日本の方言全てを習得した俺、異世界転移したら異世界の言葉が日本の方言に変換されていた
ぐるん、と世界が回るような衝撃を受けた後、俺は気づいたら見知らぬ場所に座っていた。
周囲に見えるのはまるで某魔法学園ゲームのような講堂。俺より高い位置の座席に座るローブみたいな制服を纏った生徒(?)らしき人たちのざわめき。
背後を見ると大きな鏡があった。ツイ○テか?
「おや? どうやらこの世界の人間ではない者が召喚されてしまったようですね?」
訝しげに俺を覗き込んできたのは近くに立っていた、いかにも学園長という服装の男。
それに生徒たちが「異世界?」「異世界だって?」と更にざわめく。
そのときだ。
「おめだつ、どこさから来た!」
スタン、と座席から跳躍し、間近に着地した少女が強い訛りのある声で言った。
『異世界ですって? 信じられないわ!
この学園を脅かす魔物じゃないでしょうね』
「ま、まあまあリズさん落ち着いて。彼はなにもわかっていない様子ですから」
『駄目よ学園長先生。こんな不審な男、ここに置いておけないわ』
「え、えーと、多分」
あ、学園長。なんか曖昧な返事になった。
それもそのはずだなあ、と納得してしまう。
なぜなら、彼女、リズさんと言うらしい長い金髪に緑のつり気味の瞳、おでこの出た美少女の使っている言葉は、
(津軽弁だーーー! どっからどう聞いても津軽弁だーーーー!)
津軽弁。そう、日本の青森県で使われる、日本の中でも特に訛りがきつい(要はなんて言ってるか標準語話者からはわからない)方言だ。
多分学園長も、なんて言ってるのかわからないんだろうなあ。あの曖昧な返事は。
じゃなくて、なんで異世界の言語が津軽弁なんだ? 学園長は普通の言葉なのに。
その矢先、高い位置に座っていた銀髪の少女が立ち上がり、また訛りのきつい言葉で言う。
『なに訳のわからないこと言ってるのよ!
こんな奴さっさと追い出しなさい!』
『ちょっとなに言ってるのかわからないわよ!』
『あんたがなに言ってるのかわからないのよ!』
なんか、リズさんとお互い意味が伝わってない言葉の応酬してるけど、こっちは新潟弁だ! やっぱり訛りがきついと有名な日本の方言の一つだ!
「でーじやかましいばぁー」
「ほんまにうるさいこっちゃなあ」
「ちぃと静かに出来なかと?」
あ、沖縄弁と京都弁と熊本弁の方々もいる。
なんだ? この世界の共通言語は日本語なのか?
いや、お互い意味伝わってないから共通言語じゃないや。
日本、縦に長いから一つの学校にこれだけの他言語ならぬ他方言が集まることってそうないからなあ。東京の学校行くなら行くで、大体みんな標準語覚えるし。
そう考えながら俺は立ち上がると、まずリズさんに話しかけた。
『ま、まあまあ、落ち着いてください。俺が怪しいのはわかりますから』
『はあ? あんたが元凶なのに勝手なこと言わないで』
『それはよくわかってます。俺が元凶でいいですからまず喧嘩しないで』
『あなたね、下手に出たらこっちが言うこと聞くとでも思ってない?』
『思ってません。ただ突然現れて驚かせてしまったのは俺ですから』
『はいはい口ではなんとでも…………………』
流暢に喋っていたリズさんが、不意になにかに気づいて口を閉じた。
驚愕の面持ちで俺を見て、俺を指さす。なんだ?
よく見たらリズさんと同じ色の制服を着た生徒たち全員驚愕してるぞ?
『あなた、私の言葉がわかるの……!?』
『こいつ、我が国の言葉がわかるのか?』
『我が国の言葉を話しているぞ?』
『こんなに多弁に我が国の言葉を話す人間、ほかの国にはいなかったのに』
あ、なんかわかった。驚いてる理由。
多分こんな流暢に津軽弁を話す東京の人間いないもんな。いやここは異世界なんだが、なぜ流暢に津軽弁を話す東京人を目撃した青森県民、みたいな構図になっているんだ?
『わかります』
『そういえば、同じ言葉を流暢に話しているわ。あなた、一体……』
俺が頷いたらリズさんが息を呑んだ。
そこで学園長が大きく手を叩く。
「はい! ひとまず彼はこちらで預かります!
あなたたちは新入生の歓迎を続けて!」
やっぱり学園長は標準語だなあ。結局、ここは異世界なのか?
