10:第二章 神という名の幻影 精霊という名の紛らかし-2-
「『光の女神』は女性がずっと続けていたのと、王族の『青い魔師』と婚姻するのが慣例だったため、一部の者には『巫女姫』とも呼ばれているんです。ですので、ティアラは同じ姫がつくなら自分と同じで‥‥‥わたくしはあの子にとっての姉なのだと‥‥‥」
ふわりと微笑む。
この微笑みは本物だ。
諦めたり、仕方がないと思ったりとか、そんな後ろ向きな微笑じゃない。そのことにジャックはなぜか嬉しくなる。
「そっか。いい妹ができてよかったな」
心の底からそう思って言えば、ファーラはにこやかに、そして嬉しそうに頷いた。
「こういうことって、本当は小さい頃から習うんだろう?」
「はい。だいたい赤子の時から代行者は専用の教育を受けます」
「じゃあ、俺の知識が足りないのは金の姫が補ってくれよ」
にかっと笑って言えば、ファーラは神妙な顔をして頷いた。
ううむ。硬い。
「俺の中にも赤ちゃんの頃から『地の大臣』がいただろうに、なんで出てこなかったんだろうな‥‥‥」
「‥‥‥わたくしにもよくわかりませんが、たぶんトラガと遠く離れていたため、力が及ばなかったのかもしれませんね」
「ふーん。後、ギャリガン皇太子ってどんなヤツ?」
たぶん、これが重要だ。
ジャックはこれからのことを考えて、今、生きているトラガの住人で、マーシアに赴いた際に、会う確率の高い『最低男』のことを尋ねる。
「年はわたくしよりも三つ上で十九歳になります。背はジャックさまくらいでしょうか。筋骨逞しいというよりも、管弦などを愛される雅やかな方です」
「うーわー。思いっきり表面上のいいところだけ、なぞっただろう。情報として役に立たないので、もっと客観的な感想を求めます」
思い切り額を叩いて、よいしょと椅子に座り直す。
正面からファーラの顔を見て笑う。
どうせなら、笑って欲しい。
だから、口調は冗談めかせて。
「七日後にはマーシアに向かうだろう? その後、再会する可能性は高い。だから、対策を練るためにもきちんとした情報が欲しい」
「え‥‥‥でも、悪い方では‥‥‥」
ファーラは言葉を切る。
そしてしばらくの間の後、「‥‥‥ありませんよ?」と小さな声で言う。
その、あまりの自信のない言い方に思わず吹き出す。
ついつい声を上げて笑ってしまう。
「金の姫は‥‥‥面白いな」
真面目で頑固で、人を傷つける言葉を回避しようとする。たった半日も一緒にいないのに、だいぶ彼女の芯がわかってきたようで面白い。
「そのような感想は、初めて頂きました」
ぱちぱちと瞬きをしてくすりと笑う。
「だいたい、つまらないと言われることが多かったですから‥‥‥」
「それ、ギャリガン・最低・皇太子のこと?」
にやりと笑って聞けば、ファーラは困ったように笑って頷く。
「ま、このミドルネームは本人に会うまでは撤回しないけど‥‥‥とりあえず、思いやりがなくて遊んでばっかりだったってことだな」
面倒になって纏めてしまえば、ファーラは否定するでもなく肯定をするでもなく微笑んだ。
その時。
「ちょっと!! お姉さまの私室に入り込むなんて、なにをしているのよ!!」
と、盛大に扉が開かれて青の姫、ティアラが飛び込んできた。
「お姉さま、大丈夫? 変なこと、されてない!?」
あまりの心配具合に、呆れや怒りよりも笑いが込み上げる。
どうにも我慢ができなくなって、ジャックはとうとう口元を押さえ込んで椅子の上で屈み込んだ。
懸命に堪えようとするのだが、なんだか可笑しくて仕方がない。
なんというか、二人とも突き抜けるくらいに真面目なのだ。
「失礼な!!」
ティアラがファーラの頬を撫でながら、腹を立てる。
その姿もなんだか可笑しい。
くつくつと笑いながら、ジャックは「ごめん」と謝罪の手振りをする。額で手を小指から握り、押し当てる。それがブレースタ領での謝罪の手振りだった。
その仕種がわからないのか、二人とも揃って小首を傾げる。
角度も仕種もまるで瓜二つで、さらにジャックは腹筋を苦しめることとなった。
ジャックが笑いを一所懸命に抑えている間にファーラが説明をしたのだろう。ティアラは眉をひそめて、しかも顔までしかめた。
「あんな、莫迦兄のなにが知りたいのよ」
ぷいっと顔を逸らす。
その仕種は端で見ている分には愛らしい。
「中洲から脱出したら、マーシアに行くんだろう? その時に再会する可能性があるだろうからギャリガン・最低・皇太子の情報が欲しいんだ」
ぶっ! という音がして、見ると今度はティアラが笑いを堪えていた。
おお、いい感じに笑いのツボを突いたようだ。
ファーラが笑い転げる義理の妹の背中をやさしく撫でる。その様子から、本当に義妹のことを慕っているのが伺える。
「ファーラ姫は『筋骨逞しいというよりも、管弦などを愛される雅やかな方』と言っていたぞ。実の妹の感想は?」
笑いながら聞けば、ティアラは笑いを堪えながらも義理の姉を見上げて眉をひそめた。
その顔はファーラの評を全面否定している。
「‥‥‥実の兄ながら、こういうことを言いたくないんですが、でも言わないと鬱憤が溜まるので言いますが、最低男です。その二つ名はあの兄の本質を突いています」
どうやら、相当思うところがあるらしい。
「侍女や行儀見習いの貴族令嬢にまで手を出す、子供ができても暴力で堕胎させる、酒を飲まない日はない、体ごと差し出す歌姫を数人侍らしている。他にも、他人を貶して自分の評を上げるのだけはお上手、悪辣なことには思考回転がよろしい、美しい言葉で疑心を湧き起こす‥‥‥まだまだ、いろいろありますが、表面をなぞっただけでもこれだけは出てくるわ」
吐き出すような勢いの言葉に、ジャックは眉間を押さえる。
最低男。これでも可愛い評だったかもしれない。
「あーらら。ギャリガン・最低悪辣男・皇太子は近付かない方が無難ってことだな」
これ以上は聞いても無駄だろう。
とりあえず、これから先のことは臨機応変、行き当たりばったりで行くしかないのだが、方針としては王族には関わらない‥‥‥というのは優先事項になりそうだ。
それにしても‥‥‥ジャックは仲の良い二人を見て瞳を瞬かせる。
「なあ、二人はマーシアに行ったらどうするつもりなんだ?」
ファーラとティアラは二人して顔を見合わせて、そして俯く。
「お父様が、先にマーシアに赴いて、友好国からの移民として受け入れてもらえるように話し合いを進めているわ」
「今のところ、芳しい情報は届いておりません」
ジャックは顔をしかめた。亡国の移民を、良い条件で受け入れてもらえるとは到底思えない。
「国民たちは、トラガに一番近い国境警備兵のいる城外で待機しており、国王陛下と重臣方たちで先に王都に向かわれたそうです」
「お父様たちの待遇は、難民扱いですって。お労しい」
ファーラは国民たちを、ティアラは家族を思っての言葉。その違いにジャックは気がついていたが、口を挟むのはやめた。
 





