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兄と妹  作者: ゆなり
36/39

30 刷り込みと言う名の安全地帯

「見つけた! クソ兄貴!! どういうつもりだー!!」

 声が掛かり、しまったと兄は首をすくめた。

 妹は兄に駆け寄り、ギリギリとその襟首を締め上げる。

 妹は顔を真っ赤にさせて怒り狂っていた。

「部屋の前っ、あの変態とか! 何の嫌がらせだー!!」

 涙目で兄の襟首を引っつかんでガクガクと揺さぶる。

「落ち着きなさい。後お兄ちゃんと呼べって言ってるだろう?」

「ふざけんな! さっさとあの悪趣味なものを片付けろっ。へ、部屋に、部屋に入れないじゃないか!」

 そこまで言って、ビクッと肩を震わせた。

「まって~、話し、き~い~て~」

 ハアハアと息を切らせながら廊下から従兄弟が入ってきた。

 顔は汗だくで、そのくせ満面の笑みを浮かべている。

 想像以上の不気味さだった。

 兄は思わず眉を顰めてしまう。

 従兄弟は布団で簀巻きにされた状態で、尺取虫のような動きで床を這って進んでくる。

 夏なので当然汗だくだ。

 簀巻きにされているだけでも汗が吹き出るだろうに、ウネウネと床を這って追いかけているから息は切れるし汗は滝のように流れている。

 しかも満面の笑み。

 悪夢だな。

 兄は冷静に思った。

「ひいいいいっ!」

 妹は本気で震え上がった。

 兄の背後に隠れる。

「約束なんだから、邪魔するなよ!」

 従兄弟は兄に向かっていう。

 兄は両手を上げて降参のポーズだ。

 ウネウネと近づいてきた従兄弟は、兄の身体を回りこんで妹へと向かう。

「くっ、来るな! あっち行って!」

 兄にしがみ付いたまま従兄弟の反対側へとずらしていくが、実質的な距離は離れない。

 走って逃げればいいものを、妹は条件反射で一番安全な場所(兄の側)から離れる事が出来なかった。

 いついかなる時も妹の味方の兄の側が、世界で最も安全と妹の意識に刷り込まれていた。

 簀巻きにされた従兄弟は兄(と妹)をぐるっと回るような格好で身体を伸ばす。

 つまり、妹の背後には従兄弟の胴体があって、下がれない状況になっていた。

 爪先立ちでピョンピョンと諦め悪く距離を取る妹だが、全く事態は改善しない。

 半泣きどころかそれを通り越して、泣きべそをかき始めていた。

 妹よ、頑張れ! 兄は心の中だけで応援していた。

 気持ち悪さに目をつぶれば、手も足も自由にならない従兄弟は全く危険ではない。

 絶対安全な今だからこそ、苦手攻略の最大の時だった。

 『ほらっ、そこで蹴り上げれば一発でノックアウトだ。何なら体重かけて思いっきり踏みつけてしまえ。

 お兄ちゃんに向かってやるように、何時もみたいに渾身の一撃を! 今こそあの修行の日々を生かすときだ! 頑張るんだ!!』

 手出ししたい衝動を堪え、兄は心の中で一生懸命応援していた。

「聞~い~て~(ハート)」

 妹の足元で万の笑顔で見上げて従兄弟は言う。

 足に息がかかりそうなほどの近さだ。

「いやあああああ!」

 と妹は悲鳴を上げ、後ろへぴょんっと飛び退った。

 それに兄は眼を輝かせる。

「ぐへっ」

 妹の両足は見事に従兄弟の胴体部に着陸していた。

「ご、ごめんなさい!」

 妹は慌ててその上から飛び降りた。

「げほっ。大丈夫。ハニーならもっとやってもいいよ」

 懲りずに従兄弟はなおも近づこうとした。

「き、気持ち悪いー!!」

 さっきの一撃で吹っ切れたのか、妹の足捌きには躊躇と言うものは存在しなった。

 ダンッと従兄弟の頭を踏みつけた。

「あ……」

「い、痛い……」

 思わずといった様子の妹の足の下で、従兄弟は目から汗を滝のように流していた。

 グッジョブと兄はこっそりガッツポーズをとった。

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