もないみたい。そりゃ、気持ちは理解出来る。そうだよね。久し振りに帰って来たと思ったらこの奇行だものね。掛ける言葉もないんだろうね。精神的におかしいって思っちゃうのも仕方ないよね。
だがちょっと待って欲しい。アーザス君。確かに私の今の格好はとても見れた代物じゃないかもしれない。そこは認めよう、うん。というかさ、たとえこのフリルひらひらな服の似合うような人だってさ、そこらの道端にいたら奇異の目線で見られると思うんだよ。やっぱりこういう服は場所を考えて着ないと駄目だと思う。つまり何が言いたいのかと言うとだね、この服を着たのは私自身の意思じゃないのだから、だからもうそんな目で見ないでくれないでくれると助かるのだがという事なんだ。
「あのですね、アーザス君。これは決して私の意思で着ている訳じゃないんですよ? そこは理解して貰えますか?」
これからの付き合いを考え、ちゃんと釈明する事としよう。変な目で見られると、色々と困る。
「て、アーザス君?」
いくらなんでも固まり過ぎじゃないか、と思って手を握り、揺さぶってみる。あれ……この人、反応しないぞ! どういう事なんだおい……こいつ、死……んではいないが気絶していやがるぞ!
「お母さん! 大変です! アーザス君が気絶してます!」
私の声に、窓から覗き見していたお母さん、お祖父さん、ディーウァの三人が慌てて家から飛び出して来る。というか、見てたのか……。
「彼には刺激が強すぎたみたいね。迂闊だったわ」
「最近の若いもんは軟弱じゃのう」
「アレシアちゃんの美貌なら、こうなるのも不思議では御座いませんでしたよ」
「そうね」
「そうかもしれんな」
好き勝手に何を言ってるんだこいつら。まあいい。とにかくアーザス君をなんとかしなきゃ。
私達は気絶したアーザス君を居間に運び込み、ソファに寝かせた。
「どうしますお母さん?」
いきなり気絶する位だもの。アーザス君、体調が悪かったんだろうなあ。生死に問題がなければいいんだけど。
「そうね、まずはアーザス君のお母さんに一言言っておくべきでしょうね。私、ちょっと行ってくるわ」
「ちょっと待って下さい! お医者さんを呼ぶのが先ではないでしょうか?」
「それはいいわ。原因は分かりきっているもの」
「え?」
「アレシアもそろそろ自覚して欲しいわ。成長していく毎に磨きがかっているんだから」
いや、全く理解出来ないんだが……どう考えてもアーザス君が気絶した理由に私はないだろ。ん? いや、え? もしかして、私の格好にひどい拒絶感でも覚えたのか? それを遠回しにお母さんは忠告してくれたのか? 理不尽だ。お母さんがこの服着せたんじゃないか。
「アレシア。何処に行く積りじゃ?」
「着替えてきます」
それにしても、なんだか噛み合っていない感じがするんだよなあ。気のせいかな?