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兄と妹  作者: ゆなり
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番外編 在りし日の母と兄

 デパートのフードコートで、大勢の家族ずれでにぎわっていた。

 そこに彼らも来ていた。

「グズグズしていないで、早く食べなさい」

 金切り声が響く。

 怒鳴ったのは20代半ばくらいの女性で、怒鳴られたのは幼い可愛い女の子だ。

 賑やかな場に一瞬だけ沈黙が落ちた。

 すぐさまざわめきが戻るが、興味津々で声の主をうかがっている。

 中にはハッキリと不快を示す人間も居る。

「うるさいなぁ」

 女の子の横にいた兄が子供特有の高い声で言う。

 妹は泣きながら一生懸命ご飯を食べていた。

 キッと母を睨みつけた後、妹に向き直る。

「急いで食べ散らかしちゃ駄目だよ。食べ物は全部命なんだから、きちんと丁寧に、食べてあげなきゃいけないんだよ」

 妹は泣いたまま、まるっきり正反対のことを言う母と兄をうかがう。

「何を言ってるの!」

「お母さん、うるさい。育児なんて全くしないんだから、口を出さないで。大人の癖にちょっと待ってる事もできないの?」

 と兄は母に手厳しい。

 母は言葉に詰まった。

「ちゃんとよく噛んで食べないと、ご飯から栄養が取れなくて命が無駄になっちゃうから、ちゃんとゆっくり噛んで綺麗に食べようね」

 母を綺麗に無視して兄は妹に言う。

 妹は困惑しながらもこっくりと頷いた。

「いい子だね」

 よしよしと兄は妹の頭を撫でる。

 母は別として、仲の良いその光景に、周りは少しだけホッコリとなった。

 妹がいつも通りの速さで食べだしたのを確認し、兄は母に向き直った。

「お母さんは早く買い物に行きたいだけでしょ。1人で行ってもいいよ」

 忌々しげに見ていた母は少し顔を輝かせた。

「そう?」

「うん。その代わり、お父さんに貰ったお小遣いの3分の2は置いて行ってね」

 という兄の言葉に凍りついた。

「全部自分の分として使うつもりで、多く小遣いを貰うために僕達を連れてきたんだよね。だけど僕達の分は僕達が使う。ああ、僕おとうさんがお母さんに渡した金額知ってるから、誤魔化そうとしても無駄だから。そのお金でゲームコーナーでちょっと遊んで、お洋服買って、二人で家に帰るから安心していいよ。だから1人で買い物楽しんでね」

 とさも当然と言った様子で兄は言った。

 聞き耳を立てていた人たちは子供らしくないその言いように唖然とした。

 母は何時もの事と気にも留めない。

「子供に大金を渡せるわけがないでしょう」

「お母さんと違って、僕は無駄遣いしないよ。知ってるでしょう?今だってウチの食費管理してるの、僕だもんね?」

 と手を差し出して兄は言う。

 さっさとお金をよこせと言う意思表示だった。

 妹は食事を取る事に集中していて、母と兄の殺伐した会話など全く聞いていない。

 素直に言われたとおり食事をありがたく食べようと、妹は目の前のご飯しか見えていなかった。

 兄はそういう妹を知っているからこそ、遠慮なく母をやり込めた。

「可愛くない子ね」

「ありがとう。僕もお母さん、大っ嫌い。どうしてお父さんはこんな、顔しか取得のない、根性も性格もマナーも悪くて、ついでに頭も悪い馬鹿女が好きなんだろう。お父さんは見た目も良いし、性格もまあ優しくて善良だし、もてるだろうに、何でこんなどうしようもない人を嫁に選んだんだろう。正直理解できないんだよね」

「なんですって!」

 と母は手を振り上げた。

 周囲はハッとして緊迫したその空気に身構えた。

 暴力を振るうようならば止めに入らなければ、と興味を示していなかった人までがその動向を見守る。

 ニッコリと兄は言う。

「殴ってもいいよ」

 の兄の言葉に周囲は愕然となった。

「これ幸いって、児童保護施設に駆け込ませてもらうから。お母さんが虐めるんですって、訴えて保護してもらうね。お父さんがいるところでは何もしないけど、見ていないところでこれでもかって虐めるって。殴ってくるし殺されるかもしれない。ご飯は僕達2人に対して1人分しかくれないし、それどころか自分の食べ残しを食べろって言ったりするし、お風呂にも入れてくれないし、掃除も洗濯もしないんです、だから自分でご飯を作って食べてるし、お風呂だって自分たちで掃除してお湯を張っては入っているし、掃除や洗濯はお父さんがしているんだよって、本当の事言っちゃうよ?」

 母は手を振り上げたままブルブルと怒りでこぶしを震わせた。

「僕が今それをしないのは、とりあえず暴力がないからかな。保護施設に駆け込むには理由が弱いし、お父さんが可哀想だもんね。でもね、もし(あや)ちゃんに指一本でも手出ししたら、そのときはお父さんの事なんて無視してお母さんを破滅させるから。どんな手を使ってもお父さんと離婚させて、毟れるだけ慰謝料毟り取ってやるから、覚悟してね」

 幼い子供の言う台詞とは思えないその脅し文句に、聞き耳を立てていた大人たちは背筋を震わせた。

「人聞きの悪い!まるで虐待しているような事」

「あのね、ネグレクトも、立派な虐待だよ。それに、自分の見栄のために子供の意思を無視して習い事を強要したり、自分の思い通りにならないからって八つ当たりして怒鳴りつけたり、立派に虐待だよね」

「そんなこと……」

「引っ込み思案で気の小さい(あや)ちゃんにバレエを習わせたり、ピアノを習わせたりしてるよね。年中さんなんだから、上手に出来なくて当たり前なのに、ちょっと失敗するだけで酷く責めたり、なんとか上手になろうと家で練習していれば煩いって怒って、お母さんは何がしたいの?」

 母はやり込められて、言葉を失った。

「それより買い物に行くなら行ったら?ここにお母さんが居るだけで(あや)ちゃんの食育に悪いんだけど」

 暫し兄を睨みつけていた母だったが、無言で財布からお金を取り出しそれをテーブルにおいて立ち去っていった。

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