俺はそう考えながら、学園長の後をついていくことになった。
結論、やっぱり異世界だった。
ついでに言えばこの世界の言語は日本語じゃない。
が、なぜか俺の耳には日本語に聞こえるらしい。
かつ、多国籍の学園なため、いろんな国の生徒が通っている。
そのため、お互い言葉がわからず喧嘩になるのはしょっちゅうらしい。
なぜか、俺の耳には日本の方言に聞こえるが。
そう学園長に話したら、「もしかしたらそれがあなたの魔法なのかもしれない」と言われた。
つまり、異世界言語が日本の方言に変換されるチート能力ってこと?
聞いてみたらこの世界の国の数は47個。47都道府県と同じ数である。
俺がこの世界に召喚されたのは、新入生が通ってくる魔法の鏡の誤作動らしいとのことだった。やっぱりツイ○テじゃねえか。
だがどうやっても俺の世界に繋がらないため、ひとまず俺はこの学園の生徒として登録されることになった。登録しないと住む場所、つまり寮に置けないから、とのことだ。
ちなみに学園の生徒の制服の色はその生徒の国によって違うらしい。
リズさんたちの国はブルーフォレスト国。それに応酬していた新潟弁の子の国はニューラグーン。……青森と新潟の英語読み替え版かな?
そんなことを考えながら俺が教室に足を踏み入れると、教室内がざわついた。
興味津々に見てくるが、席に座った俺に話しかけてくる奴は今のところいない。
「なあ、あんた異世界人なんやろ?」
と思ったらいた。これは大阪弁だな。
茶色の髪の可愛らしい女の子だ。制服の色は黄色。阪神か?
「一応そうらしい」
「そうらしいってなんやねん! おもろいやっちゃなあ」
「まだ自覚に乏しいので」
そうと言うしかない。だって、急すぎて。
「でも凄いなあ自分。ブルーフォレスト国の言葉をあない流暢に話せるなんて」
「まあ、必死で勉強したから」
「勉強したん!?」
「した」
そう、俺がなぜ津軽弁や新潟弁を理解出来るかというと、勉強したから。
俺は東京生まれの東京育ち。元は標準語以外理解出来ない頭でっかちだった。
だがアメリカに留学した時、ステイ先の息子、ジェフリーに言われたのだ。
『君は苦手な英語を勉強してこんなに流暢に話せるようになったんだろう?
ならどうして、同じ国の言葉を勉強しようとしないんだい?』
その言葉に俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
正直、それまでの俺は東京以外の方言なんて田舎くさい。理解する必要ない。相手が標準語を話せるようになればいいだけ。そう思っていた。
だがそれは間違いだと、その言葉を聞いてわかった。異国の言葉を学ぶように、わからないなら俺が学べばいいのだ。そう考え、五年かけて日本全国の方言全てを習得した。
そんな俺にとって、世界の言語が全て日本の方言に変換されるチート能力はまさに最適。
俺がその国に適した方言を話せば会話が成立するのだから、今の俺は言わば最強のバイリンガルだ。
『ねえ、ちょっと』
そう考えていた俺は、不意に頭上からかかった声に顔を上げる。
そこにあのリズさんが立っていた。
リズさんは気まずそうな顔をして、
『ちょっと、来てくれる?』
と言った。
俺が頷いて立ち上がると、廊下に連れて行かれる。
そこに、同じ色の制服を着た生徒たちが待っていた。
『あなたに、頼みがあるの』
『頼み?』
『そう。……今日の放課後、ニューラグーンの生徒とキャピタルの生徒と会合があるの。
その通訳を、して欲しいの』
そんな頼みを受けて、放課後赴いたのは学園の中庭。
そこにそれぞれ色の違う制服を纏った集団が三つ、それぞれに分かれて向かい合っていた。
「それで? 今回はまともな会合になるんやろうなあ?
ニューラグーンもブルーフォレストもお国言葉が難しいさかい」
あ、キャピタルって京都か。名前聞いただけじゃすぐわからなかった。
『もちろんよ! こいつが全て翻訳するわ!』
「あ、はい。俺が翻訳します」
リズさんの強気な言葉を俺が翻訳する。
キャピタル国の生徒の表情が「ほう?」みたいな感じになった。
『本当に? そいつが私たちの言葉がわかるって言うの?』
『はい。わかります』
『本当!? ブルーフォレスト国だけじゃなく、ニューラグーンの言葉もわかるの?』
『なんだったら全ての国の言葉わかります。勉強したので』
『全ての国の言葉が!?』
なんかニューラグーン国の人たちが驚いている。初日のブルーフォレスト国の人たちと同じ反応だな。
『じゃあ翻訳してもらおうか。いい加減、ブルーフォレスト国は寮を越えてこちらに口出ししてくるのをやめてもらいたい』
『先に寮を越えて口だししてきたのがキャピタルでしょう?
