十八、お茶の時間
大統領一行が去って行き、小中学校の教室程もある部屋には私とお姉ちゃんの二人だけが残るのみとなる。
ふう……思っていたより緊張していたみたいだ。大統領の姿が見えなくなった途端、肩が軽くなったような気がしたね。やっぱ、国家の最高権力者ともなると威圧感がすごい。
「アレシア、大丈夫ですの?」
疲れが表情に出ていたのだろうか、ソファの隣に座っているお姉ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「緊張が解けて、ほっとしているだけだから大丈夫です。やっぱり、大統領と面と向かって話すのは緊張しちゃいました」
ははは、偉い人と話すのは大変だったよ。
「疲れているように見えますわ。お茶にしましょう」
お姉ちゃんがそう言うと音一つ立てず扉が開き、口髭お爺さんが銀色のトレイにポットとティーセット一式を載せて入ってきた。
「失礼致します」
そして優雅に私達の前で一礼をした口髭お爺さんは、私達の座るソファの前に設置されている大理石で出来たテーブルへティーセットをそっと置くと、これまた静かーにティーカップへと無色の液体を注ぎ込んだ。うわあ、これがプロの執事の技って訳ですね。全く存在が邪魔になっていない。
「ありがとう、ハルク」
あ、この人ハルクさんという名前なのか。
「ありがとうございます、ハルクさん」
「お褒めに預かり光栄でございます」
お茶を入れ終えたハルクさんは優雅に一礼をしてみせると、扉の向こうに消えていった。最後まで、静粛性が高い執事だ。
さて。私は、目の前で湯気を立てているお茶を見つめる。これ、色がないんだが味はあるのだろうか。いや、あれほどまでに洗練された動作をしたハルクさんの入れてくれたお茶だ。きっとおいしいに違いない。それに万一失敗作だとしてもお湯の味がするだけだろうし。私はお高そうな陶器のティーカップを持ち、カップに口を付けた。
何だ、これは……レモンの酸味と納豆の臭みがいっぺんに口の中に広がってきた。正直に言おう、これはまずい。すぐにカップから口を離した。でもさ、隣でお姉ちゃんがおいしそうに飲んでいるんだよね。以前私が手料理を振舞った時に、お姉ちゃんは喜んでくれていた。つまり、私とお姉ちゃんで味覚はそこまで差異はなかったはず。それなのに、おかしいな。まさか、私の料理を食べるたびにまずいのを我慢していたのかな。不安になってきた。確かめてみよう。
「あの、お姉ちゃん?」
「何かしら?」
「以前、私の手料理を食べた事がありましたよね」
「そんな事もあったわね。アレシアの手料理は本当においしかったわ」
ティーカップを右手に左手の人差し指であごをつつきながら、少し上を向いてこう話すお姉ちゃん。うーん、嘘をついているようには見えない。
「あら、まだそんなに飲んでないみたいね。このお茶とってもおいしいですわよ。もっと飲みなさいな」
くっ……こうなったら仕方ない。私の味覚には合わないと言って、勘弁してもらおう。
「アレシア、まさか、このお茶がまずいなんて思っていないでしょうね?」
私の言おうとしていた事を封じられてしまった。うぅ、ジト目でにらまれているよ。ええい、高々お茶の一杯や二杯、飲んでやろうじゃないか!
私はティーカップを傾け、一気に飲み干す。うえ……は、吐きたくなってきた。
「ね、おいしいですわよね?」
「は、はい」
今あんまり話しかけないで欲しい。必死に吐き気を耐えているんだ。
「全く! こんなにおいしいのに、どうしてお父様もクライブもおいしくないなんて言うのかしら! 信じられませんわ! ねえ、アレシア」
おい! あんたの味覚がおかしかったんかい! 同意を求めるお姉ちゃんには悪いが、これに頷く事は出来ない。そして何故か大統領と未だ会った事すらないクライブさんに親近感を覚えた。
「わ、私もあんまりこのお茶は好きじゃないです……」
「そう? こんなにおいしいのに……」
寂しそうに呟いたお姉ちゃんはまたお茶を一口すする。
そこへ、ハルクさんが入室してきた。
「お茶菓子でございます」
テーブルに置かれた平皿には、香ばしい甘い匂いを漂わす一口サイズの焼き菓子がこれでもかと山積みになっている。ありがたい、これで口直ししよう。山の頂点に位置していた、まだほかほかと温かい四角いクッキーみたいな焼き菓子をぱっと口に放り込む。
よかった。これはおいしいぞ。さくさくほかほか、いくらでも食べれちゃいそうだ。
「うふふ、アレシアったら、まだまだたくさんあるからそんなにがっつかなくていいのですわよ」
がっついていたのは、お茶の臭気から逃れるためだったんだけどね。本当にあのお茶をおいしいと思うお姉ちゃんの味覚が分からない。ああ、今なら大統領と話が合うと思うなあ。