29:幕間 少女の呟き
※ 無理矢理な描写があります。苦手な方はご注意下さい。
自我というものが生まれた頃から、わたくしは代行者という立場だった。
求められる行動、考え、振る舞い。それが自然で、当たり前のことで、大地の声を聞き、宙の気配を知り、この国の生き方を代弁するのが日常のことだった。
それが変わったのは彼を迎えに行ってから。
当たり前だと、日常だと思っていたことが普通ではないと知り、彼は新しい道をいつも指し示してくれる。
わたくしは、代行者でしかなかった。
ファーラという女はただの抜け殻で、必要とされるのは代行者であるという現実だけだと思っていた。
ならば、国がなくなるのであれば自分も不必要になる。
そう思うのは自然なことで、いなくなった後に誰かが泣くとか嘆くとか考えたこともなかった。終わるのだと‥‥‥それだけが心を占めていた。
◇
十五歳の明けの日。
祝宴で酔いの回った皇太子が部屋に入り込んできた。
酒臭い息でどうして自分を『青い魔師』に選ばなかったのかを詰り、わたくしを本当の意味で妻にすれば望みが叶うかもしれないなどと息巻いて、寝台に突き飛ばされた。
その時の感情は恐怖しかなかった。
圧し掛かられ、反抗する体を力づくで押さえ込まれ、悲鳴は引き攣り、服を肌蹴られ、臭い口が皮膚を辿る。
冷たい手のひらがまるで蛇のように体を這う。
今までで一番の苦行だった。
選んだのはわたくしではない。
わたくしのできないことを詰め寄られても困る。
第一、そのような自分を選ばないのがおかしいと考えられる思考能力だからこそ、代行者として選ばれなかったのだと自覚できないのか。
口内を這い回る虫のような感触に吐き気が込み上げる。
あまりの気持ち悪さに噛み付くと、相手が唾を寝台に吐き出した。
自分の口の中にも気色の悪い液体が溢れたが、虫が這い回るよりもいくらか耐えられる。
「お姉さま!!」
ティアラとユージェスが扉を抉じ開けて入って来た時には下半身に手が伸びる寸前だった。羞恥よりも恐怖に苛まれたわたくしは、二人に抱き起こされると同時に吐き出して気を失ってしまった。
それ以後、ティアラはわたくしの行動に過敏になり、そして部屋は二階に移され、皇太子も離宮へ移った。
祭典以外では会うこともない生活が一年ほど続き、最後まで残り‥‥‥彼は、まるで言うことを聞かずに抱かれなかったわたくしへの仕返しをするかのように船を壊し、食料や必要な物資をすべて奪って逃げていった。
『光の女神』の持てる力をすべて注ぎ込んで、上に感じる微かな気配から『地の大臣』を探す旅に出た。
出会った彼は大地の名に相応しい、穏やかな人だった。
きちんと話を聞いてくれる人だった。
わたくしに『光の女神』を、求めない人だった。