17:第三章 たとえば、だからという言葉-4-
「坊」
呼ばれて振り返れば、そこにはブレースタ領から一緒に来た仲間たちが鎧を身に纏って集まっていた。
吃驚して口をぽかんと開けているジャックを見てフェイブ爺たちはにやりと笑う。
「街へ行くんでしょう。数は少ないが牽制くらいにはなるでしょう」
「別に戦いに行くわけじゃないぞ」
肩を竦めて言うが、彼らはなにがあっても着いてくるつもりのようだ。
フェイブ爺、アデル、チャド、デンホルム、イーノック、ギャレスの六人。
全員、年も体格も性格も違うが、ジャックを主として認めている。
「そういえば、お前ら血生臭くないな」
「ああ、とあるお金持ちの家に残ってる衣装をかっぱらってきました。どうせ河に流されるんなら有効活用しないとね」
さらりとデンホルムが言う。壮年の美丈夫なだけに言っていることとの相違に吹き出しそうになる。
「それは正解だ。俺も、城とか富裕層の家にある金目のものは、総ざらいしないといけないって思ってたんだ」
「そうですな。難民と同じでしょうから金目のものも食料もあるだけあればいい」
「だからと言って、量が多くて船に詰め込めないんじゃ困るから、ちゃんとユージェスさんに相談しろよ」
「了解」
チャドが笑う。
ジャックたちの会話を聞いていたファーラが小首を傾げる。
「お嬢、今のは俺たちの分の金目のものを、ユージェスさんの了承を得てかっぱらって来いっていう命令なんですよ」
小首を傾げたファーラに対して、アデルがにかっと笑う。
「わざわざ説明するなよ」
呆れたジャックの声に、アデルが歯を見せてさらに笑う。
「綺麗なお嬢さんの前だからって、格好つけるのはよしてくださいよ、坊」
「へいへい。じゃあ、ファーラ、行こうか」
「‥‥‥あの、船は?」
修理はいいのだろうか? ファーラが表情にその思いを載せて見上げてくる。
「坊の戦のが重要ですから。ぬーさだかなんだかってことを認められないと困るんでしょ? こんな強面の部下を従えているって思われた方が、ぼんやりした坊ちゃんが来たって思われるよりも話が進みやすい」
デンホルムがファーラに説明をする。
一人の青年が街に行くよりも、部下を引き連れた青年が街に行った方が位は上に見える。そういうことなのだろう。
「そうかも、しれません」
いまいち納得がいかない表情のファーラだが、先程ジャックに『信じる』と言った手前、口を噤む。そんなファーラの手のひらをぽんぽんと叩いて、ジャックは悪戯っ子のような微笑を浮かべて見せた。
◇
街に下りると、黒髪の人たちからざわめきが聞こえる。
遠巻きにジャックとファーラを見つめ、ぼそぼそと話し合う人たち。
いっそ、勢いよく寄って来られた方が対処がしやすいのに。
そう思いながら、歩いていると、ティアラが一軒の家の扉を懸命に叩いている。
「ティアラ?」
ファーラの義妹を気遣う声にティアラが気が付くと、彼女は身を翻してファーラに「お姉さま!」と叫んで抱きついた。
泣いている義妹を抱き返して、ファーラがやさしく背を撫でる。
「どうしたの、ティアラ?」
「アルジーさんが、どうしてもこの国に残るって‥‥‥」
「え?」
「この国と、共に死ぬって‥‥‥何度声を掛けても出てきてくれないの。どうしよう、お姉さま」
ティアラが声を震わす。
ジャックはその話を聞いて、やはりとしか思わない。
生まれた土地、家、思い出。そういうものに縋って離れないと言い出す人がいることは予測がついた。
戦争がおきていても生まれ故郷から離れないと頑なになり、命を落とす人たちも大勢いる。
たぶん、こういう人がいるだろう。
そう思っていたから、街まで来たのだが、着いた早々出くわしたことにジャックは苦笑する。
「じゃ、俺が代わりに行って来るよ」
軽く挙手をして、そして周囲を見渡す。
ジャックの目線に気が着いた仲間は「せーの!!」という言葉と共に、アルジーの家の扉を蹴破った。
呆然。
その言葉通りの顔をファーラとティアラがしている。
「君たちはそのままここにいて。じゃ」
