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06:第一章 光の国と呼ばれる地底の国へ-5-

「水かなにか持って来た方がいいかな?」

 男である自分がこの部屋にいることはできない。そのためにそう問い掛けてみたのだが、ジュリアは首を左右に振ってジャックの腕を掴んで離さない。

「力を‥‥‥力を分けてあげて下さいませ」

「力を、分ける?」

 確か、ファーラは『地の大臣ヌーサ』とやらの記憶は甦ったと言っていた。

 できるかわからないが目を閉じて「力の分け方」を検索する。

 頭の中でゆっくりと「力の分け方」「力の分け方」と何度も唱えていると、細い自分の指が、金糸の女性の頬に触れていた。近付く顔。

(まさか‥‥‥くちづけるのか?)

 ドキドキしながら記憶を手繰っていると、茶色の髪が視界に現れ、こつんと音がする。

 おでことおでこを当てて、力を注ぎ込む過去の『地の大臣ヌーサ』。

 少しばかり残念に思いながら、ファーラの枕元に近付いて、彼女の頬に触れる。

 ――― 冷たい。

 荒い息で細い体が揺れている。

 いたたまれなくなって、彼女のおでこに自分のおでこをくっつけて祈る。

 自分の元気を、彼女が受け取りますように‥‥‥

 ついでに多少の筋肉や肉だって彼女に行ってもいい。

 そんなことを思っていると、体の中から力が吸い取られて行くかのような奇妙な感覚に襲われる。

 自分の‥‥‥いや、『地の大臣ヌーサ』の力が、彼女に注がれているということなのだろう。彼女の荒かった息が徐々に穏やかになり、剣の稽古を終えた頃ぐらいの疲労感を感じる頃には、ファーラの呼吸は落ち着いていた。

 はーーーーっと大きな溜め息が背後からする。

 彼女から離れるのはなんだか抗いたかかったが、このままおでこをくっつけているわけにもいかないので、ジャックはファーラから離れて後ろを振り向いた。

 大きな溜息を吐いたのはジュリアだった。

「ありがとうございます‥‥‥」

 ジュリアが涙ぐんで礼を言う。

「今までは‥‥‥ティアラさまがどれだけ力を注いでも、こんなふうにすぐに落ち着かれなくて‥‥‥」

「‥‥‥」

「大きな力を使われた後は、いつもこうなんです」

「‥‥‥いつも?」

 ジュリアの言葉にジャックは眉をひそめる。

「三人揃わなければ、『光の女神ソレア』の御力は万全とは言えないのです。『地の大臣ヌーサ』がいないのも、最後の代行者の定めと諦めていらっしゃったのですが、皇太子殿下がこの国を見限って最後の船で逃げ出されてから‥‥‥ファーラさまは必死であなたの行方を探していらっしゃったのです」

 三人揃う‥‥‥皇太子殿下‥‥‥いろいろと頭の中を検索しないといけないこともあるが、ジュリアが言っているのは検索しても決して出てこない、今のこの国の話。

「皇太子殿下とは、ティアラ姫の弟君?」

「いいえ‥‥‥ティアラ姫の兄君です。本来なら『青い魔師サイア』はギャリガンさまが受け継がれるはずだったのですが‥‥‥」

 ジュリアはしばらくの間、窓の外に目をやっていたが、ジャックが痺れを切らして問い掛ける前に話し出してくれた。



 ―――いにしえから『光の女神ソレア』の代行者は、先代の年齢が四十路に達した時に交代する習わしで、選ぶのは女神。

 村のどの赤子に転移するのか誰もわかりはしない。

 『光の女神ソレア』の代行者として生まれた娘は、先代の指導のもと代行者として立派に勤められるように教育を施される。

 『青い魔師サイア』は代々から王族の皇太子の立場として生まれる。

 女神代行者が結婚できるのは『青い魔師サイア』か『地の大臣ヌーサ』のどちらかだけで、光の国『トラガ』の歴史が始まって以来、女性の『青い魔師サイア』も、男性の『地の大臣ヌーサ』も存在をしなかった‥‥‥

