16 父の威厳 前半
「お父さんな、再婚しようかなって思ってるんだ」
兄妹は目を見開いた。
「「なんだって~!?」」
妻に逃げられて以来、女性不信気味だった父の発言とは思えなかった。
「相手は!?一体全体なに考えてるんだよ!」
「まてまて、落ち着きなさい。お父さんは、まだ考えてるだけなんだ。プ、プロポーズだってまだだぞ」
最後の方は赤くなっていった。
「本当は2人が独り立ちしてからって考えてたんだ。だけど、ほら、なぁ。お前達がこんな会話してたから」
恥かしそうに机の上のコンドームをチラチラと見ながら照れて言う。
つまり、こういう性教育な会話がなければ、ずっと言い出すことすら出来なかったということか。
10年計画での遠大な計画である。
我が父ながらなんとヘタレなんだ、と妹はガックリとした。
これでは母に逃げられるのも頷けるというものだ。
しみじみと納得していた。
先程まで1人おお泣きしていた事など棚の上にあげて考える。
つーか、なんでこんな年で父や兄と“明るい家族計画“について会話せんといかんのだろうか。
妹は1人打ちひしがれていた。
「で?」
兄の冷たい声に父は首をかしげた。
「なにがどうなってるんだ?いったいいつの間に?」
不機嫌な兄の様子に、父はしどろもどろになった。
「ああ。あのな、え~と、離婚して落ち込んでいる私を、2年ほど前から何くれとなく励ましてくれた女性なんだ。時々食事して、だけどそんな後ろめたい事なんてなかったんだぞ?」
「へえ?」
「ふ、深い関係になったのは、ここ2月ほどで……」
兄の周りの空気が、途端に極寒となった。
「お父さん。子供達(この場合妹限定)の手本にならないといけない分際で、不順異性交遊とは何事ですか!!」
兄の一喝に父は震え上がった。
「で、でも、お父さん、成人してるから……」
「当然です!最近外泊が多いなと思ったら、そんな事をしてたなんて!教育に悪いとは(しつこいがあくまでも妹限定)思わないのですか!!」
「ご、ごめんなさい?」
「全くもう。休日にもなんだかめかし込んで出かけていくし、おかしいなとは思ってたけど、そういうことはちゃんとしないと駄目でしょう。いい年した大人なんだから」
「ちゃ、ちゃんと?」
「そういうだらしないところを、真似でもしたらどうするんです(これも妹限定)。父親として、男として、キッチリ責任は取るべきでしょう」
「責任」
馬鹿みたく繰り返す父を、兄は冷たく見つめる。
「お付き合いするのはいいとして、責任ある大人なんだから、周りをきちんと納得させた上でやれといってるんです。それをなんですか。親に隠れて異性と付き合う高校生じゃあるまいし、こそこそと。恥を知れ」
「そうだね」
父はシュンとなって項垂れた。
「で、相手の女性は、こっちの事情をどの位知ってるんだ?」
「全部。高校生の息子と娘がいることも、妻に逃げられた事も知ってる」
「それでも良いと言ってくれる様な人か?」
兄は訝しげだ。
妹は黙って兄と父の会話を聞いていた。
「先方は未亡人で、数年前に旦那さんを亡くしてるんだ。ちょっと気が強いところもあるが、優しくて気配りもある。いい人だぞ」
妹は不安げに父の言葉を聞いていた。
内弁慶の妹は、父の再婚話だけで上手くやっていけるか既に不安一杯だった。
兄は心配そうに妹を横目で観察していた。
「それに、先方にも息子が一人いるんだ」
えっ……と兄妹は目を瞬いた。
「その子供もうちと同じ高校生なんだぞ」
連れ子、連れ子は息子、高校生の子供、男子高校生!!?
家の中に見知らぬ同世代の男がいるところを想像し、妹は声もなくぶっ倒れた。
許容量が限界を超えたのだった。
兄はとっさに手を伸ばして妹を受け止める。
「だ、大丈夫か?」
父はオロオロとそれを見ていることしか出来ない。
兄は盛大に舌打ちした。
「父さんはそこで立ってなさい!」
妹を抱えあげてリビングから連れ出した兄は、どこぞの鬼教師のように父にそう命じた。
「はい!」
父の威厳もかなぐり捨てて直立して返事をした。