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13:第二章 神という名の幻影 精霊という名の紛らかし-5-

「代行者がいない‥‥‥と、なにかあるんですか?」

 正直に言って、その辺りがよくわからない。

「代行者がいない国は、ギルディア大陸ではありません。不在期間は長くても半年。それ以上の間が開くと秩序が乱れます」

「秩序?」

「過去の事例では、植物が枯れる、突然変異で産まれる動物たち、水が味を変えるなど、何もかもがおかしくなっていくのです」

「うはー」

 思わず変な溜息が漏れる。

「代行者がいないって、それだけの被害が出るんですか‥‥‥俺たちが暮していた国では巫女とか神官とかいましたが、それははっきり言ってしまえば建前のようなもので、国の仕組みにそこまで影響を及ぼすことはありません。こちらではそうなんですか‥‥‥」

 うーむ、頭が痛い。

 ジャックはファーラの今までの苦労を思うと、なんだかいたたまれなくなる。

 きっと、そんな状況では――― いろいろと言われたのではないのだろうか。

 三柱必要なのに二柱しかいなかった国。

 ファーラの力不足だとか、理不尽なことを言われただろうことは想像に難くない。なんというか申し訳ない気がする。自分がどうにかできた問題ではないが、あの丁寧過ぎて、頑なで、動いていないと落ち着かない、妙なへりくだり感はここから来ているのかもしれない。

「神、女神などと様々な名で呼ばれてはいますが、実情は精霊に近いのではないかと、昨今の研究では言われています」

 ふと思ったことをあっさりと肯定されてジャックは瞳を瞬かせた。

「精霊、地霊、いろいろと呼び名はありましょうが、我々『人』と呼ばれる種族にとっては位の高い存在ではあります。わからないものを、とりあえず神と呼んでいるのかもしれません‥‥‥まあ、わたくしの考えも書物からの受け売りですが」

 その言い回しにジャックは笑う。

 きっと、普段ならこの人はこんな物言いをしたりはしないのだろう。表情だってこんなふうに動かないはずだ。その人が、自分を信用して、さらけ出そうとしてくれている。ありがたいことだ。

「そういう捉え方もあるんですね。とりあえずは『人』の我々はもっと現実的なことを今、しましょうか。トラガには正確には何名が残っているんですか?」

「五十二名、十七世帯になります。‥‥‥本当に、あなたは神とかにご興味がないのですね。なんというか‥‥‥話をしていて不思議な気分になります」

 憂いを秘めたような笑みを見せるユージェスを見て、ジャックは困惑する。

「過ぎてしまったこととか、大昔のこととか、あまり気にしていると、髪の毛が抜けますよ」

 だから、こんな力ない冗談しか言えない。

「ところで、ジャック殿。台所にはなにか御用が?」

 名前を呼ばれた。

 そのことにほっとする。

 国によっては、名前を決して呼ばない国、上下の身分に合わせて役職でのみ呼び合う国などもある。実際、名前で呼び合うことの方が少ないくらいだ。トラガでどうかまではわからないが、礼儀などを気にしそうなこの男性が敢えて名前を呼んでくれるということに、ジャックは嬉しくなる。

「あ、はい。ジュリアさんに、ファーラ姫用の食事のことで話しがあって‥‥‥彼女、あまり食べないんじゃないですか? ユージェスさん」

 ジャックは、今までファーラのことを金の姫、ティアラのことを青の姫と呼んでいたりもしたが、自分が感じた安堵感から少し反省する。

 やはり、名前はきちんと呼ばれた方が嬉しいものだ。

 名前を呼ばれたユージェスも一瞬、足を止めた後にまた歩き出す。

 そして、溜め息。

「‥‥‥ええ。ほとんど召し上がりません」

「でしょうね。だからといって、このままでは、七日後が大いに心配なので、汁物から増やしていこうかと思って、ジュリアさんにご相談をするつもりだったんです。見張ってでも食べさせないと。後はこの国の食糧事情というか‥‥‥携帯食をどれだけ作れるか、用意できるかの確認をしたいと思って」

「携帯食ですか‥‥‥」

「保存食、軍用食、呼び名はいろいろあると思いますが、船に載せるものはほぼ食物。荷駄には食料を、力のある男性や若い者にもできる限りの食料を持たせる必要があります」

「ジャック殿は‥‥‥飢えた経験がおありなんですか?」

 あまりにも自分がご飯、ご飯と言っているせいだろう。ユージェスが微苦笑を浮かべる。

「まあ、近い経験はあります。その時の経験則から言えば、食料の減り具合と共に人心が捉えれなくなっていきます」

「確かに」

「ジャックさま、執務官長‥‥‥」

 台所に向かっていると、ジュリアが木の籠を持って歩いているのに出くわす。中には美味しそうな赤い果実がたっぷりと入っている。

「ジュリアさん‥‥‥それは?」

「ユフと呼ばれる果実です。これをジュースにしてファーラさまに強制的に飲ませようと思いまして」

 力強く、そしてにっこりと言われて、ジャックは自分が心配する必要はないと感じる。

「実は、俺もそのことを頼みに来たんです」

「そうなのですか」

 ジュリアが感極まったかのように頬を染める。

 どうして、こんな当たり前の心配や気遣いをするだけで、こんなにも感動されるのかがわからない。

 実際、ジュリアは涙ぐんでいる。

「彼女には、しっかりと体力を回復してもらわないといけません。あの子、意外と人の話を聞かないようなので、見張ってでも食べさせる必要がありますよね」

 笑って言えば、ユージェスもジュリアも微笑んでいる。

 なんというか、子供を見て微笑む、そんな大人の笑み。

 気恥ずかしい。

「『地の大臣ヌーサ』に選ばれた方が、ファーラさまのお味方になってくださる方でよかった」

 ユージェスの染み染みとした物言いに、ジャックは今までのファーラの立場に思いを馳せる。こんなふうに周囲の大人に見られているということは、余程あからさまに、傍目にわかるくらいに、味方がいなかったのだろう。だから、ティアラはあれほど神経質になり、彼女を守ろうとする。

「俺は‥‥‥そんな良い人じゃありませんよ。俺の祖国では男は鏡であれと言われています。相手が親切なら、親切に。裏切るならそれ相応に。だから、俺が彼女の味方に見えるなら、それはファーラや他の人たちが望んで俺に利益をもたらしてくれるからです」

 本当にいたたまれない。

 自分はそんな聖人君子ではない。滅びる国に無償で付き合うようなお人好しでもない。

「では、利益がこれからも貴方の元に行くように、我々も頑張りましょう」

 ユージェスが、微笑をしたままジュリアに言う。ジュリアも微笑んだまま頷く。

 やっぱり、大人だ。

 ジャックは微妙に頬を染めながら頭を掻いた。

「とりあえず、後は下で働いているじっさまたちと引き合わせさせてください。それと他にもご相談したいことがあるんです」

 十九歳にもなって『この人、良い人』みたいな反応は本当に気恥ずかしい。

 誤魔化すように、照れながら喋るジャックを見て二人はさらに微笑を深めた。


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