10 どう料理するか
妊婦は伏せていた目を上げて、男に向かっていった。
「妊娠したの」
妊婦の両親の目が男に向かう。
男は暫し無言で呆けていた。
「嘘をつくな!」
「嘘じゃないわ。先生、あなたの子よ」
男は絶句した。
兄は顔を顰める。
「……先生?」
「うん。通っている予備校の、講師なの」
「……なるほど」
兄の言葉を妊婦はあっさりと肯定した。
両親は、信じられないといったように目を見開いた。
妹にこういう生々しい会話を聞かせていいものではない。
教育に悪すぎる。
兄は横に座っていた妹の頭を撫で、告げた。
「部屋に戻ってなさい」
「は?何でよ。嫌よ」
兄の心妹知らず。
妹はあっさりとそれを拒否した。
前方に向けたままだった顔を妹に向け、ニッコリと笑顔を浮かべた。
妹はその満面の笑みに怯んだ。
「お兄ちゃん、今ちょーっとだけ怒ってるんだ。いい子だからお部屋に戻って鍵閉めてついでに布団を被って耳を塞いでなさい」
「……」
「わかった?」
「うん」
兄は否を言わせる心算はなく、理不尽な台詞を吐いた。
かつてないほど妹は素直に頷き、部屋に戻っていく。
よしよしと兄は1人頷いた。
妹がちゃんと部屋に戻るのをこっそり確認し、間違っても部屋から出てこられないように、兄は扉を家具で塞いだ。
これで一安心。
予備校の講師ということは、妹も1年2年先にはお世話になっていた可能性がある。
つ・ま・り、これは妹も同じ目にあっていたかもしれないということだ。
兄にとっては全くの他人事だったのに、いつの間にやら自分達にとっても大問題ではないか。
兄はちょっと所では無く、か~な~り、腹を立てていた。
年頃の娘を持つ親(自称)としては、こういう社会の害虫は抹殺せねばならない。
さて、あの講師とやらをどう料理するか。
兄は腹黒い笑みをたたえた。
地方紙の片隅に、とある予備校の塾講師がとっ捕まったと載った。
あれから調べたところ、妊婦以外にも似た被害(?)を受けた生徒が何人かいた。
予備校共々、講師にはその責任を取ってもらったのだった。
うん。いい事をした後は気分がいいね!