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28:第六章 出迎え-2-

 どうした? と思って背後を見やると、ファーラが怯えるようにジャックの腕に縋り付いてくる。こんな怯えた彼女は初めて見る。顔面は蒼白というよりも真っ白になっている。血の気が感じられない。ジャックは伸びてきていたギャリガンの手を避けるように、ファーラを背後に隠した。

「嫌がっているだろう」

 冷たく言えば、ギャリガンは鼻で笑う。

「余と来い」

 しつこく馬上から伸びてくる手を叩き落した。

「無礼な!」

 今にも剣の柄に手をやりそうな雰囲気に、ジャックは溜息を零す。

「躾がなってないな」

「なにを!」

「嫌がってる女の子を無理矢理連れ去ろうとしている男に、躾ができてるとは世間一般では言わないだろ?」

 軽口を言えば、ギャリガンは顔を真っ赤にさせる。

 乗せられやすい。

 こんなに感情が表に出る男が皇太子だったとは‥‥‥呆れてものも言えない。

 尊大な態度は、はたから見れば堂々としても見える。

 自己中心的な態度は、風格に見える時もある。

 そういう理由でこの皇太子が自由に生きているのであれば、トラガ国王にも期待は持てない。

 溜息を飲み込んだ瞬間、落ち着いた声が場に響く。

「ティアラ姫、ファーラ姫、そしてジャクソン殿。お手数ですが、我々と共にマーシア首都ヤウェクへいらして頂けませんか?」

「マレディバル侯爵‥‥‥」

 ティアラが瞳を瞬かせる。

 後ろから現れた男にその場が固まる。

「侯爵‥‥‥なぜ」

 シェニア伯爵が息を呑む。

「陛下が、姫君方の到着を今かと待ち望んでいらっしゃいます。命じられたシェニア伯爵以外に、皇太子殿下が勝手にお出迎えに参じたようですが、そのためにファーラ姫がいらっしゃらないようでは困ると仰せになられましてね」

 穏やかな声だが、内容はギャリガンに対する当てこすりだ。

「姫君方、我々と共に来て頂きます。急ぎますので衣装の換えは一泊目の宿でお願いをします。ジャクソン殿は馬でよろしいですかな?」

 有無を言わせない口調にジャックはファーラを見やる。

「急ぐのでしたら、わたくしも馬で参ります」

 短い返答にジャックはファーラを見ると、彼女はまるで仮面のような硬い顔をしている。

 その彼女が、見上げて一瞬縋るように瞳を揺らす。

「ジャック‥‥‥一緒にいて」

 小さな声にジャックは震えるファーラの肩を抱く。幼い子供が父親に縋りつくようにファーラはジャックに縋りついてきた。腕に額を押し付けてくる。

「わかった。君は俺が守る」

 その言葉にファーラは顔を上げて、泣きそうなのを堪えるかのように微笑んだ。

 その笑顔にほっとする。

「マレディバル侯爵。ファーラ姫とティアラ姫の付き人として三人を同行させてください。わたくしと、わたくしの部下は馬で参ります。部下は総勢六名となります」

 嫌な視線がして、ジャックが顔を上げるとまるで蛇が獲物を狙っているかのような瞳とかち合う。

 ギャリガンの視線をジャックは気にもせずに無視をする。

 ああいう自尊心の高い人物に一番効果的な嫌がらせは、存在の無視だ。

 小さな頃からちやほやされていた者は興味を向けられるのが日常で、無関心が一番堪える。

「ティアラ、なるべくファーラにべったりくっついていてくれ。ジュリアとアルジーさんにも二人に着いてくれるように頼んでくる。後はユージェスさんだな」

「ジャック殿、私は住民たちの行き先を確認してから参りたいと思います」

 異様な雰囲気に気が気が付いたユージェスが隊列の後ろから駆け寄ってきた。その彼の言葉にジャックは顔を上げる。

 ファーラとティアラのことで住民たちのことが頭から抜けていた。

「じゃあ、デンホルムとチャドも残そう。ユージェスさん、二人をこき使ってかまいませんので‥‥‥なるべく早く合流してください」

「わかっております」

 小さな声で話し合っているとシェニア伯爵が「では、姫君方。馬車の準備ができております」と促してきた。

 背後から出てきた感情の浮かばない侍女たちに引き連れられて、ファーラとティアラが歩き出す。

 ファーラが不安げに振り返る。

 その表情、蛇のような男の視線、侯爵伯爵と呼ばれる男たち。

 嫌な予感にジャックは先手を打つことにする。

「そんなに、心配しなくてもいいよ、奥さん」

 ジャックはファーラの腕を引き寄せて、腕の中に抱き込んだ。

「え?」

 驚くファーラの耳元にジャックは「合わせて」と囁く。

 その囁きに頷いてファーラの両手が背中に回る。

 細い体を抱き返して、そして顎を持ち上げる。

「!?」

 吃驚して瞳を真ん丸にしているファーラの顔が近付く。

 ――― ごめん、ファーラ。

 心の中でそう謝罪しながら、ジャックは薄い薄紅色の唇につっと自分の唇を重ねた。

 あとで、ティアラに殴られても仕方がないな。

 そう思いつつもいったん唇を離し、耳元に「目、閉じて」と囁いて、再び従順な彼女の唇に今度は先程よりも深く、唇を合わせた。

 背後から聞こえる仲間の冷やかしの口笛は聞かなかったことにした。



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