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04:第一章 光の国と呼ばれる地底の国へ-3-

 ◇


 急激な落下。

 されたことはないが、きっと城壁から投げ出されるよりも、もっともっと長い間、下へ落ちる。

 呼吸もままならず、空気が下から上へ突き抜けていく。このまま地面に叩き付けられるのではないか‥‥‥という不安に陥ってしまう。

 すると閃光。

 ――― 金の波が踊る。

 今までの暗く長い穴を落下していたようだが、それが急に視界が開け、金の雲のようなものが広がっていた。

 同時に落下速度が遅くなる。

 顔を撫でる風がやわらかくなった。

「あの金色の波は『空虫』です」

 虫という言葉にぎょっとしてキョロキョロしてしまう。

「この地底国の天上にはみっしりと『空虫』が停まっているのです。彼らの背中に色が弾け、地上と変わらない空模様が生まれます。ですので、民の中でも自分たちが暮らす国が地底にあるということを知らない者も多いのです」

 ジャックが吃驚して瞳を見開いていると、ファーラが小さく息を吹き出すように笑って説明してくれた。

「虫と便宜上は呼びますが、本当は細かい粒のような意思があるかもわからない生命いのちです」

 地上と地下ではだいぶ違うらしい。

 ジャックが改めて空を見上げる。

 空を見上げていて、空があるはずなのに、それは空じゃない。

 自分たちが知っている空じゃない。

 変な気持ちだ。

「下に見える小さな島、あれがトラガです。もう、命短いわたくしたちの故郷」

 足下を見ると、大河に小さなダイヤ型のような島が浮かんでいる。

 さらに速度が緩くなり、島の様子がつぶさにわかるようになると、白目を剥いていた他の男たちもはしゃぐように喋っていた。

 船を造る男たちだ。少しぐらいの高さには適応能力がある。

「お姉さま~!」

 島の中心部にある古びた城の塔から、青い髪の少女が手を振っている。

「第一皇女のティアラ・キャンティアラ・セントレル・グレースタ・トラガです。ティアラと呼んであげて下さい。長い名前で呼ぶと怒るんです」

 穏やかに笑いながらファーラは言うが、その笑みはどこか淋しそうに感じられた。

「青い髪の毛‥‥‥」

 ジャックが呟くとファーラが小さく頷く。

「ええ。彼女が『青い魔師サイア』です」

 地表からもの珍しげに上を眺めている人たちの髪の毛は揃って黒。不思議に思って周囲を見ると、ジャックと一緒について来た仲間の髪の毛がみんな黒髪になっていた。

 男たちも仲間を見て驚いている。

「大丈夫です。この国を離れれば、元の色に戻ります。少しの間だけご辛抱下さい」

 朗らかに笑う少女の言葉に、男たちはただ苦笑を零すだけでなにも言わなかった。

 城の前の広場に降り立つ。すると弾けるように元気な声が少女を呼ぶ。

「お姉さま!!」

 青い髪の少女が駆け付け、「お帰りなさい!」とファーラに飛びついた。

 満面の笑みの青い少女の体を、おずおずと抱き返してファーラが「ただいま」と答える。

 青い、腰まである髪の毛。

 耳元で一部が切り揃えられている。深い海の青。晴れた空の元で銀の波を照り返す、故郷の海の色に似ている。

 少し吊り上がった大きな青い瞳。

 くりくりと元気に動く瞳は、じとりとジャックを見上げて細められる。

 お姉さん大好きっ子なんだな~とその視線でわかる。

「ティアラ。こちらが『地の大臣ヌーサ』のジャック。他の方は彼のお仲間です」

 ファーラの短い紹介にジャックは苦笑を零す。

「初めまして。ジャクソン・ドゥリー・ブレースタと申します。彼らは私の部下という名目ですが、ファーラ姫が仰ったように、実質は私の仲間になります。しばらくの間ご厄介になりますが、よろしくお願いします、ティアラ姫」

