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十、日も暮れて




 青空がかげり、紺色に近付いて来た頃。太陽が沈むという事はイコール仕事が終わる時間帯でもある。

 嬉しい事に、店じまいした近所の人達が帰りのついでとして立ち寄ってくれた。そしてお祝いと称しては色々と物を頂いた。

 例を挙げれば、「うへへ……またアレシアちゃんの頭を撫でられるとはなあ」「何色目使ってんだい馬鹿っ!」という魚屋さん夫婦からは、体長一メートルもある真っ黒なトピードゥーという魚を頂き、「アレシアちゃんだ……」「これも神の思し召しねっ! 神は言っている! 彼女を抱けと!」と叫ぶ新興宗教家達からは聖なる水とか言う物を小さな瓶に詰めて貰い、「はっはっはっはっ! これをやろう!」「すみませんすみません、ウチの旦那が役立たずですみません」と嘆く金満家夫婦からは旦那さんの黄金の全身像四十ロセル(約六十センチ)笑顔バージョンを頂いた。他にも何十人もの人がお昼を過ぎた辺りから今までに訪れて来てくれた。私は、自分が意外に人とのつながりを持っていた事に驚かされた。

 それだけの人が訪れ、大なり小なり贈り物を置いていったのだから、居間にはちょっとした贈り物の山が出来ている。

「凄い量ですね……」

「そうじゃなあ」

 私はお祖父さんと協力してこの山を取り崩し始めた。大抵の品物は、倉庫に眠っている使いそうで使わないような物だ。タオルや万年筆、コップなど、そんな品々。ただ中には役に立ちそうな物も含まれている。金物屋さんを営むソブルエさんからは上等なナイフを頂き、鞄屋さんのデビジさんからはオリーブ色のメッセンジャーバッグを頂いた。特に、このメッセンジャーバッグはただのバッグじゃない。バッグの内部空間が拡げられていて、見た目より遥かに沢山の物を収容する事が出来る。名前は名付けるのが面倒臭かったのかそのまま空間拡張バッグと呼ばれている。

 それらの品々を要らない物は倉庫へ、要る物は自室へ分類していく。ただ私は物を大切にする性分なもので、居間が片付いた代わりに自室が物で埋まってしまった。

「これ、アレシア。ただ移動させただけじゃないか」

 お祖父さんに苦笑されたが、貰い物って扱いに困る。無下には扱えないよ。俯く私の肩に手を添え、お祖父さんは優しく語り掛けて来る。

「ゆっくり考えていこう、アレシア。時間はたっぷりあるんじゃからな」

「……はい」

 今度は自室にある品々の整頓に私達は手をつけた。

 一時間程経過し、片付けが終わる。片付けというか、部屋のスペースに押し込んだだけの気もするが、まあ、終わりは終わりさ。私はお祖父さんの膝上に乗せられながら居間でのんびりとくつろぐ。薄暗い室内を暖炉の火がほのかに照らす。静かな空間にゆらゆらと揺れる明かりは幻想的に見えた。

「ご飯出来たわよー」

 隣の食事室からお母さんの声が届く。

「では、行くかの」

「そうですね」

 私はお祖父さんと食事室に入る。

「豪勢じゃな」

 お祖父さんが感嘆の声を上げたのも無理はない。食卓の上にはトピードゥーの兜焼きがドドンと場所を占め、その周りにトピードゥーの胴体部分を使った料理が所狭しと並べられている。トピードゥーって魔獣に分類されてるけど、信管さえ取り除けば爆発はしないのでその身は美味しく食べられる。というか、中々捕獲される事のない高級魚だ。

 お母さんがニッコリ笑う。

「生だったから、鮮度が命ですもの。今日中に食べてしまいましょう」

 トピードゥーは我が家の糧となった。美味しかった。以上、終わり。

「という事で、おやすみなさい!」

 私は食事室から逃げる。

「駄目よ。今日体洗ってないでしょう」

 しかし満面の笑みを浮かべたお母さんに後ろから抱き上げられてしまった。

「一緒に入りましょうね!」

 嫌だ嫌だ嫌だ。何でこの歳になって母親とシャワー浴びなきゃならないんだ。私は逃げ出したい一心でじたばたじたばた。はーなーせー。

「そ、そんなに……私と入りたくないの?」

 う……私があんまりじたばたしたから、お母さんを傷付けてしまったみたい。私の馬鹿。もう家族を心配させちゃ駄目じゃないか。急いで言いつくろう。

「そ、そういう意味じゃないんです。何というか、恥ずかしいというか……」

「ふふっ! なら何の問題もないわねっ! さ、行きましょう!」

 意気揚々と歩くお母さんに抱っこされながら到着したのはお風呂場。といっても浴槽はなく、固定式のシャワーノズルからお湯が流れ出るだけだ。もし浴槽に浸かりたいなら、大浴場に行かねばなるまい。ここまで来たらおしまいだ。覚悟を決めるか……。

「アレシアちょっと待っててね。着替えを持ってくるわ」

 そう言ってお母さんは廊下に出て行った。

 チャンス! 先に入ってなるべく一緒に入る時間を削ってしまおう。まだまだ若々しいお母さんと狭いお風呂場に一緒にいたら頭がどうかしてしまう。廊下とお風呂場の間に設けられた脱衣所で急いで服を脱ぎ、水色のタイルで覆われたお風呂場に足を踏み入れる。足元のタイルはひんやり冷たい。空気も冷え冷えとしている、早くお湯で温まろう。給水栓に手を延ばし軽く捻る。するとシャワーノズルから水がほとばしり出た。さ、寒い! 凍え死んじゃう! 何でお湯じゃないのっ!?

