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34:第八章 選ばれる者、選ばす者-3-



 ファーラは無理をしないため、寝台の上で胃にやさしい食事を摂らされた。相変わらず過保護だが、でもこれくらいしないと彼女はすぐに無理をする。

 その後、着替え終わると待っていたかのようにマーシア国王から謁見に来るようにとお達しがあった。

 ファーラは身に纏った白に金糸の施されたドレスを優雅に翻して、目覚めるまでジャックが座っていた椅子から立ち上がる。

 マーシアとトラガでは衣装の形が違う。トラガの民族衣装は右手が懐に入りやすい形をしていたが、マーシアでは袷の上に貫頭衣を纏うのが通常のようだ。トラガの衣装と同じで体の線はあまり強調されない。

 彼女が身につけているのは『水の妻神ウィリア』代行者の巫女装束のため、袷の襟元はやわらかな布が用いられ、同じようなやわらかく軽い肩掛けもある。

 衣装としての違いはそれくらいなのに、異国に居るという印象が強い。

(どうしてだ? トラガだって、俺にとっては異国なのに‥‥‥)

 ジャックは首を傾げる。

「わたくしの騎士も同行させてよろしいですか?」

 ファーラは伝達に来た騎士を見上げて、尋ねる。

 彼女の何気ない物言いにジャックは息を呑む。

 ――― わたくしの騎士。

 それが嬉しい。

 単純だと思うが、彼女を守る人間だと自分が認識されているのが、それだけでも嬉しくてたまらない。

「ええ。国王陛下も貴方の騎士たちと侍女、関連するすべての者を呼ぶようにと仰せです」

「ありがとうございます。あと、勝手な申し出ではありますが、元トラガ国国王陛下と皇太子殿下が『水の夫神ウォレス』となった暁には、わたくしは代行者をご辞退申し上げます」

「え?」

 騎士は目を見開く。

 そして、周りにいたジュリアとアルジー、そしてジャックも瞳を見開く。

「『水の妻神ウィリア』もご承認くださっています」

「ちょっ‥‥‥しょ、少々お待ち頂けますか?」

 騎士は大慌てで一礼をして走り去っていった。

 ファーラの体が崩れる。

 ジャックはその手を取って、先程まで座っていた椅子に導く。

 大きな息を吐いて頬を撫でるファーラを見やって、ジャックは水差しから杯に注ぎ、一口含む。確認をしてから跪きファーラに差し出した。

「大丈夫か?」

 差し出された杯を躊躇せずに飲むファーラを見つめてジャックは破顔する。

 手を取っても当然のように許される。差し出した物を躊躇いなく口にする。言ったことを素直に信じてもらえる。

 恋心以前の、信頼という気持ちが彼女からは溢れている。

 誰かを信じるというのは難しい。

 それなのに、ファーラは疑う様子もなく自分を信じてくれる。

 それも嬉しい。

「ありがとうございます。正直に言えば、あまり体は大丈夫ではありませんが、国王陛下との謁見は心しておりましたので、心は大丈夫です」

「さっき言ってたのは、本気?」

 跪いたまま見上げれば、ファーラは微苦笑を浮かべた。

「‥‥‥本気です。体の中の『水の妻神ウィリア』ともお話をしたのですが、わたくしはあの二人が怖い。そして、あの二人はわたくしの話を聞きません。それでは困るのです。『水の夫神ウォレス』の意思ばかりを優先したため、この国は‥‥‥」

