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十三、朝のパンヌ屋さん




 いろんな意味で聞かれるとまずい話を終えた私は、ディーウァのいる客室を出てお祖父さんの寝室に足を踏み入れてみる。

 お祖父さんの寝室は昨夜お母さんと寝た部屋の一つ部屋を隔てた所にあり、ディーウァのいた客室からは出てすぐ右と近い。軽くノックをしてから室内に入ったが、既にベッドはもぬけの殻だ。昔からお祖父さんは早起きだったからね、多分一階の居間にいるのだろう。

 私がお祖父さんの部屋から廊下へ出ると、ベランダに通じる彩色ガラス戸越しに朝日が照らして来るのが見えた。ようやく太陽が昇って来たみたい。彩色ガラスを通った陽光は橙、緑、赤色の光線となって廊下に降り注ぐ。その光に魅せられた私の足は、自然とベランダへと向かっていた。

 彩色ガラス戸の施錠具である木製のつまみを引いて、ガラス戸を前に押し出す。冷たい風がそよぐ中、ベランダに降り立った私に巨大な都市、首都ロミリアの姿が目の前一杯に広がる。

我が家のあるチェリアの丘からはパラティアの丘がよく見え、パラティアの丘には白い建物が太陽光を反射しながら林立している。あの何処かにお父さんがいるのか……昨日出掛けてからまだ帰って来ていないようだけど、体は大丈夫なのかな。

丘と丘の間には様々な市場や低所得者向けのインスラと呼ばれるアパートメントが雑多に場所を占めている。既に人々は活動を始めているんだね。指先でつまめそうな人が道という道をわらわらと動いてるよ。

 私、帰った来た。ロミリアに帰って来たんだなあ。


 私はしばらく都市を眺めていたが、薄っぺらいワンピース一枚で長くいるにはまだ外はちょっと冷たかった。冷えた体がフルフルと震え出す。家の中に戻り、暖炉のある居間に行く事にしよう。

 居間に入るとお祖父さんが暖かそうなゆったりとした茶色いガウンを纏って、窓際に置かれたロッキングチェアに座りポカポカと日差しを浴びていた。

「おはようございます、お祖父さん」

 私が挨拶をすると、お祖父さんは笑顔を浮かべながら首を私の立っている左側に向ける。

「おはよう、アレシア。体調は変わりないかね?」

「見ての通り、健康そのものですよ」

「そうかい、それは良かった。あぁ、ちょっと来なさい」

 そう言うと、お祖父さんは自分の膝をぽんぽんと叩く。乗れという事かな。ただ先客がいるけどいいのかな。私がそこに乗ると新聞がくしゃくしゃになっちゃうよ。ん? 広がる……魔獣被害だって?

 お祖父さんの膝上に乗せられている新聞から覗き見える、楽観視出来そうもない記事のタイトル。何々、“およそ一年前から活発化した魔獣の行動は依然として続き、特にゲルマフゥリオ州では山間部の住民に多数の死傷者を出している。政府としても軍団やギルドに討伐させてはいるが、焼け石に水であるのが現状だ。というのも魔獣被害の増加した一年前から突如出現したフルーキシと呼ばれる魔獣の”、あ。

「アレシアは心配しなくともいい。ジェイソンが退治してくれとる」

 私の怪訝な視線に気付いたお祖父さんは立ち上がって私の頭を優しく撫で、その足で新聞片手に居間から出て行ってしまった。子供には知られたくない話題だったのかな。うーん、先が気になる。

 ま、いいや。とりあえず顔でも洗ってさっぱりするか。新聞は後でこっそり読んじゃおう。

 居間から廊下に出て、少し左に歩くとお風呂場の隣に洗面所がある。そこで顔を洗い塩を使った歯磨きを済ませた私は、唐突に昔私が家にいた頃の習慣を思い出した。そうだ、パンヌを取りに行こう。

 我が家では、というより大体の家庭ではパンヌを自宅では焼かず、ロミリアにはあちこちにあるパンヌ屋さんから毎朝買っている。数多あるパンヌ屋さんの中の内モファラスさんの経営するパンヌ屋さんと我が家は昔から親しくしており、三食分のパンヌを毎日焼いて貰っているのだ。以前の私は、今のように顔を洗ったらそのまま家の裏まで歩いてパンヌを受け取りに行っていた。小さな親孝行にもなるし、モファラスさんにも久しぶりに会ってみたい。さて、食事室から籠を取ってから行こうっと。

 私は食事室に入ると、昨夜と同じく食卓中央に籠が置いてある。近付いていって手を伸ばしたが、あと数センチといった所で届かない。ならばと椅子を踏み台にして、再度チャレンジ。今度は余裕を持って掴む事が出来た。準備万端、いざ、モファラスさんの元へ。

 籠の左右に取り付けられた取っ手を持ち、食事室から廊下に出て裏庭へと歩みを進める。裏庭に繋がる扉を開くと、石畳の敷き詰められたちょっとした空間が目に映った。そしてこの空間と道とを分けている、大人の腰辺りの高さしかない木の柵を通り過ぎるとパンヌ屋さんはすぐ目の前だ。

 以前と変わらぬ、懐かしい煉瓦造り平屋建ての店は、ニョキリと生やしている二本の角みたいな細長い煙突からもくもくと白い煙を上げている。店の前に立っているだけで漂ってくる、焼きたてのパンヌ特有の美味しそうな匂いも昔のまんま。だけどモファラスさんはどうだろうか、ディーウァは元気だと言ってはいたけれど。

「アレシアちゃん! おはよう」

 モファラスさんに会うのが久しぶりなもんで店に入るのを躊躇っていると、私のように籠を持ったアーザス君がやって来た。爽やかな朝に相応しい爽やかな笑顔。

「アーザス君、おはようございます。アーザス君もパンヌを取りに?」

「そうなんだ。それより嬉しいな、こうしてアレシアちゃんと一緒に歩けるなんて」

 そんな事で喜べるならいくらでも歩こうかい?

「私も嬉しいです。さ、入りましょう」

 二人で入れば気が楽だ。

「!? ……そそそそそそーダネ」

 開店中と書かれた板が立て掛けられているのを見て、私は何だか様子のおかしいアーザス君と共にモファラスさんのパンヌ屋さんに入店した。鈴をカランカランと鳴らしながら私が扉を開けると、すぐ右手にはお会計台があり、そこには淡い黄色のエプロンに同色の三角巾を頭に巻いた長身の女性が口を半開きにして立っていた。私とアーザス君を見ているようにも思える。彼女は何者だろう? やや時間を隔てて、彼女は首を軽く振って再度私達を見つめ直してから声を掛けてきた。

「いらっしゃいませ……お使い?」

 ぼそぼそと聞き取りずらい声で話す人だ。接客に向いていない気がする。

「はい。バルカ家の名で契約してるんですけど」

 おかしいな。モファラスさんのむっつりとした顔に出迎えられるかと思ったら、陰気な女性がコの字形のお会計台の中に立っている。どうなっているのだろう。

「……」

 そして何故だか知らないがお会計台から出て来て、無言のまま私のすぐ目の前まで近寄り、頭を撫でてくる。……まだ撫でられる。まだまだ撫でられる。まだまだまだ撫でられる。まだまだまだまだ撫でられる。長いね。というか、私はどうリアクションすればいいの? まあ、気持ち良いし、もう少し位いいかな。

「……何しとるんだ」

 そんな事やってたらモファラスさんが焼きたてのパンヌの乗っている鉄板を持って現れた。私の頭を撫でていた女性はモファラスさんが現れた途端両手をワタワタさせてお会計台の中に駆け足で戻っていった。


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