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15:第三章 たとえば、だからという言葉-2-

「俺たちにとって、工場では身分は関係ない。まずはそのことを頭にしっかりと叩き込んでくれ」

「はい」

 袋と箒と塵取りを手にして、真剣な顔をして頷くファーラ。

 真面目なことはいいことだけれど、彼女はちょっと真面目過ぎる。

「それから、自分の力は正確に把握して欲しい」

 ジャックの言葉にファーラは瞳を瞬かせる。

「正確に、ですか?」

「そう。特に持てる重さは重要だ。『これくらい持てるだろう』と楽観視されても困るし、自分でできることで呼ばれても困る。腰を痛めても、持ち上げたものを落として壊されても大変だ。仕事を増やすような手伝いなら要らないし、工場の緊張感を壊す手伝いなら更に要らない。俺の言いたいこと、わかるか?」

 ファーラは少し眉根を寄せて小さく頷く。

「わかる、つもりですけれど‥‥‥」

「つもりじゃ困る」

 ジャックは用意しておいた木材を指差す。

「ちょっと、これを持ち上げてもらえるか?」

「はい」

 ファーラは手にしていた道具を下に置く。

「待った」

「え?」

 ファーラは中腰のまま見上げてくる。

「どうして、そこに置こうとした?」

 ジャックは真面目な顔で見返す。

 戸惑うファーラに斟酌しんしゃくすることは今はできない。

「そこって、今まで運動してた場所だろう? そんなところに置いたら、誰かけつまずくかもしれない。木材を運ぼうとする人がいたら困るじゃないか」

「‥‥‥あ」

 ファーラは慌てて道具を持ち上げた。

 そしてきょろきょろと周囲を見渡し、柱の側に道具を置こうとする。箒を柱に立てかけるようにして。

「待った」

「‥‥‥ぁ」

 彼女の声が窄まったのがわかる。なんだかいじめてるみたいだけど、仕方がない。

「今のはわかるか?」

「‥‥‥いいえ」

 ファーラは困ったように首を振る。

 否定の場合を首を左右に振るのは同じらしい。

「箒を立てかけただろう。それで、ひょんなことで倒れたらどうする? 倒れそうだったら最初から倒して置いた方がいい。本来なら使った道具は、すぐに元の場所に戻すのが基本。わかった?」

「はい」

 しょげたように俯く姿に申し訳ない気分になるが、これはもう仕方がない。工場でこんな注意を繰り返すわけにはいけないのだ。

「姫が知らないことが多いのは仕方がない。誰だって初めての世界はわからないことばかりなんだから」

 ジャックがそう言うと、ファーラは勢い良く顔を上げる。

「あの、あなたが仰りたいことはわかるつもりです! わたくしは無知なのだから、他の人にしっかりと聞きなさいということでしょう!?」

「‥‥‥ああ」

 あまりの勢いにジャックは及び腰になりそうになる。

「でしたら、あなたもわたくしの話を聞いて下さい!! 何度も申し上げますが、わたくしは『姫』ではありません!!」

 まるで今にも泣き出しそうな顔で叫ぶ少女。

 ジャックはそのファーラの表情に瞳を瞬かせる。

「わたくしは、この国の『姫』ではありません。災厄をもたらす存在なのだそうです。それなのに、姫などと呼ばれるのは不相応です」

 俯いてぽそりと呟かれるように吐き出される苦痛。

 ジャックはその俯いた頭にやわらかく、ぽんっと手を置く。そしてやさしく撫でる。

「ごめん。姫って呼ばれるの、辛かったんだな」

 ファーラは黙りこくる。

 ぎゅっと前掛けを握り締めて俯き続ける。

「大変だったな、一人で。ファーラが悪いわけじゃないのに責められて、詰られて‥‥‥そんなこと知るもんか! って飛び出せちゃうような、ちゃらんぽらんの性格だったらよかったのにな」

 なでなでと触り心地のいい頭を撫でる。

「辛い、わけでは‥‥‥」

 ありませんと、続けようとした言葉を強引に切る。

「辛かったんだよ」

 その、ジャックの言葉にファーラは顔を上げる。

 見上げてくる瞳は潤んでいた。

「辛かったんだよ」

 もう一度繰り返す。

「とりあえず、人目がない時と、聞いても害のなさそうな人しかいない場では姫をつけるのをやめるよ。悪かった」

 素直に謝罪をすれば、ファーラは力なく首を左右に振る。

「いえ。わたくしこそ、きちんと理由をお話すればよかったのです」

 そんなふうに言うファーラを見つめて思う。

 ――― きっと、ずっとこんなふうに、なにかを言われれば自分が悪かったのだと繰り返してきたのだろう。

 『地の大臣ヌーサ』が現れないのも。

 『青い魔師サイア』が女性だったのも。

 トラガが消滅するのも‥‥‥全部、自分が悪いのだと。

 なんだかやり切れない。

 そんなことはファーラになにかがあったわけではないだろうに。たまたま、本当にたまたま最後の代がファーラだっただけなのだ。

「それを言うんだったら、俺こそ、きちんと君の話を聞けば良かったってことになるだろう。どちらが悪いって訳じゃないし、今はきちんと話を聞いた。だから、このことに関してはこれで終わりにしよう」

 笑って、やさしく言えば、ファーラは呆然とした顔をしている。

 そんなに驚くようなことを言ったのだろうか。

「‥‥‥ありがとうございます」

 少し間があって、泣きそうな笑顔が返ってくる。

 彼女の笑顔はよく見るけれど、満面の笑顔って見たことがない気がする。

 困ったような笑顔。

 戸惑うような笑顔。

 すまなさそうな笑顔。

 そんな、付随する感情のある笑顔が多い。

(笑ってくれたらいいのに)

 ジャックはそんなふうに思う。

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