09:第二章 神という名の幻影 精霊という名の紛らかし-1-
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体の中にいるらしい『地の大臣』という存在。
ジャックは、自分の中に住人が増えたというのに奇妙さを感じてはいたが、元々がおおらかというか無頓着な彼にとってはそれほどの問題とは思っていなかった。
通常であるなら、それは大問題であり、自分の中を見知らぬ何かか日頃から覗いているというのは、喩え神であろうと気持ちは良くないはずだ。
しかし、ジャックはまったく気にしない。
こういう気性を、ジャックは前向きに捉えていた。
他人から見れば、短所と映るかもしれない部分もひっくり返せば長所ともなりえる。完璧過ぎる姉、完全無欠な義兄の傍にいたせいか、そのあたり臨機応変ができる。
――― くよくよ悩んでいても仕方がない。
ブレースタ領ではよく『悪いことをするとお天道様が見ているよ』と言われる。それが個人的になったのだと思えばいいことだ。
自分の内の中に入った『地の大臣』。
なんというか、その名前に違和感がある。
『光の女神』
『青い魔師』
『地の大臣』
三柱の神々。‥‥‥たぶん。
(神、ではないんだと思うんだよな)
『地の大臣』の存在はジャックの中ではとても淡い。本当に見られているという感覚もないくらいの存在感だ。
滅びが近付いているから、薄くなっているせいかとも思ったのだが‥‥‥違う。
もしかして、彼らは“精霊”ではないだろうか。
(やめ)
ジャックは考えても仕方がないのだからと、思考自体を放棄した。
ファーラに話を聞いた方が早いだろう。
彼女が水を飲み終わるのを待ち、椅子をベッドに近付けた。
「早速なんだけど‥‥‥」
ジャックはファーラに手を差し出した。
硝子の高杯を受け取り、脇棚に置く。
「青の姫が第一皇女ってことは、金の姫はあの子とは血が繋がっていない?」
ジャックの質問にファーラはこくりと頷く。
「代々、『光の女神』は中洲国に産まれた子供に憑依します」
「‥‥‥憑依」
神という言葉にそぐわない言い回しにジャックは息を呑む。
「『光の女神』を身に宿した子供は、すぐに王宮に召し上げられます。父母はトラガを出て行くのが慣例です」
ジャックは瞳を見開いた。
慣例?
「じゃあ、君は実の両親のことを‥‥‥」
痛ましい表情を浮かべるジャックを見て、ファーラは小首を傾げた。
まるで、幼い子供が泣きそうになるのを見た大人のような瞳。仕方がないという顔。
「はい。覚えておりません。我が子の『光の女神』の代が終わった後は戻れるそうですが、今まで戻ってきた『光の女神』代行者の両親はおりません」
確か、四十路で代替わりをすると言っていた。
「代替わりをした後の元代行者は‥‥‥半年も経たずして衰弱死をしてしまいます。そのため、戻ってきても子供は死んでいるのですから‥‥‥」
唇を噛む。
「ですが、『地の大臣』や『青い魔師』の代行者は代替わりがあってもちゃんと生き延びておりますから、ご安心下さい!!」
慌てて顔を上げてファーラが言う。
そのことに声を荒げそうになるが、ジャックは必死に自分を抑える。
「今まで、王族出の『青い魔師』と『光の女神』は婚姻をし、だいたい二、三人の子を設けております。『青い魔師』が国王として立つこともあれば、王族出の重臣として国政を取り仕切ったりと、時代によって違います」
「‥‥‥その仕組みで、この国はずっと続いていたというわけなんだな」
なんとか呼吸を大きくして、心を宥める。
「悪い。金の姫に怒ってるわけじゃないんだ。なんていうか、あまりにも『光の女神』代行者にばかり負担のかかる仕組みだから、ちょっと苛ついた」
ジャックは自分の膝に肘をついて頭を抱える。
「少し、時間をもらっていいかな」
きつく目を閉じる。
どうして、俺が選ばれたのか‥‥‥そんなのはまったくわからないけれど、なんというか、この国の『形』はおかしいことが多い。
正直、腹が立つ。
ジャックは瞳をさらにきつく閉じると「はーーーーっ!!」と大きく息を吐き出して、勢いよく顔を上げた。
その動きにファーラが瞳を大きく瞬かせた。
口がぽかんと開いている。
「お待たせ。ちょっと落ち着いた」
「‥‥‥いえ。大丈夫ですか?」
不安げに見上げてくる仕種に、微笑を返す。
「ああ、大丈夫。で、王族出の『青い魔師』と、国のどこかから選ばれる『光の女神』ってことは、残りの『地の大臣』は?」
「『地の大臣』は神官か占術師の子供の中から現れることが多いです」
「確か、『地の大臣』は今まで女の子だったんだよな」
「ええ。『地の大臣』も『青い魔師』も父母はこの国から出て行かなくても大丈夫です。ただ、慣例では子供と関わることができるのは元代行者だけです」
ファーラは、金糸銀糸で見事な刺繍が施されている腰を覆う布を握り締める。それでは皺になってしまう。
「近親婚を嫌った三柱の苦肉の策とも言われていますが、真実かはわかりません。ただ、三柱は代行者を厳しく選ぶそうで、今回の異例は‥‥‥今代の王族に『青い魔師』足りえる男性がいなかったため、と言う者もおります」
「うーわー。そう言われた王族、立つ瀬がないなぁ」
思わずジャックが呟いた言葉に、ファーラが微苦笑を漏らす。
「ええ。そのためギャリガン皇太子殿下は大層お怒りで、残しておいた最後の二艘とも使われてしまいました」
困ったような苦笑にジャックは思わず椅子からずり下がり、行儀悪く腕を組んだ。
「なんだ、その男。器が小さい」
とりあえず、自分のことは遠い遠い棚の上に置く。
「実の妹と、代行者に選ばれて頑張ってる女の子を置いて、自分たちだけ逃げ出したのか? 最低だ」
胃の奥がムカムカしてくる。
たぶん、この場にギャリガンという男がいたら、ジャックは思いっきり拳を振り上げただろう。真っ先に人目に立つ顔を目掛けて。
「じゃあ、金の姫は赤ちゃんの時に城に来て、代行者として育てられ、青の姫は王族として生まれた。血は繋がっていない‥‥‥と。だったら、なんで青の姫は君のことを『お姉さま』って呼ぶんだい?」
そこが混乱の元だ。




