十五、馬車の中にて
無理矢理というか、問答無用で馬車に乗せられてしまった私。呆気に取られている間に、随分家から遠ざかってしまった。いきなり連れ出すなんて、どういうつもりなんだ。
「サハリアお姉ちゃん?」
一応、抗議の意を込めて未だ抱き着くサハリアお姉ちゃんに呼び掛けてみると。
私の背中に回していた両腕を緩め、腰の辺りを両手で持ち上げるように掴まれ、さらに顔と顔をずいと近付けて一言。
「もう一度、お姉ちゃんと呼びなさい」
ものすごくシリアスな表情でこんな事を言われた。
「は?」
「さあ早く! 呼びなさいな!」
まあ、別にいいけどさ。
「サハリア、お姉ちゃん?」
意味がいまいち分からないが、とりあえず目と目を合わせて言ってみた。
「くぅ……!」
み、身もだえしてる? 何故?
いや、そんな事はどうでもいい。
「早く私を家に戻して下さい」
「あら、どうして?」
サハリアお姉ちゃんはキョトンとした表情。自覚がないとは恐ろしい。
「家族が心配します」
それにまだ寝間着から着替えてないし、強引に連れ出されたから左足のサンダルが脱げてしまってる。
「ふふふふふ。それなら問題ありませんわ!」
何なんだ、この自信。もしかしてお母さんにあらかじめ話を付けておいたのか。
「何故言い切れるんです?」
「あなたのお母様とは親しくしていますもの。分かって下さるはずですわ」
親しいのはいいけど、私を一言の断りもなく連れ出す理由にはならないんじゃ?
「知り合いなんですか?」
あれ。心なしか、サハリアお姉ちゃんの表情に影がさした気がする。
「ええ……あなたがいなくなってから、度々会ってましたの。二人であなたの思い出を語り合ったり……」
サハリアお姉ちゃんは私の腰から両手を離し、顔を俯かす。点々と、床の赤い敷物が変色する。
「ごめんなさいな。私のせいで、辛い目に合わせてしまって」
「え?」
顔を上げ、謝罪するサハリアお姉ちゃんの瞳からは涙が溢れていた。え、何いきなり泣いているんだ?
「私と関係を持たなければ、アレシアは平和な日々を過ごせたのでしょうに……私が、私さえ……!」
「違います!」
「アレシア?」
思わず叫んでしまった。でも、本当にお姉ちゃんは悪くないんだ。悪いのは、全て魔族なのだから。あいつらのせいなんかで、お姉ちゃんに悲しんで欲しくない!
「悪いのは、絶対にサハリアお姉ちゃんじゃないですよ! 悪い事をした人間が悪いんです! 拉致されたサハリアお姉ちゃんが悪い訳ないじゃないですか!」
「だけど、私と一緒にならなければ……」
くそっ、何うじうじ悩んでるんだ。あんたが悲しんでるとこっちも悲しくなるんだよ。
「あーもう! 私はサハリアお姉ちゃんと仲良くなれた事をものすごーく嬉しく思ってます! これ以上私の事で泣かないで下さい!」
「……二年四ヶ月ですわ」
「はい?」
「アレシアが戻って来るまでにかかった歳月ですわ。私のせいで、アレシアはそれだけの時間を無駄にしてしまったのですわよ!? 私にはアレシアと親しくする権利なんてないのよっ!」
何が権利だ、親しくするのにいちいち権利が必要な訳ないだろっ! あんたはそうやって自分は本当に悪くないと、私に言って欲しいだけだ! そしてそれが事実なんだよ!
「無駄なんかじゃありませんでした! そりゃあ時には辛い事もありましたけど、ディーウァと旅をして楽しかった事もたくさんあったんです! だからもうグダグダ泣き言を言わないで下さいっ! 私がいいって言ってるんだっ! もう泣くんじゃないっ!」
「……」
あ……あれ。サハリアお姉ちゃん、呆気に取られたような顔をして黙っちゃったよ。もしかして、何かやらかしたかな? 怒鳴ったのはまずかったかな?
「あの、サハリアお姉ちゃん?」
私が呼び掛けると、サハリアお姉ちゃんは口元を緩め、涙を何処からか取り出したハンカチで拭き取り、私を抱きしめた。
「……ありがとう、アレシア。吹っ切れましたわ」
私の耳にサハリアお姉ちゃんの吐息が掛かる。耳元に響く彼女の声は優しく、そして、穏やかだった。