 小さな頃から厳しくしつけられていたことが、こんなところで役に立つとは‥‥‥と思いながら優雅な仕草を心がけて頭を垂れる。

 膝は折らない。

 彼女は主君ではないし、今のところ守るべき姫君ではないから。

 立場は対等。

 なら軽々しく膝は折るべきじゃない。

「こちらこそ、わたしはこの国の皇女ティアラと申します。そして『青い魔師サイア』でもあります。あなたのような方が『地の大臣ヌーサ』ということは信じ難いのですが、お姉さまが連れていらしたのですし、髪の毛がそれ・・ということは真実なのでしょう。短い間ですが、よろしくお願いします」

 目を見開く。

 あまりの不調法さに声も出ない。

 初めて会う相手に対して、その言い種はないんじゃないだろうか‥‥‥

 そう思うが、いきなり自分の大切な姉がこんな得体の知れない男たちを連れて帰れば、攻撃的になるのかもしれない。

 自分がそういう立場に立ったとしたら、どう思おうが感情を膜に包んで一応の礼儀を尽くすだろうが、まあ、まだティアラ姫は精神的にも子供なんだろう。

 自分も子供と大差ないことは、遠くの棚に置いておいて。

 ジャックはそうのんびりと考えて、彼女の切って捨てるような挨拶をいくばくか楽しく見つめる。

 棘々とした妹姫の態度に、恐縮したかのようにファーラが微苦笑を浮かべる。

「城へご案内致します」

 金の少女は、なんというか最初から態度がへりくだっているような気がする。

 妹に対しても妙によそよそしい。

(いや、さっき第一皇女ってティアラ姫のことを呼んだな。っていうことは‥‥‥本当の姉妹じゃない?)

 疑問は今、問い質すことではないだろう。

 また時間があるうちにファーラに聞けばいい。

「娘さん、船を‥‥‥船を先に見せてくれんか?」

 フェイブ爺の言葉にファーラは破顔する。

「かまいませんが、本当に古い船ですのよ」

「じゃが、その船をあんたは短期間だが動かすと言う。あんたは魔法を使えるようだが、わしらが可能な限り船を直せば、制御や川の流れに集中できるんじゃないか?」

 フェイブ爺は彼女のことを『あんた』と呼ぶ。ブレースタ領での独特の言い回しのようなものなのだが、ジャックは少しばかり冷や冷やしてしまう。

 どうか、青の姫が怒りませんように。

 しかし、それはファーラの嬉しそうな声に杞憂に終わった。

「ええ。船底に大きな穴が開いていて、そこを直していただけるだけでもわたくしは助かります」

「よし! じゃあその船を、わしらの持てる力のすべてを使って直してみせよう!!」

 男たちはジャックの意見など聞こうともせずに、勝手に盛り上がっている。

「‥‥‥よろしいんですの?」

 ファーラが小首を傾げる。

 不思議そうに瞬きをしてジャックを見上げるが、ジャックは肩を竦めることしかできない。

「ファーラ姫」

 呼びかけると、彼女が綺麗な眉をひそめる。

「恐れ入りますが、わたくしは姫ではありません。ファーラと呼び捨てで結構です」

 ファーラの抗議に、ティアラから抗議の声が上がる。

「お姉さまは、この国の『光の女神ソレア』の代行者ですのよ。呼び捨てなど許されません」

 どうやらティアラは、ジャックに対してはことさら非難をしたいらしい。

 そんなティアラを見やってファーラは微笑む。

「それを言うなら、彼は『地の大臣ヌーサ』の代行者。わたくしたちは対等の存在。あなたがたは、形の上ではわたくしに従っていますが、本当のところは違う。わかっているでしょう?」

 自分の右腕にすがるようにしている妹の腕を、ファーラは優しくぽんぽんと叩いて微笑する。

 ティアラは唇を噛み締めて、ファーラの腕をさらに強く抱き締める。

 よくわからない姉妹だ。

 ジャックは頭を掻く。

「えーーと‥‥‥俺としてはどう呼ばれても、呼んでもかまわないんですが、ティアラ姫を敵に回すつもりもないんで、ファーラ姫にご辛抱頂けないでしょうか?それに、俺もあなたのことを呼び捨てにするのは、ちょっと困る」

「困るんですか?」

「困ります。親に、女の子の名前を呼び捨てにするなと教育を受けましたので」

 少しおどけて言うと、ファーラは目を細めて笑った。

「それより船へ案内して頂けませんか。じっさまたちは短気ですから」

「はい」


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