16 父の威厳 後半
「座りなさい」
兄は父に向かって命じた。
「はい」
フローリングの床だが、父は素直に兄の前に正座する。
その父の前に同じ様に兄も座り込む。
「いったい何を考えてるんですか。貴方には計画性というものがないんですか?」
「えっと、計画?」
「あの子に急にこんな話をしたら倒れるに決まってるでしょう」
「はあ……」
父は曖昧に頷いた。
「普通は、お付き合いをして、次にそれを家族にそれとなく匂わし、機会があればそれとなく引き合わせるのもいいでしょう。で、再婚を意識したら家族会議、プロポーズ、逆でも構いませんが。本人同士で両家の家族に挨拶して上手くやれそうか反応を見て、そして相手の子供も込みで顔合わせと一つ一つ手順を踏んでいくものです。それを一気にすっ飛ばして、父に女の影がと酷く動揺させ、そこに新しいお母さんが出来るかもという可能性が出来ただけで上手くやっていけるかどうか不安で一杯一杯なのに、挙句の果て同世代の苦手な(下手をしたら恐怖の対象の)異性と暮らす可能性だなんて。見事な連続技を叩き込んでくれましたよ」
「ごめんなさい」
忌々しげな兄の口調に、父は素直に項垂れた。
「いったい何年父親をやってると思ってるんです。あの子の気の小ささを知ってるでしょう!?」
「お前だって、ついさっき泣かせたばっかりの癖に」
「あれはちょっと加減を間違えただけです」
「それにしたって、いっつも無茶苦茶して怒らせてばっかりじゃないか」
ブチブチを父は文句を言う。
「半分は態とです」
兄はしれっと言う。
「……おい?」
「ああやって怒らせてストレスを爆発させないと、色々溜め込みすぎて潰れてしまう。それに家族に位は、好き勝手言ったり我儘が言えるようにならないと、現代社会では生きていけないし。ああやって心を強くするために鍛えてるんです。お兄ちゃんの愛の鞭なんです」
「なるほどなあ。……って、半分?」
兄はちょっと目を逸らした。
「……半分は怒らせてるつもりはないけど、何でか怒ってる、かな?」
「……」
兄は何でだろうと呟いていた。
父は駄目だコイツと心から思った。
「しかし、いきなりそれ(コンドーム)はやりすぎだろ?」
「もう高校生なので、ちょっと位は現実に触れておかないと危なかな、と」
「現実ねぇ」
「高校生男子なんて、一番やりたい盛りなんだから、好きでもなくたってなんとなくな雰囲気に流されたりするもんなんです。あの子がその場の雰囲気とノリで迫られまくって断りきれなくなったらどうするんです。そうならない為にも、ちょっとでもやばいと感じたら速やかに逃げ出す事を考えるようにしておかないと、駄目なんですよ」
「成程、だから態とこんな直接的なものを目の前に突きつけて、危険性を植えつけとこうってわけだ」
「そう。あの子の気の小ささなら、この位危険性を植えつけておけば、まず間違いなく一目散に逃げ出していくはずなので」
「う~ん、それはいいけど、そんな事して好きな相手が出来てもお付き合いできないんじゃ?」
「その辺は抜かりはありません」
ニヤリと兄は笑う。
「健全なカレシ候補は確保してあります」
「それは……やりすぎじゃあないか?」
「何言ってるんです。どこの馬の骨かわからんやからにくれてやる位なら、きちんとした相手の方がいいに決まってるでしょう」
まあそうだがと父はもごもごと呟いたが、その意見は完全に兄に黙殺された。
父の威厳、いったいどこに行ったのだろう?
父はがっくりと肩を落とした。