 国が滅ぶと決まって以降、この国は異変ばかりで、性別が違うのも、その異変の象徴なのではないかと宮廷占術師たちは言っていたという。



 ジャックはその話を聞いて、顎に手を当てた。

(性別が違うだけじゃなくて、遥か彼方の上空の違う国に現れたのだから‥‥‥占術師たちからしたら、異常もいいところだろうな)

 自分が『地の大臣ヌーサ』だとかいう、童話めいた話は正直に言ってジャックにはどうでもよかった。必要とされない国にいるよりも、目の前の必要としてくれる少女の役に立ちたいと思っただけなのに‥‥‥

 想像以上に重く伸し掛かる立場と責任に、ジャックは軽い眩暈を起こしそうになる。

 ――― 面倒くさい。

 だが、自分の長所は切替が早いことだ。

 悩んでも、どうにもしようがないことを考え込んでいたって仕方がない。

 ファーラの容態がもう少し落ち着いたら、自分の挿入された記憶を検索すればいい。

 そういえば挨拶をしていないな‥‥‥と思ってジャックは自分の母親よりも年長であろうと思われるジュリアに優雅な仕草でお辞儀をした。

「ジュリアさん‥‥‥あなたの名前、俺の姉の名前と似ています。俺の名前はジャクソン・ドゥリー・ブレースタ。ジャックと呼んで下さい」

「まぁ、ご丁寧に。私は台所頭のジュリアです。お見知り置きを」

 彼女も丁寧な仕草で、腰で結ぶふわふわとした巻き布を持ちあげた。

「ところで、青の姫に金の姫が倒れたことを伝えた方がいいんじゃないかと思うんだ」

「‥‥‥あ。それもそうですわね。ティアラ姫はファーラさまのことをとても慕っていらっしゃいますから、お知らせしないと怒られてしまいます」

 冗談めかした口調でジュリアがくすりと笑う。

「街の人に俺のことを知らせてくるって言って飛び出したんだけど、探しに行ってわかるかな?」

 なにしろ自分は街のことなど全然わからない。

「でしたら、私が姫君を探して参ります。それに、街の者たちはあなたのことを最後の命綱として縋ってしまうでしょう‥‥‥住民に姿を見せることはよくても、街に出かけられるのはお止めになった方が賢明です」

「‥‥‥」

 ジュリアの言葉には息を飲むしかない。

 ―――最後の、命綱。

 うわーー、本当に重い立場だな。と、ジャックはまるで自分のことなのに、他人から見たように考えてしまう。

「ファーラさまについていてあげて下さい。最近、夢見が悪いようで毎夜うなされていらっしゃるのです‥‥‥この方を、助けてあげて下さいまし」

 ジュリアのやさしい言葉に潜む懸命な気持ちに、いくら女性のことに関しては鈍感だと姉に散々からかわれた自分でも気付くことが出来た。

 でも、自分にできるのか?

 この細い、金の少女を救うことなど‥‥‥だいいち、救うだなんでおこがまし過ぎる。自分の手にはすでに六人の部下がいる。六人と自分‥‥‥七人で手一杯なのに、それに彼女まで数に入れるなど。

 ジャックは穏やかな呼吸で眠るファーラを見つめた。よく見れば、彼女の目元にはうっすらと隈ができている。

 この、最後の時を迎えた国を‥‥‥王族に見放された小国を、たったひとりで救おうと賢明だったのだろう。

「‥‥‥ええ。俺でよければ」

 静かに決意する。

 俺の、できる限りで彼女を助けよう。

 これは、ジュリアに言われたからじゃない。

 自分が、彼女を見て、彼女に触れて決意したこと。

「お願いします。では、でかけて参ります」

 ジュリアは一礼をすると室内から静かに出ていった。扉が閉まる小さな音がやけに大きく耳に届いた。

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