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十一、寝る時間




 いきなりお母さんに出て行かれ、私はしばらく呆然としていた。

 私、何かしてしまっただろうか。ちらりと見たお母さんの表情は、何かを必死に堪えていたように見えた。

 まさかとは思うけど、久しぶりにあった私を我が子として受け入れられなかったのかな。一年以上離れ離れだったんだもの、人の気持ちなんてどう変化するか……そんな事考えたくない。でも、もしこの考えが正しかったら? この先待ってるのはぎこちない家族ごっこ? 嫌だ、考えたくない。心にねっとりと沈着する不安をどうにかしたくて、私は温水を頭から浴び続けた。




 指がふやけるまでシャワーを浴びた私は、お風呂場から髪をタオルで拭きながら居間に入った。天井に取り付けられた魔力灯が室内を柔らかいオレンジ色の光りで照らしている。ソファではお祖父さんとディーウァが座り、その対面のソファにはお母さんが座っておしゃべりをしているようだ。私を視界の真正面に捉えたお祖父さんは声を掛けて来る。

「さっぱりしたかねアレシア」

「そうですね、さっぱりしました」

 体はね。頭の中ではどうしてお母さんが慌てて出て行ったのかで一杯だよ。

「ディーウァさん、あなたも体を洗い流されてはどうかな?」

 ディーウァに体を洗うよう奨めるお祖父さん。ディーウァって、汗かいたりするのか? ディーウァは入る必要あるのだろうかと思うのだが。

「良いので御座いますか?」

「勿論ですとも。マリーさん、ディーウァさんに衣服を貸してやってくれないかね」

「分かりました。ディーウァちゃん、着いていらっしゃい」

「真にありがとう御座います。私、感謝のしっぱなしで御座います」

 嬉しそうに微笑むディーウァを連れて私の横を通り過ぎるお母さん。軽く私の頭を撫でてから廊下に出て行った。触れた手から大きな愛情を感じ、私は戸惑う。さっき何でお風呂場から急に飛び出したんだ? どちらが勘違いなの? それとも、お風呂場での一件には別の、より妥当な解釈があるのかもしれない。

「アレシア、そんな所に立ってないで座りなさい」

「はい」

 私が立ちっぱなしなのに気付いたお祖父さんに促され、その隣に腰掛ける。

「何かあったのかね? 元気がないようじゃな」

 うわ、お祖父さん鋭い。何故分かるんだ? 

「いや、私は別に……」

 ただ、正直にこの不安を打ち明けたらダイレクトにもうお前は他人にしか見えないとか言われるのは勘弁願いたい。という訳で、打ち明けない。臭い物には蓋をしとこう。後でじっくりお母さんを観測して、真実を明らかにしてやる。

「隠さなくていい。愛する孫にそんな顔をされては儂も辛いんじゃよ。話してごらん」

 そんな顔? 私は表情を隠していた積もりだったんだけど、お祖父さんにはまるわかりのようだ。なら、少し位しゃべっても大丈夫、かな?

「……たいした事じゃないんですけど、お母さんが突然お風呂から出て行ったのでどうしたのかなーって」

 お母さんが私を嫌う可能性は、朝からの反応を見た限りではほぼありえないとは思う。でも人間の心中を計る事は出来ないのだ。万が一を恐れた私は回りくどい言い方で自分が傷付かないようにしておいた。

「あぁ、お母さんもアレシアに再会して興奮したんじゃろうなあ。のぼせて立ちくらみを起こしたと言ってたよ」

「へ?」

 何だ、そんな事だったのか。良かった……。

「どうかしたかいアレシア?」

「あ、いや、お母さんは大丈夫だったんですか?」

「うん、ちょっと休んだら良くなったよ」

「そうですか」

 不安が解消され、安堵で口元に笑みが自然に浮かんでしまう。

「あら、私がどうかした?」

 そこに、ディーウァの面倒を見たお母さんが戻って来た。

「マリーさんの体調をアレシアが心配してるんじゃよ」

「心配かけてごめんなさいアレシア、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったわ」

 そう言ってお母さんは私をソファから抱き上げた。

「無事なら、いいんです」

 先程まで色々とバッドエンドばかり想像していたせいか、抱き上げられた私は反射的に自分からお母さんに抱き着いていた。

「アレシア。大好きよっ!」

 それに嬉々として抱き着き返して来るお母さん。ただ耳元でそんな事言わなくても……体が熱くなるのが分かる。顔見られたら多分赤くなってるんだろうな。

 でも、悪くないと思ってしまう私はマザコンなのだろうか。

 しばらくするとディーウァも帰って来て、話に花が咲いていく。それぞれが思い思いに語り合い、聞き合って、あっという間に時間は流れていった。




 すっかり夜も遅くなり、小さな私の肉体があくびを出して眠いと訴え出す。すると誰が言うともなしに寝る事になった。全員で二階に上がる。階段を上ってすぐ左に曲がり最初に見える扉がお母さんとお父さんの寝室だ。

「おやすみ、マリーさん」

「おやすみなさいませ、お母様」

「おやすみなさい、お母さん」

 私達はお母さんにおやすみの挨拶をして歩みを進め……ようとしたら、私だけお母さんに引き入れられた。

「アレシア。今日は一緒に寝ましょうねー」

 寝室は窓から差し込む月明かりで、薄明るい。私はお母さんに抱き着かれながらベッドに横になる。

 ふあぁ、眠い眠い。目をつむると、途端に意識が眠りの世界に引き込まれていく。

 ん。私の額に誰かが触れている。お母さんだな。

「アレシアぁ、もう寝ちゃったの?」

 お母さんの不満げな声が耳に届く。寝ちゃ駄目なのだろうか。

「かくにーん」

 私が返事をしようとしたその時、お母さんは私の脇腹をくすぐり始めた。うあぁ、体がもにょもにょする。私は目を開き、眼差しに抗議の意を込めてお母さんを見つめた。

「何するん、ですか?」

「なーんだ、起きてるじゃない」

 悪戯っ子な目になったお母さん。さらに技巧を凝らして、くすぐりを続けていく。

「あははははっ、や、やめ、はははっ、えへへ、えへへへへっ!」

 ちょ、息出来ない。息出来ないって!

「あーもう、可愛いわね!」

「えへへへ! にょほほほ! にゃはははははーっ!」

 ほ、本当に辛いんだけど……。

「あぁんもっと! もっと笑顔を見せてぇ!」

「ふへぇ……」

 うあ……も、無理。急に体から力が抜けてしまった。ははは、どうやら呼吸困難で倒れてしまったようだ。

「あ、アレシアっ。だ、大丈夫?」

 息を整え、心配させてしまったお母さんに何とか返事をする。

「大丈夫、大丈夫です。ただ、も、やめて下さい」

「ごめんね、アレシア」

 腕を自由に動かしてくすぐれるよう、私から体を離していたがまた抱きしめて来た。

「大丈夫ですから。安心して下さい」

 それにしても、ちょっと私の体弱すぎないだろうか。くすぐられただけで、体から力が抜けてしまうなんて。

「もう、寝ましょうか」

 これで悪戯にも懲りたのだろう。お母さんは目をつむった。

「そうですね」

 だが、私を抱き枕みたいにギューとしないで欲しいな。寝苦しいんだけど。


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