落ち着け……落ち着くんだ。きっとだんだん水が温かくなるに違いない。


 体を震わせながら、しばし待つ。全然温まらない。いや、我慢だ。きっともう少しさ。だって昔はお湯が出てたんだ。出ない訳がない。


 おかしいな、まだなの? もう、一分は経過したよ? 給湯機の調子が悪いのかな? うー、早くして。風邪引いてしまう。


 あう……駄目だ、もう数分は経ったのに。無理だ、堪えられない。寒いよ。ポンコツ給湯機、早く何とかして。どうかせめて水を温くして下さい。いや、もう温くなくてもいいから。二、三度水温を上げて……駄目、か。

ああもう、こうなりゃ魔法で破壊の限りを尽くしてしまおうか? ほーら、魔力がほとばしってるぞー、早くしないと壊されるかもよー? 私は指向性の高い魔力をシャワーノズルに向け、しばらく睨み合う。……はあ、何かやってて自分に憐憫を覚えた。もう諦めてこの冷水に打たれとこう。気分的にも冷水に打たれたい。目をつむり、ただぽつねんと冷水に打たれ続ける。

「アレシア? あらこれ、水じゃない!」

 その時お母さんの叫び声と共に、暖かい温水が降り注ぐ。

あー、生き返るー。

「もう、何やってたの! 風邪引いちゃうでしょ!」

 いきなりお母さんに叱られる。そうは言うが、仕方ないじゃないか。給湯機が動かなかったんだ。と、つむっていた目を開いてお母さんに抗議すると、一糸纏わぬお母さんの姿が真正面で視界に入る。くっ、目のやりどころに困るじゃないか! あー、もう。昔も今も見ていて恥ずかしいのは何でなんだ。いい加減慣れさせてくれ、心臓に悪い。

「アレシア忘れちゃったの? お湯を出すには脱衣所のスイッチを押さないといけないのよ」

「え?」

 そうだったけ? あー……確かにそんな記憶があるなあ。道理でいくら待っててもお湯が出ない訳だ。

「すっかり忘れてた……」

「こんな調子じゃ、体の洗い方も覚えてるかも疑問ね……」

 私の呟きに、お母さんは嬉しそうな口調でそう言った。

「そうね、私が洗ってあげるわっ」

「あ、大丈夫でーす。私、一人で出来ます」

 ニコニコしながらにじり寄るお母さんに何故か脅威を覚えて後ろに下がるが、大人が五人も立てばぎゅうぎゅうになる程度の広さしかないお風呂場だ。すぐに正面から抱きしめられた。うああ、お母さん三十路なのに肌のハリツヤが良いですね、とても柔らかく気持ちいい……って、私は何を考えてるんだっ!

「ふふふ〜。先ずは髪から洗いましょうね〜」

 ふぅ、助かった。私の髪は腰の辺りまで伸びてるから、お母さんは私の背後に回ってくれた。今の内に心を落ち着けよう。

 植物油から作られた石鹸を泡立て、頭皮をワシャワシャされる。うあー、気持ちいい……。

「アレシア何処か痒いところあるー?」

「ないでーす」

 続いて長く伸びた髪を後ろで何やかんやされ、髪を洗い終えた。

「うふぇへへへ。じゃあ次はお体キレーにしましょーねー」

 それは勘弁してくれ。羞恥で死ぬ。どうにか回避しないと。だらしなく頬を緩めるお母さんに時間稼ぎを試みる。

「あ、あ! 私もお母さんの髪洗ってあげますよ!」

「あら、本当?」

「はい!」

「じゃ、お願いアレシア」

「任せて下さい」

 お母さんは木製の桶っぽい椅子に座ったので、私は自分と同じ白銀の長髪を洗い始める。よし、なるべく時間を稼ぐぞ……くっ、これって意外に力のいる作業だね。魔力で肉体を【身体強化】してやり切ったが、ちょっと魔力に頼り過ぎかもしれないなあ。そうだ、これから私はどう生きて行こう。魔王は自爆しちゃったし、しばらくはのんびり出来るけどいずれは身の振り方を決めないとなあ。就職するか、結婚……結婚、か。性別変わってるんだが、アレに私は、いやいやいや。まだ早いって! まだ入れるの入れられるの心配する必要はないっ!

「ありがとう、じゃ今度は私が洗うわね!」

「え?」

 あ、しまった。もうやり切ってしまった。もう、私の馬鹿! アレでナニだの考えてたから……うむぅ、途端に下半身に意識が集中して来た。まじまじと見つめてみるが、何かが変わる訳でもない。そこにはやっぱり、雌雄の内の後者に相当する器官はなかった。

「うふふふふ。ああもう!! さすが私の我が子ね!」

「っ!?」

 とかまたくだらない事を考えてたらいきなりお母さんに私の上半身を石鹸で泡立てられた布切れで優しく擦り始められた。

 何がさすがなのか分からないが、くすぐったいよ。体が意思とは無関係に震えようとする。だが今のふやけた笑みを浮かべている興奮したお母さんに気付かれたら、状況が悪化する気がしてならない。私は堪える事にした。しかし懸命に努力して隠そうとしたが、荒くなった息遣いだけは隠しおおせなかった。僅かな吐息が漏れる。

「……んっ……ふぁ」

「!?」

 どうしたんだろう? お母さんは急に私に背中を向けた。

「ぐ……ううう、アレシア……私、これ以上、は……さ、先に出てるわね……」

「でもお母さん、まだ体洗ってないじゃないですか」

「ごめんなさいアレシア! 私にはもう無理なのっ!」

 そう言い残してお母さんはお風呂場の引き戸をぴしゃりと閉めて出て行ってしまった。

 な、何だったんだ……?


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