私たちは越権にもの申しただけよ』
『こちらだってそうだ! お前たちが私たちの寮の問題に口出しして来たせいだ!』
上記、間に俺の翻訳が入っている。どうも、お互い寮の問題に他国が口出ししてくるのが気に入らないらしい。
『いいや、私たちはそちらの問題がそちらで収まらないと解釈したため、もの申しただけだ。大体ブルーフォレストは』
『それを言ったらキャピタルだって自分たちの寮の問題を学園に持ち込んでるじゃないの!』
『そうだそうだ! キャピタルこそ手本を示せ!』
あ、ちょっとキャピタルが不利になってる。寮の問題って、学園でその寮の生徒が問題を起こすとかだろうか。こう、わかりやすい問題じゃなく、国の風習を持ち込んでしまって、みたいな。
『ああもううるさい! あんたらが理解しないのが悪いんだろう!
我が国は公平を求めただけだ!』
あ、キャピタルがキレた。
『国の風習ももちろんだが、貴様らは言葉が汚すぎる!
まずそのどうしようもないお国言葉を直してから出直して来い!』
『そっちだってなによその訛り言葉! 共用語を話す気もないくせに!』
『昔一つの帝国だった時、首都だったことをいつまでも誇りにするなよ!
ブルーフォレスト国だって言葉が汚いだろう!』
『あんただって言葉が汚いのよ!』
『ちょっと待ってください!』
なんか三つ巴の言葉の貶し合いになってきたので、思わず俺が制止に入った。
三国の生徒たちに睨まれるが、俺は声を張り上げた。
『どの国もみんな、立派で誇れる美しい言葉じゃないですか!
相手の国の、愛する言葉を非難するのは間違ってると思います!』
その言葉にリズさんたちが息を呑む。
ハッとした顔で、お互い気まずそうに顔を見合わせた。
よくわかんないけど、落ち着いた、か?
「……あんさんは?」
不意におずおずと、キャピタルの代表の女生徒が俺に話しかけて来た。
「うちらの言葉、美しいと思いますのん?」
「はい。すっごく綺麗です」
「……そう」
笑顔で答えた俺に、キャピタルの代表の子が頬を赤らめた。
それを見て、リズさんがなにか言いたげに俺を見て、少しうつむいた。
『さっきは助かったわ』
そう、会合が終わった後に廊下でリズさんにそう言われた。
あのあとは、お互い落ち着いて議論出来て、問題としていたそれぞれの寮の風習に基づく行いも、お互い共通のマナーを見直すと約束出来た。
『彼らと、あんな風にまともに議論出来たのは初めてよ』
『そうなんですか?』
『ええ、いつも最後は国の言葉の話になってしまって……だから、あなたがどの国の言葉も美しいって言ってくれたのが、効果があったんだと思うの』
リズさんは少し恥ずかしそうにして、視線を逸らす。
『あなた、一生懸命ブルーフォレストの言葉を勉強したって言ってたわね』
『はい』
『本当に、私たちの言葉は美しい?』
『ええ』
少し自信なさげに聞いてきたリズさんに、満面の笑顔で答える。
『学んでいる間、なんて美しい言葉だと思いました。
祖先からずっとみんなが愛して、守ってきた言葉なんだと。
誇るべき、素晴らしい言葉だと思います』
「…………っ」
本当にそう思う。東京以外の方言を馬鹿にしていた昔の俺はなんて視野が狭かったのだろうと実感する。
祖先から守り受け継いできた方言は、こんなにも立派だ。
そう心底思って微笑んだ俺に、泣きそうな顔をしたリズさんが腕を伸ばす。
そのまま抱きつかれて、俺は柔らかな温もりを受け止める羽目になってしまい、動揺する。
「え、リズさん……?」
『大変だ! ブルーフォレスト国の王族は人に肌を許したら結婚する決まり!』
『これはもう結婚だ!』
『いや、学生だからひとまず婚約で』
『まあ、婚約でしょうなあ』
なんか隠れていたブルーフォレスト国の生徒たちがにまにま笑って言ってくる。
いや肌を許したって、抱きつかれただけなんだが!?
婚約って、あの婚約!?
そもそも俺は元の世界に帰りたいんだが!?
そう俺がぐるぐる悩んでいる間に、ブルーフォレスト国の生徒たちは勝手に結納だ祝言だの話をしていた。