歩き出したジャックをティアラが甲高い声でやめさせようとするが、それをデンホルムが止める。
「坊に任せておけばいい」
「でも!!」
「坊の邪魔をするつもりなら、力づくで止めさせてもらう。女だからって容赦はしないぜ」
――― デンホルム、それじゃやくざ者だ。
心の中でそう思ったが、とりあえず突っ込みをするのはやめておく。
蹴破ったために壊れた扉をよけて中に入り込む。粗末な寝台に膝を抱えて座っていた老女は瞳を真ん丸にしてジャックを見た。
「『地の大臣』殿‥‥‥?」
呆然とした声にジャックは微笑を返す。
「ええ。『地の大臣』代行者のジャックと申します。お初にお目にかかります」
静かに近付いて、寝台の側に膝をつく。
別にこの老女に忠誠を誓うわけじゃない。上から見下げていては話がしにくいからだ。
「‥‥‥あ、の」
「はい」
彼女の言葉を待つ。
「あ‥‥‥あたしゃ、ここから離れるつもりはないよ! 亭主も死んだ。息子も死んだ。なにも残っちゃいない。トラガが滅びるなら、あたしもここで一緒に滅びるよ!!」
声を荒げて、泣くように叫ぶ。
一人だと、そう思っているから自分の命も軽く感じるのだろう。
命が重いとか、軽いとかそんなことはジャックにはわからない。
ただ、この老女が残れば、少女二人は一生後悔をし続けるだろう。
「なあ、ばーさん」
最初とは打って変わった言い方に老女が目を眇めた。
「どうして、俺がこの国に生まれなかったのかわかるか?」
返事はない。
ジャックには返事を聞くつもりもない。
今からやるのは脅しだ。しかも性質の悪い。
「この国の人たちが、大地をなくしても他の土地に無事に移れるように『地の大臣』が気遣ってくれたんだ」
そんなことは知らない。口からでまかせだ。
「だから、この国を離れても生きていける。やっていける。大丈夫だ」
落ち着いた口調でそう断言して老女を見る。
「俺は、あんたがここで死のうが生きようが、正直言ってどうでもいい」
その冷たい言葉に老女が瞳を揺らす。
そう、彼女はなんやかんや言って、気にかけて欲しいのだ。本当に残って死ぬ気なら、当日まで平静を装って、最後にこの家にこっそりと戻ってくればいい。その方が確実だ。なのに、それをしないで騒いで立て篭もる。
かまって欲しくて泣き叫ぶ子供と同じだ。
「だけど、あんたがここに残って死ねば、金の姫と青の姫は一生、後悔をし続けるだろう。どうしてあんたを救えなかったのかって」
老女が俯く。
「どうして守れなかったのだろうって、思い続けるような傷をあんたが残すって言うなら‥‥‥」
ジャックは声を潜める。
老女に近付いて、耳元に囁く。
「だったら、俺があんたを殺す」
体を離してにっこりと微笑めば、相手は瞳を見開いたまま愕然としている。
老女の手が震えだす。
笑っているがジャックは本気だ。
殺気を敢えて向ける。
「本当は、新しい土地で生きていくのが面倒なだけじゃないのか? そんな理由で彼女たちに傷を残されるのは困る。俺は戦をして、人を幾人も殺してる。一人や二人増えたところで大差がない。だから、苦しまないようにしてやるよ」
どうする? という問いを込めて見つめる。
老女は震えるだけ。
「だからさ、殺されるのが怖いなら生きてくれないか。あんたの人生で得た知識は、これからきっと必要になる。城で暮してた姫さんたちが国を離れて長旅をするんだ。煮炊きもできないだろうし繕い物も難しい。どこかに定住することになるなら作物も育てないといけないし、なによりも残りの日数でできるだけ食料を整えなくちゃいけない。台所頭のジュリアさんだけじゃ手が足りないんだよ」
死を考えさせて、そして生きて行くことに目を向けさせる。
口で言うほど簡単なことじゃないけれど、でも‥‥‥
「なあ、姫さんたちのこと、好きか?」
こくりと頷く。
「たとえば、あんたの大好きな人が生きていて、同じことをするって言ったら‥‥‥どう思う?」
ジャックは肩を竦める。
「悪いけど、二者択一だから。俺に殺されるか、それとも姫さんたちのために生きるか。ここで選んでくれ」
見下ろして、今度は冷たく言い放つ。




