23:第五章 再びの出発、見知らぬ土地-1-
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服を着替えて、マーシアを目指すことにした。
ファーラだけでなくティアラにも着替えをしてもらう。二人ともドレスだったため、そのまま移動をすれば汚れてしまう。
本来なら皇女であるティアラには煌びやかな衣装で入国してもらった方がいいのかもしれない。けれど、トラガはすでに失われた国。亡国の皇女が訪れたところで喜んで迎え入れてもらえるとは到底思えない。
先に入国しているという王と側近、そして問題児の皇太子はどうしているのだろうか‥‥‥
しなやかな木の枝に布を巻いたものを彼女たちの周囲に垂らして着替えてもらったのだが、ファーラもティアラもこんなところで着替えるのかという文句を言うこともなく、素直にこちらの指示に従ってくれる。
二人の少女は、城で暮らしていたわりに贅沢に興味がないようだ。
そういえば、出発前に城や富裕層の家から宝玉類を持ち出す算段をしていても、これは価値があるとか傷があるとか質がいいなどのアドバイスをしてくれるのに、欲しそうな顔などは一切なかった。
普通がよくわからないが、年頃の少女が見たら瞳をキラキラさせるものだと思っていた、宝石とか装飾品というものは。
「終わりました。ありがとうございます」
上げていた腕を下げると、旅装を身に纏ったファーラが出てくる。
泣き腫らしたため、瞳はまだ赤い。
だが、表情は少し晴れやかに見える。
そうであって欲しいという願望が、そう見せているのかもしれないが。
「じゃあ、今度はわたくしが代わりますわ」
ジャックが持っていた簡易着替え用の隠し布を持とうとする。
彼女の身長では大変だろうに、その心意気がなんだか嬉しい。
「坊なんて、そこらで着替えればいいんじゃないんですかぁ?」
チャドがにしし、と笑いながらデンホルムと一緒に持っていたティアラの布を下ろす。ティアラも旅装に着替え終わったらしい。
「猥褻物をさらすのは頂けませんなぁ」
デンホルムがふるふると首を振る。
「さらすか!」
思わず反論すると、「そうそう、そういうもんはお嬢にだけ見せればいいですからな」と一緒にファーラの布を持っていたフェイブがうんうんと頷く。からかえるところを見られたら、とことんからかわれるのは経験則で知っている。
ジャックは溜め息を吐くと着替えを手にしてさっさと布の中に入る。
入ると、「お嬢、今手を離しなさい。面白いものが見れますよ」「男の裸なんて今のうちから見慣れておくものです」「まあ、坊の細っこい体を見たところで楽しくないでしょうが」などという不穏な会話が聞こえてくる。
そのたびにファーラが、表情は見えないが戸惑いながら「え?」「あ、あの‥‥‥」などと返答に困っているのは布の中にいても面白かった。
ゆっくり着替えて全員を待たすわけにはいかないので、さっさと着替えて布を下ろしてもらう。
ジャックを見て、改めてファーラは瞳を瞬かせた。
「あなたの中に、まだ『光の女神』がいらっしゃるようですね」
自分以外の金の髪を見たのが初めてだったのだろう。
ファーラは微笑を浮かべる。
その微笑には一抹の淋しさが混じっているが、それは仕方がないだろう。
周囲を見渡すと、それぞれ髪の色が黒から変わっているが砂色や灰色などの暗い色の者が多い。そういう種族なのかもしれない。
ファーラもティアラも灰色の髪。やや青みのある銀が混じっているようにも見えるが、自分よりも落ち着いた色をしている。
ジャックは髪の毛を引っ張りながら肩を竦めた。
「とりあえず、名目上はティアラが王族だから、ティアラを主体とした運営にしたいんだけど、どうだ?」
ファーラとティアラを見ると彼女たちは黙って頷いた。
「ティアラは基本的にファーラに相談するだろう? だから、俺たちは君たち姉妹の騎士団という形で進んでいくのがいいだろう」
「はい。お願いします」
ティアラが素直に言う。
なんというか、気持ちが悪いくらいに従順だ。
そんな怪訝そうな表情を浮かべているだろう俺を見て、ファーラがふわっと微笑んだ。なんというかちょっと悪戯っ子のような雰囲気がする。
「わたくしたちで決めたのよね。トラガを出たらジャックの指示に従おうって」
にこりと笑ってファーラはティアラを見る。
「そうよ。お姉さまと決めたの。お父さまたちと合流するまでは、私たちはあなたの指示に従うわ。王族に対して呼び捨てだろうと、お姉さまに対して口調が汚かろうと、背に腹は変えられないから我慢するわ!!」
言葉通りには我慢せずに叫びながら、ティアラが顔を怒りで真っ赤にさせている。
その顔を見てデンホルムが「小猿みたいだ」とぽつりと呟いたのだが、本人に聞かせるつもりがあるのかないのかわからないが、しっかりとティアラの耳に届いていた。
「主従揃って失礼ね!!」
と、ティアラがムキになっている。
そんな義妹の様子を見てファーラは楽しそうに微笑んでいる。
「じゃ、出発するか。ファーラは基本的にフェイブ爺の傍にいてくれ。本当なら俺の傍にいて欲しいんだけど、人数が足りないから俺は移動が激しくなると思うから」
ジャックの言葉にファーラは瞳を瞬かせて、そしてこくりと頷いた。
「おお、坊ちゃん、言うね~」
「俺の傍にいて欲しい、なんてクサっっ!!」
「あの、すぐにねしょんべん垂らしていたガキが‥‥‥よよよ」
周囲からからかいの言葉がわっと飛んでくる。
「うるさい!!」
ジャックは顔を真っ赤にさせて叫んだが、そんなジャックを見てファーラはただ不思議そうに首を傾げるだけだった。