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25:第五章 再びの出発、見知らぬ土地-3-

「そういえば、この辺り‥‥‥大地から歌声みたいなものが聞こえないか?」

 ジャックは気になっていたことをファーラに尋ねてみる。

 彼女は困ったように微笑むと、小首を傾げ、周囲をゆったりと見渡して口を開いた。

「代行者とは、大地や風、水や森や林、そういう世界のいろいろな声を聞くことができるもののことを言うのです」

「いろいろなものの声?」

「ええ。我々は、巨大ななにかの上で暮している‥‥‥そのなにかが、我々に声を掛けている。と言った代行者も居たそうです」

「なにかの上で‥‥‥」

 ジャックは声を詰まらせる。

「そのなにかは‥‥‥己の体の上で暮らす我々に秩序を求める。その声を伝える役目がわたくしたち代行者だと」

「秩序‥‥‥か。きっと、こういう感覚に近いものって、説明が難しいから『神』とか『大臣』とか『魔師』という言葉が出てきたのかな」

 天上を見上げながら息を吐く。

「たぶん、そうかもしれません‥‥‥」

 ファーラが奇妙に淡々としているのは、声を聞くものとしての立場を幼い頃から熟知しているからだろうか? 自分も幼い頃から、淡々としているとか、冷静だとか、なにを考えているのかわからないとか言われてきたが、彼女よりは感情表現は豊かだと思う。

 ――― 八歳になると、帝都で過ごす風習が領主嫡男にはある。

 子供の頃に皇族と過ごし、面識を得ると言うのが目的だというが、子供の頃に鼻っ柱を叩き折り、皇族との立場の違いを体に叩き込むのが目的だ。まあ、思い返せば結構酷い目に合った。

 双子の皇子のギュンダーとレナード。ちょうど彼らはジャックのひとつ上に当たる。

 そのため、二人とその近習には服従を強いられた。

 ただただ黙って、付き従うお人形。そういう立場を。まあ、こっそりと仕返しはしたが、頭を下げるのが当たり前、服従するのが当たり前、そういう生活は思考を磨耗させる。

「ファーラは小さい頃から、そんなふうに‥‥‥代行者のあるべき姿ってのを体現していたのか?」

 ジャックの質問にファーラは瞳を瞬かせる。

「仰っている意味がよくわかりません」

「もう、ファーラは代行者じゃないんだぜ?」

 ファーラの手のひらが止まる。

 彼女の膝の上の小さな寝息が妙に大きく聞こえる。

 周囲の景色は木々が増え、草原があり、緑の色が濃くなっていた。その緑を渡る風がさわさわと音を立てる。

「何度も繰り返していただかなくても、わかっています。きっと、あなたには『つもり』でしかないと思われていても‥‥‥」

 ファーラは小さく言った後、口元を押さえた。

「申し訳ありません。失礼でしたね」

 しょんぼりと俯く姿がまるで小動物のようだ。

「別に、俺の言い方が腹が立ったなら、そう素直に言えばいいし、今くらいの嫌味なんて可愛いもんだ」

「‥‥‥やっぱり、嫌味に聞こえたんですね」

 ますますしょんぼりする。

 その姿が可笑しい。

 ジャックは右手を伸ばして、彼女の短くなった髪の毛に手を突っ込む。

 緩く波を描く髪の毛は、乾いた風のせいか綺麗に梳ることはできず、途中で止まる。

 そのことに濃い茶色の瞳を瞬かせてファーラは動きを止めた。

 驚きで動きが止まっている。

 金の髪は灰色に、金の瞳は濃い茶色に変わっていた。

「本心だったら、なおさら可愛い。ファーラは、もっと考えなしに思ったことを口にする練習をしたほうがいいな」

 止まった手をまた動かし、ゆっくりと彼女の頭を撫でる。

 まるで大きな猫や犬の毛を撫でるように。

 膝の上の少女に自分がしていたことをされている。そのことに気がついたのか、ファーラは目元を紅くしている。

「そのままでいいし、思ったことは口にしていいんだ」

 繰り返し紡ぐ。

 彼女の心の奥底にきちんと届くように。

 二度と、あの塔から落ちた時のような感情は抱いて欲しくない。

「‥‥‥あ、あの‥‥‥わたくしの、生活は朝から禊をして、祈祷して、学問を学び、奉仕をし、医術を学ぶ‥‥‥という、感じでした」

 止めることもなく、ファーラはぼそぼそと先程の質問に答えてくれる。

 はにかんだ口元は頭を撫でられるのが嫌だとは欠片かけらも示していない。むしろ、喜んでいるように見える。

「その‥‥‥ジャックは?」

 ファーラの質問に手が止まる。

 そしてひとつ瞬き。

「俺?」

「‥‥‥はい。ジャックは、小さい頃はどんなふうに過ごしていらしていたんですか?」

 その質問にジャックは口元を緩める。

 ファーラが自分に興味を持っている。

 それが、とてもつもなく嬉しい。

 好意の伴わない相手の素性など、誰しも興味などもなたないだろう。

 相手の過去に興味を抱く。それは初歩の好意の現われだと思う。

「小さい頃は、ずっと工場で育ったかな。木屑で遊んだり、掃除したり、道具磨いたり、必要な木材を森に見に行ったり、木に登ったり。まあ、勉強とかもあったけど。大抵はじっさまたちにこき使われてた」

「そうなんですか‥‥‥それでお掃除が上手なんですね」

 そこはそこまで感心するところじゃない気がする。

「後は料理とか洗濯も得意だぜ!」

 威張るところじゃない気もするが気にしない。

「まあ、じゃあ‥‥‥わたくしの先生になっていただかなくてはいけませんわね」

 目をまん丸にして生真面目に言う。

「最初は、お役に立たないと思いますが、懸命に覚えますから」

 両の拳を握り締めて、ファーラは気合を入れて言う。

「だからさ、そんな気を張り詰めなくてもいいからさ」

 止まっていた手をぽんぽんとあたまを撫でるように叩く。やさしく。

「いえ、わたくしらしくでいいと仰っていただきましたから。わたくし、やるべきことを懸命にやることが特技なんです」

 その気負った言葉に吹き出す。

「まあ、笑わないで下さい。ジュリアだってユージェスだって、わたくしが一所懸命なのをいつも褒めてくれますのよ」

 小さな唇を尖らせて、不満そうなファーラの表情が可愛くて、ジャックは瞳を細めた。

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