09 触らぬ神にたたりなし
数時間後、兄妹の家に妊婦の両親と赤ん坊の父親が集まった。
妊婦の両親に兄が相手だと誤解されたりもしてひと悶着あったが、とりあえず一つテーブルを囲むまで漕ぎ着けた。
各人の前に妹がお茶を配って回る。
「お集まり下さりありがとうございます。私は青凛高の3年です。こっちは妹で同じく1年です。数時間前、雨の中を行く当てのなかったそちらのお嬢さんを保護しました。聞く所によると家出中との事で、関係者様にご足労頂いた次第です」
兄はスラスラと前口上を述べた。
「君と娘はどういう関係なのかな?」
妊婦の父は単刀直入に切り出した。
「さっきお会いしたばかりの、見知らぬ他人です」
ドキッパリと兄は言い切った。
「本当か?娘の彼氏なんじゃないのか?」
疑わしそうな両親に、兄は大真面目に頷く。
「本当よ」
妊婦が言うと、妊婦の父は渋々引き下がった。
「ところで、なぜ私まで呼ばれているのですか?」
妊婦の相手、子供の父親がいう。
スーツを着た20代後半の男だった。
妊婦は伏せていた目を上げて、男に向かっていった。
「妊娠したの」
両親の目が男に向かう。
男は暫し無言で呆けていた。
「嘘をつくな!」
「嘘じゃないわ。先生、あなたの子よ」
男は絶句した。
兄は顔を顰める。
「……先生?」
「うん。通っている予備校の、講師なの」
「……なるほど」
兄の言葉を妊婦はあっさりと肯定した。
両親は、信じられないといったように目を見開いた。
兄は横に座っていた妹の頭を撫で、告げた。
「部屋に戻ってなさい」
「は?何でよ。嫌よ」
妹はあっさりとそれを拒否した。
前方に向けたままだった顔を妹に向け、ニッコリと笑顔を浮かべた。
妹はその満面の笑みに怯んだ。
「お兄ちゃん、今ちょーっとだけ怒ってるんだ。いい子だからお部屋に戻って鍵閉めてついでに布団を被って耳を塞いでなさい」
「……」
「わかった?」
「うん」
兄の言い知れぬ迫力に、妹は頷いた。
妹の動物的本能が、逆らっては駄目だと告げていた。
妹は後ろ髪を惹かれる想いを抱きながらも、そそくさと部屋に戻った。
言われた通り鍵もしっかりかける。
どんな話し合いが持たれたのか、妹が知らされることはなかった。
風の噂で、とある予備校の塾講師がとっ捕まったと聞いた。
兄が怒った事と関係があるのかどうなのか、妹にはわからない。
そこはかとなく機嫌の良さ気な兄を見るにつけ、嫌な想像しか浮かばず、妹は生涯追求しない事を心に決めた。