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07:第一章 光の国と呼ばれる地底の国へ-6-

 ジャックは小さく息を吐き出して、周囲を見渡した。

 まずは心の中で(ごめんな。寝ている時に触って)と謝りながらファーラの靴を脱がし、彼女に上掛けをかける。本当なら服も緩めた方がいいのだろうが、初対面の女性が苦しんでいるからといきなり服に手をかけるのは男としてあまりにも情けない。

 一応、これでも騎士なのだ。

 棟梁息子とか、造船業の下っ端とかの意識のが強いが、それでも騎士。

 騎士というのは、いろいろ異論があるかもしれないが、唯一の女主人に生命を捧げる戦士だとジャックは思っている。女主人というのは、身分的なことではなく、忠誠心の対象という意味なので奥さんだったり恋人だったり、上役の奥さんだったりと幅は広い。

 今まででいうなら、その対象は母であり、母が亡くなった後は姉となった。時が過ぎればいつしか好きな女性になり、恋人になり妻になるのだろうとのほほんと思っている。

 だから、女性にはやさしく。

 これがジャックの中の基本。

 女性という性は護る対象で傷つける対象ではないのだ。

 ファーラが寝入っているのを確認して扉に向かい、一度開いて廊下を見渡す。そして半開きにしたまま、今度は窓に近付く。こちらも鍵を外して開く。

 髪の毛が舞う。

 強く吹き込んだ風がジャックの髪とカーテンを揺らし、部屋の中を通り抜ける。

 身を乗り出して周囲を見渡して状況を確認する。この部屋は二階。左前方にある木に飛び移れば脱出は可能だということがわかった。

 目の前には森。

 果てまで民家もなく、ただ色とりどりの緑が塗られた豊かに見える森と、その森を縦断して川が流れている。

(あの川が、この城の下を通り抜けて反対側に抜けているのか?)

 まだ街側を目にしていないジャックは、上空から見た景色と目の前の景色を踏まえて考えることしかできない。

 とにかく脱出経路は確認した。

 ジャックは綺麗に磨かれた硝子の嵌め込まれた窓を閉めて、鍵をかける。

 ファーラの枕元ではなく、やや離れた暖炉寄りの場所に椅子を置いて、腰に提げていた剣を手にして座った。

 この状況で敵が来るとは限らない。

 いや、むしろ敵が来る状態ではない。

 だが、ここ数ケ月の間に磨かれてしまった嫌な習慣は、のんびりとした性格のジャックの中に暗い影を残していた。

 戦うのって‥‥‥剣や弓を使ってだけじゃないんだよな。

 白い顔をして、まるで呼吸をしていないかのように静かに眠る『光の女神ソレア』代行者。

 彼女はこの国を『中洲の国』とも言った。

 だが、ジュリアは『光の国』と言った。

 そこが、彼女の目の下の隈の原因ではないのだろうか。

 ジャックは‥‥‥ゆっくりとおでこに指をあてて注ぎ込まれた記憶を探る。

 中洲、光‥‥‥と思いついた言葉を浮かべていくと、該当する記憶が頭の中で再演される。

 ジャックは痛む頭を堪えて、長い間そんなふうに思いついたこと、思いついたことを捌くっていたが‥‥‥痛む頭を堪え切れなくなりそうな直前で、記憶を探ることを放棄した。

 欲しい情報はすでに手の中。というか頭の中。



 ――― この国に住む者たちは、王族以外は中洲だということを知らない。広い世界の中で、自分たちの国は一番広くて、一番文明が発達していると‥‥‥そう思っている。

 本来‥‥‥ファーラの中にいる女神は『光』の女神じゃない。

 この大地、『中洲』の女神だ。

 中州の女神がこの国を作りあげた時に凄じい光を発したため、人間が勝手に光の女神だと‥‥‥中洲の女神を勘違いしてしまったのだ。女神は人間の少女の中を転々としている間に、決定的な間違いがされていることに気がついたが、すでに定着してしまった呼称を撤回させることもできずに、時が流れてしまったのだ。

 今も、そうなのだろうか?

 街の人たちはこの国が中洲だと知らない?

(最後の命綱‥‥‥か)

 そういう言い方をするということは、たぶん街の人たちはすべてを知っているのだろう。

 終わったらちゃんと元の世界にお連れします――― と、何度も言っていたファーラ。

 その妙に生真面目な少女が、危機迫った状態の街の人たちに真実を隠しておくことができるのか?

 ――― 無理だろうな。

 真実を隠せば、この国に残ると言い出す国民が出るだろう。

 そういう人たちを説得するには、結局は真実を口にするしかないのではないか?

 だが、そんな真実を知りたい人はまずいないだろう。



(損な、役回りに当たっちまったものだよな)

 大きく息を吐き出す。

 自分だったらそんな役目はしんどくて堪らない。

 どうして自分なんだと、荒れてしまうかもしれない。

 しかも、国を治めるべきが者たちが逃げ出した状況。国王も皇太子も不在。唯一の皇族の皇女はファーラに頼り切っている。

(くたびれるだろうな‥‥‥)

 ジャックは寝台をなんとはなしに見つめる。

 女性が寝ているのを見るのは礼儀にそぐわないだろうが、つい見てしまう。

 彼女の呼吸はあまりにも静かだ。

「‥‥‥んっ」


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