29 頑張ってなれましょう
「キャアアアアア!」
朝っぱらから黄色い悲鳴が響き渡った。
朝食の準備をしていた兄はシメシメとほくそ笑む。
バタンッドタドタ。
娘の一大事と、父が部屋から飛び出していく音がする。
「どうし……」
父の声が途切れた。
そうだろうともと兄は1人頷く。
きっとその光景を見て絶句しているのだ。
「叔父さん、まずこの足とか手とかとってくださいよ」
暢気な声が続く。
もう口のガムテープは外してしまったらしい。放置しておけばいいのにと兄は内心舌打ちした。
兄は妹の部屋の前に従兄弟を貼り付けにしておいた。
ご丁寧に足も手もしっかり縛り上げた上で声も出せないようにガムテープを張ってだ。
何故か。
それは1つしかない。
父がやろうとしたことと全く同じだ。
強制的に妹に馴れてもらうにはショック療法が一番。なので手始めに部屋から出たら真っ先に目のつく場所に放置した。
縛って壁に貼り付けたのは、万が一にも妹に手出しされないようにするため。
あほな従兄弟は起き抜けの妹の姿がみたいからと、その扱いすら了承した。
互いに完全に合意の上で行っているのでなんら問題はない。
案の定妹は部屋の前の従兄弟に度肝を抜かれ、そして悲鳴をあげた。
声もなく失神とかではなく、乙女らしい可憐な悲鳴をあげる。
ちゃんと進歩しているではないか。
兄は1人満足げに頷いていた。
パタパタパタと軽い足音が台所に向かってかけてくる。
「クソ兄貴ーっ!」
妹は開口一番怒鳴りつける。
「女の子がそんな汚い言葉遣いしちゃいけません。ちゃんとお兄ちゃんと……」
「喧しい!よくもあんな物を!!」
妹が拳を握り締めるのをみて兄は慌てて声を上げる。
「待った。お兄ちゃんの話を……」
「問答無用。天、誅!」
アッパーかストレートかと身構えた兄の目の前で妹は飛び上がり、見事なかかとおとしを兄の脳天に決めた。
「ガフ」
兄は床に沈んだ。
パチパチパチと拍手が響く。
「お見事!」
階下に降りてきた父が感心して満面の笑みで拍手していた。
「文ちゃ~ん、俺にも愛のムチ……ぐえっ」
端って妹に飛びつこうとする従兄弟の服を、父がすばやく捕まえる。
その拍子に首が絞まり従兄弟は激しくむせた。
兄弟の基礎能力地の高さは基本的にこの父から来ている。雰囲気で侮られがちだが、勿論父も運動神経や反射神経はとても良い。
「父さん、ナイス」
兄は床に這い蹲ったまま親指を立てサムアップサインを送る。
父も得意満面で合図を返す。
「お、おじさ……げほっ」
むせながら従兄弟は父を見やる。
「ごめんね。でも君は駄目」
ニコニコと父はキッパリ言い切った。
従兄弟はガックリと項垂れた。