十七、謁見
2011/03/25加筆修正しました。
私を背負う口髭お爺さんが二階へ向かう階段の最後の一段に足をかけたその時、赤い軍服を着た三人の集団が現れ階段を横一列に並んで塞いだ。全員が全員、ただならぬ雰囲気を漂わしている。
「サハリア様、大統領閣下がお待ちです」
中央に立つ、黒髪を七三分けにした男が、聞いた者の気持ちを底冷えさせる声でサハリアお姉ちゃんに話し掛けてきた。目つきも鋭く、表情のかけらもない。あまり敵にしたくないタイプの人間だ。
「仕方ありませんわね。早く済まして下さる?」
七三分けの彼に見つめられたお姉ちゃんは少し気圧され気味みたい。それにしても、彼らは何者なのだろうか?
「私にはその質問に返答出来る権限は存在しません。アレシアさん、来てくれますね?」
七三分けの目が、口髭お爺さんの背中の私に向けられる。
「私、ですか?」
僅かに首を縦に振った七三が、私の問いに口を開く。
「大統領閣下がご息女が事件に遭われた一件について話し合いたいと申しています。あなたもロミリア共和国の国民なら、協力しなさい」
あぁ、そういやお姉ちゃんの父親は大統領だった。とすると彼らは大統領の護衛かな? ま、お姉ちゃんのお父さんなら会ってもいいか。
「分かりました」
「では、私の後についてきて下さい」
私は口髭お爺さんの背中から降りて、既に歩き出している男達の後を追おうとした。のだが、お姉ちゃんに腕を掴まれた。
「ちょっと待ちなさいな。私も同席しますわ。それともお父様から私を連れてくるなとでも命令されたかしら?」
お姉ちゃん、トゲトゲしい発言ですね。ほら、七三が立ち止まってこっちに振り向いたよ。
ジー……私達は見つめられている。お姉ちゃんは負けじと七三を睨み付ける。
「……いいでしょう。付いて来なさい」
ふいに目線を反らした七さんは、背中越しにお姉ちゃんに譲歩の言葉を返す。勝ったのが嬉しいらしく、お姉ちゃんは私に向かって不敵な笑みを向けてくる。あー、うんまあ、よかったね。私が微笑みを返したらものすごい早さで私を抱き上げ、ギューと締め上げられた。何で?
「た、隊長いいんですか?」
何か都合が悪いのだろう。部下っぽい両脇の男の左側がお伺いを立てているのを盗み聞き。
「構わん。では、皆さん私に付いて来て貰いましょう」
隊長とか呼ばれてた七さんはそのまま歩き始め、私達は彼の後を慌てて追い掛けた。
「安心しなさいな。お父様は怖い人じゃないわ」
男達から少し距離を取って歩くお姉ちゃんと口髭お爺さんと私の三人。私の足を心配してか、私が歩こうとした際に無言で私を抱っこしたお姉ちゃんは、さっきから私の顔を見つめながらずっと優しい言葉を掛けてくる。多分、私を安心させようとしてるんだろうね。
「その通りでございますよ。ワイヤット様は心根の大変優しい方で、その人徳が今の地位に顕れておられるのでしょう」
何てったって、大統領。この国で一番偉い人だから……て、ちょっと待てよ。私の記憶によれば、ワイヤット大統領はペロポネア帝国が起こしたと思われているサハリアお姉ちゃん誘拐事件での世論操作に失敗して辞任に追い込まれていたような気がするのだが。再任されたのか? うーん、何が何やらさっぱりだ。
あ、男達が扉の前で立ち止まった。中央の七さんが扉を叩く。
「連れて参りました」
「ありがとう。中に入れてくれ」
扉の内側から力強く威厳に溢れる声がくぐもって聞こえてきた。こう、腹の奥底から出る感じの声だ。
「はっ」
七さんは、すすすっと無駄のない動きで観音開きの扉を開いた。
部屋の内部では豪奢なソファに深々と座って手を膝の上に組んだ恰幅のいい中年男性と、ソファの後ろに立つ頭の禿げた老年男性、それに七さん達と同じ赤い軍服を着た女性が中年男性の前に立っている。
