20:第四章 見えない存在-2-
相変わらず軽い。
抱き上げてそう思う。
しっかりと見張って食事をさせているのだが、彼女の体重は一向に増える気配がない。二、三日程度で明らかに太るわけがないのだが、細過ぎて心配だ。
(肉とか食べさせないと駄目かな)
そう思いながら歩いていると、ファーラがこてんと左肩に頭を乗せた。そして腕の中の存在がずしりと重さを増す。
――― 気を失ったのだ。
ジャックは心の中で溜息を吐く。
出会ってまだ数日。明日が、出発だ。
その間、呼び名はお互い呼び捨てになったが、ファーラの態度は初日からほとんど変わらない。礼儀正しく、生真面目で丁寧で親切で、そして頑な。
多少の馴れ馴れしさが出てきてもおかしくない頃だというのに‥‥‥
けれど、彼女のこれまでを耳にすれば、馴れ馴れしくするということ自体を知らないのかもしれない。
それを可哀想と思うことは簡単だ。
だが、そんなことを思えば、彼女を侮辱するような気もする。
二階に向かって歩いていると、デンホルムとティアラが口論をしながら歩いて来る。最初、ティアラを止めて以来、二人は出会うたびに言い合いになっているようだ。
なんというか、言い合いというよりも小さな猫が優雅な猛獣に噛み付いているのだが相手にもされていない、というような感じもするが。
その小さな猫、いや、お姉さま至上主義のティアラは、ジャックの腕の中のファーラに気がつくと大慌てで駆け寄ってきた。
心配そうに覗き込む。
気を失っているファーラを慮ってか、声をかけることはしてこない。
ジャックは不安げなティアラに声をかける。
「ティアラ姫。ファーラ姫の看病をして頂けますか?」
改まって頼めばティアラは硬い顔で頷いた。
その日、夜遅くまでファーラは目覚めることはなかったと次の日に聞いた。
◇
「陽に夜に、我らを受け給いし母なる祖国。その御力を我が身に宿いし力として、振るうことをお許し願い奉ります」
ファーラは祭壇で、手にして小刀を使って長い髪の毛を肩の辺りで切り取った。ざくり、ざくりと鈍い音をさせて切った髪の束を祭壇の上にある火桶にくべる。
くべられた金の髪は大きな炎に巻き上げられ、そして煌きながら炎の中に消えていった。
そして、その生まれた輝きは天井にまで羽ばたき、そして小さく煌きながら消えていく。
ジャックは見上げて瞬きをする。
綺麗だけれど、なんというか切ない瞬間だった。
(――― 切ない?)
どうして自分がそう思うのかわからないけれど、心の中に浮かんだ気持ちは切なさだった。
早朝から積み込みは完了し、十七世帯五十二名とジャックの仲間の六名は船に乗り込んでいた。この祭壇にいるのはファーラとジャック、そしてティアラの三人だけだった。
儀式を終えたファーラは、ジャックとティアラを壇上から見下ろして微笑んだ。
「後は、可能な限りわたくしがここに残りますから、二人は『月光の雫』号に乗船してください」
穏やかな、静かな笑みだった。
「船からじゃ、駄目なのか?」
ジャックは奇妙な不安を覚えて見上げる。するとファーラは駄々っ子を見つめる母親のような慈愛に満ちた瞳で見下ろしてきた。
「この土地に体がないと駄目なんです」
困ったような笑み。
「お姉さま、わたしも残るわ」
ティアラが泣きそうな顔で祭壇上に駆け上がる。そして義姉の体を抱き締めて言う。そんな義妹の体を抱き返して、ファーラは淡々と告げる。
「あなたまでがいなかったら、船の中が纏まらないわ。それにティアラが『月光の雫』号にいることで飛び移る的にもなるの。だから、先に待っていて。すぐに、いくから‥‥‥」
ふわりと微笑む。
その笑みは、なにか別の感情が付随しているが、その感情がなにかまではジャックにはわからない。
「ファーラ」
「‥‥‥ジャック、ティアラをお願いします」
小首を傾げて穏やかな口調で言う。
なんというか妙な違和感を感じるが、船上からフェイブたちが声をかけてきたため、その違和感の原因を捉え切れなかった。
「早く来いよ」
それだけ言って、後ろ髪を引かれて何度も振り返るティアラを伴って船に向かう。