 ファーラはそこまで言って口を噤む。

「この国は‥‥‥?」

 首を傾げて問えば、ファーラはジャックを見やって微笑を浮かべる。

「秘密、です。『水の妻神ウィリア』とわたくしの、女の秘密です」

 まるで悪戯っ子のような、そんな笑顔を見せられては追求できない。

「それは、俺が『水の夫神ウォレス』代行者になれば教えてくれる?」

 ジャックの言葉に、ファーラはしばらく考えて、そして淋しげな微笑を浮かべた。

「わかりません。その時にならなければ‥‥‥」

 ファーラは言葉を濁した。







 しばらくして、先程の騎士とは違う、文官と思われる壮年の男性が部屋に訪れた。

 恭しく一礼をする。

「国王陛下が、ファーラ様とジャック様にご面談されたいとのこと。但し、私人としての面会なので、なにとぞ構えることなくいらして頂きたいと仰せです」

 ファーラは瞬きをして小首を傾げた。

「私人として?」

 ジャックは椅子に座るファーラの背後に控えていたが、同じように瞠目する。

「はい。『水の夫神ウォレス』が決まるまで、貴女の身分は不確定ですから、謁見の間でお会いするのは遠慮した方がいいだろうと‥‥‥」

 謁見の間で代行者として会えば、もしも『水の夫神ウォレス』が二人の内どちらか一人を選べば、ファーラは辞退することになる。その後、問題になるだろう。

「わかりました。お心遣い、感謝いたします」

 ファーラが立ち上がる気配がしたので手を差し出す。

 その差し出した手に、躊躇われることなく置かれる手。

 細い、そして白い手。

「ありがとうございます」

 わざわざ礼を言うのがファーラらしい。

 文官に先導されて案内されたのは温室で、硝子の間と呼ばれているそうだ。色とりどりの花が咲き誇っている。だが、その花は花木が多く、しかも実をつけるものが大半だ。花木の下に鉢で植えられた花々がまるで道を作るように置かれていた。

「まあ、綺麗ですね‥‥‥」

 ファーラが見渡して微笑する。

 穏やかな微笑みに安堵する。

「王妃様のお好みです」

「そうなんですの‥‥‥」

 ファーラは薄紅色の八重の花をつける枝を手に取り、目を細める。手折る気はないようで見つめた後に静かに枝から指を離した。

「この温室は気に入って頂けたかな?」

 騎士に伴われて入ってきた人物は、背が高い。

 淡い金の髪を短く切った端正な人物だった。華やかな容貌なのに、受ける印象は若木のよう。

 その後ろには、先程ファーラが手にした八重の薄紅色の花のような女性。

 華やかというよりも愛らしい雰囲気の女性だ。

「マーシア国王、イグナーツ・イオニアス・イステル・マシェリアです。イグナーツと呼んで頂ければと思います。代行者候補殿」

 イグナーツはファーラの前で跪き、そして手を取り接吻する。

 そして立ち上がると後ろの女性に手を差し出して、彼女を前に出す。

「妻のユスティーナです」

「お初にお目文字仕ります。マーシア国王妃、ユスティーナ・ユリアーナ・グレメンディアです」

 まるで恵みの季節に綻ぶ愛らしい花のような女性は、優雅にお辞儀をする。

「こちらこそ初めまして。ファーラ・ミリアファーラ・セントレル・グレースタ・トラガと申します。故トラガ国では『光の女神ソレア』代行者を務めておりました‥‥‥あの」

 ファーラはお辞儀を返した後、小首を傾げた。

「まあ、お気付きですか? 今、五ヶ月目に入ったところですのよ」

 やさしい手つきでお腹を撫でたユスティーナはにっこりと微笑む。

「‥‥‥おめでとうございます」

 ファーラが目を見張って、そして破顔した。珍しい。ここまで満開の笑顔を見たのは彼女と出会ってから初めてだ。

「おめでとうございます。ジャクソン・ドゥリー・ブレースタと申します。ファーラ姫の騎士を務めております」

 ジャックは名乗ると膝を折り、マーシア国王妃の手を取り国王と同じように挨拶をする。

「挨拶も済んだことだし、堅苦しいことは抜きにして茶でも楽しもう。ユスティーナ、転ぶといけない。早く椅子に座りなさい」

 イグナーツは甲斐甲斐しく妻の手を取り、硝子の間の中央に用意された腰掛に座らせる。

 妻が座った傍に椅子を引き寄せて、国王が座る。

 この温室に四人以外の人物は見える場所にはいない。四方の入り口は厳重に警備がされているが案内してきた文官も二人が中に入ると同時に引き返している。

 無用心ではないか?

 他国の王とはいえ、なんだか心配になる。

 ジャックは帯剣をしたままだ。

 もしもがあったらどうするつもりだ。

「国王陛下。わざわざお時間を作っていただいたのは何故でしょうか?」

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