「アレシアちゃん、来てくれて助かったよ。さあ、中に入りたまえ」
そして中年男性が立ち上がり、私に手招きした。
私を抱きしめたお姉ちゃんは、手招きに応じて室内に足を踏み出す。だが、中年男性は顔をしかめた。
「サハリアは自分の部屋に戻っていなさい」
この物言いに、お姉ちゃんは眉を逆八の字にして反発する。
「嫌ですわ! 私にも責任がありますもの。何を言われましたってぜーったいに聞きますわよ」
睨み合う二人。どうしよう、親子で喧嘩になったら家庭内がぎすぎすしてしまう。
「全く、仕方ないな」
よかった。苦笑いを浮かべているが、今回は中年男性が譲ってくれた。
「ありがとうございますお父様!」
お父様って事はやはりあの威厳たっぷりな中年男性は大統領のワイヤットな訳ね。確かにあのカリスマオーラなら、生半可な事じゃ国民の支持を離さないだろうな。それでも不支持を国民にたたき付けられたのだから、魔族の情報操作能力の高さが想像される。ま、今となっては私が壊滅に追いやったのだから問題はない。
あ、やっぱりお姉ちゃんの存在は都合が悪かったっぽい。後ろに控えてた老年男性が慌てて中年男性の耳元に近寄り口をぱくぱくさせてる。小声なので何を言っているかが分からないが、お姉ちゃんの同席を拒否しろとか頼んでるんだろう。
「問題ないだろう」
「君がそう言うのならいいのだが」
しかし大統領には断られたみたい。不満そう、というより、不安げな表情だ。
「さて、自己紹介が遅れたな。私がサハリアの父親のワイヤットだ。職業は大統領をしている」
「私はリマルク。ワイヤットの友人だ」
「大統領閣下の護衛をしております、第五魔法戦士小隊のシルマです」
「アレシア‐ジェイソン‐バルカです。よろしくお願いします」
「ではアレシアさん、大統領の対面のソファにお座りになって下さい。サハリアさんはアレシアさんの隣にお願いします」
リマルクさんの声に従い席に着いた私は、数十分かけてお母さんやアーザス君に話した内容と同じ事を大統領に伝えた。私の虚構にまみれた話に質問一つせず大統領は黙々と話に耳を傾ける。友人のリマルクさんが話の途中で何度も口を挟もうとしたが、全部やめさせてくれた。
「つまり、あの日の事は覚えていないという事かね?」
私が話を打ち切ったところで、流石に堪えきれなくなったリマルクさんが大統領の制止を無視して不機嫌そうに尋ねてきた。でも、私は真実を話す気はない。リマルクさんの質問には首を縦に振る事で返答した。まあ、当たり前だが、納得のいかないリマルクさんの表情は固い。さて、疑問を持たれるのも最もな話だから反論が出る事もあらかじめ予想出来た。だから色々と言い訳も考えているんだけど、この人頭きれそう。ごまかしきれるだろうか。リマルクさんは口を開いて発言をしようする。来るぞ……追求の手が、でもここをごまかせば後は楽勝だ。何としても納得させてやる。と、勢い込んでリマルクさんの口撃を待っていたら突然大統領が立ち上がる。
「時間を取らせてすまなかった。私はそろそろ仕事に向かうよ。後はサハリア、任せたぞ」
え、帰るの?
「分かりましたわ、お父様。任せて下さいな」
「リマルク、さあ、公務に向かおう」
「……あぁ」
こうして大統領とのファーストコンタクトを私は終えた。今回は簡単に引き下がってくれたが、多分私の話をあんまり信用していないっぽい。それなのに一回も問い質される事がなかった。あからさまに疑いを表情に浮かべていたリマルクさんはもちろん要注意人物だが、案外一番危険なのはワイヤット大統領かもしれない。やれやれ、これからどうなるのだろう。