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08:第一章 光の国と呼ばれる地底の国へ-7-

 浅い呼吸で眠っていたファーラの瞼が、ピクリと動く。

 目が覚めたのか? と、そのまま様子をうかがっていると、ゆっくりと長い睫毛に彩られた金の瞳が開かれた。

 ―――全身、金色なのかな?

 じゃあ、血も金色なのだろうか。だったら、俺も目が茶色になって、血も茶色に変わっているかもしれない‥‥‥?

 ジャックが自分の想像にげんなりとしていると、ファーラがゆっくりと起き上がった。

「おはよう。起きても大丈夫か?」

 なるべく驚かせないようにと思ったのだが、女性にとって目が覚めたら男が室内にいるということは恐ろしいことではないだろうか? 驚くなという方が無理だろう。

「ジャック、さま‥‥‥」

 だが、彼女は意外と冷静だった。

 むしろ、俺のことを男と思っていないのかもしれない。『地の大臣ヌーサ』は代々女性が継承していた。その記憶があるから、自分のことも、ひょんなことで狼になる男とは把握していないのではないだろうか。

 それはちょっと情けない。

「さまはいらないよ。ジャックだけでいい。そうしてくれないと、俺は君のことをずっと金の姫とかファーラ姫って呼ぶことになる」

「わたくしは、姫ではありません」

「まあまあ」

 体調がまだ悪いだろうに、ファーラはしっかりと受け答えをしている。

「わたくし‥‥‥みんなに、あなたがいらしたことを報告して参ります」

「それは青の姫君が言いに行っただろう?」

「あ‥‥‥」

 ジャックの指摘にファーラは口元に指をやる。

「じゃあ、船に載せる荷物の書き出しをしなくては‥‥‥」

「そういうことこそ、台所頭とか、執務官長とかにお願いすることじゃないのか? 対岸に着いて、それから陸路を使ってお隣に逃げ込んだ王族と合流にするには何日かかかるだろう? 子供や老人がいるなら、なおさら時間がかかる。君に、どれくらいの食糧が必要なのか判断を下せるのかい?」

「‥‥‥ですが」

 彼女も譲らない。

 なんというか、ファーラは頑なだ。

 ジャックは微笑を浮かべてわざとらしく小首を傾げて見せた。少しでも陽気に写るように。

「落ち着かない?」

「はい‥‥‥」

 ファーラは前掛けのフリルを強く握り締めて、俯いた。だが、すぐに顔をあげると「でも、工場には行かなくては!」と声を上げた。

「みなさまが船を見て下さっているのに、わたくしだけが休むわけには参りません」

 今にも起き上がって、部屋を出ていこうとする彼女の肩を掴む。

 ――― 細い。

 あまりの細さに驚愕する。

 女性特有の細さではなく、一種病的な細さのような気がする。

 とはいえ、ジャックは今まで姉以外の女性の肩になどほとんど触れたことがない。だからその細さが異常だという断定はできなかった。

「上が倒れたら、困るのは下っ端なんだよ!」

 ジャックは少し声を荒げて、正面からファーラを見据えた。

 彼女は大きな瞳を丸め、そしてゆっくりと瞬きを二度してジャックを見返した。

 それはあまりにも真っ直ぐな瞳。

「いいか‥‥‥あの、巨大な船を動かして残った住民を対岸に送る。それはわかる。だけど、あんな大きな船を動かすなんて過去の『光の女神ソレア』代行者でもしたことがないだろう。どれぐらい君が力を使うのかなんて想像もできない」

 ジャックは一度、言葉を切る。

「さっき、倒れたのわかっているのか?」

 彼女は自分が倒れたことをあまり気にしていないようだが、それでは駄目だ。

「‥‥‥ええ」

 口籠りつつもファーラは答える。

「だったら、今は力を貯めることに集中しろ」

 あえて、冷たい口調で言うと、ファーラは目線を泳がせた。

 ジャックは続けて言う。

「たった八人を地上から、この地底まで運んでその疲労具合だ。俺がどれだけ力になるかもわからないのに、ここで無理をして君が倒れてしまえば、残っている住人全部がこの大地と共倒れになる」

 ファーラはしっかりとジャックを見据えて「わかっています」と答えた。

「ですが、わたくしは大丈夫です」

「‥‥‥うぅ」

 まったくわかっていない。

 これでは押し問答だ。

 なにを言おうと彼女は動いていないと気が済まないのだ。なにかしていないと落ち着かない。結局のところ、そういうことなのだろう。

 まるで、なにかに追い駆けられているかのように。

「わかった」

 ジャックの言葉にファーラが顔を上げる。

「とりあえず、今日は俺にこの国の現状を教えてくれ。『地の大臣ヌーサ』の記憶しか蘇っていないから、いろいろと齟齬が出ている。その間に君は体を休める。一石二鳥だろう?」

「ですが‥‥‥」

 彼女がジャックの言葉を打ち消そうとするのを、手で制する。

「明日から、工場で爺たちの手伝いをしよう」

 ファーラが目を見開く。

「手伝いといっても、工場には工場の決まりがある。素人がうろうろするのは危険極まりない。だから、俺のが先輩だから、金の姫には俺の言うことを聞いてもらう。いいか?」

 真面目に言えば、彼女も「わたくしは姫ではありませんが、わかりました」と頑なな態度のまま頷く。

 頑固だ。

 なんだか笑えるくらい頑固だ。

 ジャックはくすりと笑うと、とりあえず寝台の側にある脇棚の上の水差しを手にして硝子の高杯に注ぐ。そしてファーラに手渡した。

「じゃあ、この水を飲んで、とりあえずどうして君が姫じゃないかから始めようか」

 受け取って、小さな口でこくりと水を飲む。

 たったそれだけにことに、ここまで安堵するのは不思議だ。

 ジュリアさんに頼んで夕食はたっぷり用意させよう。そして、食べ終わるまで見張っていよう。それに、食べなさそうだったら明日から、果物の絞り汁などを強制的に飲ませよう。

 そう心の中で誓って、ジャックは暖炉の側に置いた椅子を寝台の近くに引き寄せた。


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