佩刀式
三祇第五剣衛大隊が駐屯する基地を中心にして円形に広がる都市は第2衛戍府といい、草薙政府の十三区から二十四区までの計十二区画の街を取りまとめていた。
それぞれの区に上層中層下層外層が有り中層は一般隊員とその家族や裕福な市民が生活を営んでいる場所だ。これは成り立ちが三祇の拠点確保、市場酒保の進出、市民の受け入れと言う形で進められる為である。
髪がのびてきた世成が生活させてもらっているのは一区中層の特に商売を生業とする人々が多く住む場所である。
「朝かぁ……」
モゾモゾと布団から這い出る。内装としては随分と上等な長屋であり機能的には安アパートが近しい。部屋毎に台所と厠とシャワーが有るお一人様には破格の一室だ。
……この世界に於いては。
世成は冷蔵庫、これも破格な物の一つ、を開けて中を見る。見た事ない魚の切り身と煉瓦ブロックと見紛うピンクっぽい色の動物肉的何か、それとビッチリ缶詰が壁の様に敷き詰められていた。
前者は尊厳と等価で得た研究協力資金で買ったデケェ魚の切り身と合成肉。後者は基本配給品と呼ばれる若干粒が大きめの玄米や乾麺などと共に配られる一般的な食事だ。それらを見て肉塊と缶詰を取り出す。
コンロに火をつけ手鍋に缶詰の中身を放り込み水を加え煮て味噌汁にし、肉塊を切ってフライパンで焼き昨日炊いた玄米を盛る。
「頂きます」
不味くはない。だが物足りない。全体的に硬いし塩っぱいのだ。もっと言えばラーメンとか菓子とかサイダーとかメッチャ食ったり飲んだりしたい。
「高いけど醤油くらい買おうかなぁ……。でも試験まですぐだし。いや醤油より砂糖か?」
少し考えてから考えを保留し食器類を洗ってからシャワーを浴びて洗濯をし、身支度を整えてから長屋を出た。
市街へ出れば絵面は江戸か大正か。ただ娯楽作品の様にロマンを付けるには余りにも現実的過ぎる。しかし実際の考証をすればかけ離れた光景だろうソレは生活の息吹、いや生活臭が有り余って漂う。
街の雰囲気は何処か長閑としていて着物が大半を締め洋服は少数派。建物も時折だが煉瓦を用いた建物がチラホラと。そんな道を職場に向かう人々が疎に進んでいる。
慣れてきたその光景をスイスイ進み商店街を抜けて駅へ。第2衛戍府で発行されたカードを用いて駅の中に入れば巨大な弾頭の如きボイラーを持ったバカでかい蒸気機関車的な何かが入れ替わり立ち替わり人と物を運ぶ。彼等は各層を結ぶ直線鉄道であり忙しなく人や物資を運んでいた。
世成は客車に乗り込み中央基地、第二総督府で下車。隅立局長の部下で副局長の四目がメガネの奥で光る憐憫の眼差しと共に出迎えてくれた。極めて目つきが悪くぶっきらぼうな印象を周囲に与える風貌の男性だが世成の尊厳の最低ラインを守ってくれた比較的良識的な人である。
「おう、よく来たな世成。局長は仕事に埋めといたから安心しろよ」
「本当に有難う御座います。本当に」
「ああ、気にすんな。佩刀式の準備は三文字大佐がやってくれたしよ。さ、ついてきな」
「はい」
「佩刀式ってのはコッチの世界じゃ15歳で一律に受ける要は一人前の証だ。この適正が高い場合は剣衛に配属されるってのは知ってんだったか?」
廊下を進みながら四目副局長は問うた。
「それが高いと強いし強くなり易いって聞きました」
「ああ、その通りだ。やる事は単純。刀を握るだけで良い。
詳しく言うと採血した血から鉄原子を抽出培養して感応粒子を分離。それを玉鋼と結合させて刀身を作り上げる。その刃が身体に馴染むかの確認だな。
適合率が高ければ柄を握れば刃が全て体と同化し吸収される」
「吸収、ですか?」
「ああ。粒子波形が揃うからもう体の一部みたいなもんだ。それに刃は鉄と炭素で出来てるからな。元々人体にも通ってる。他に比べりゃ訳ないぜ」
「粒子波形っていうと個々人の粒子の特性とかを決定するヤツでしたっけ」
「お、勉強してんな。関心関心。まぁ今日は気楽にやっとけ。まず適合するだろうけどよ。そうじゃなくっても、お前さんの細胞のおかげで色んな研究が進む。そうすりゃ助かる命が増えるんだ。
聞いた話を考えりゃ実感が湧かないだろうが感謝してんだぜ。俺らは」
「えっと、どういたしまして?」
「まぁ剣衛になりゃ嫌でも分かるさ。お前さんの粒子は自然粒子だ。適合して当然だからな」
そう四目副局長が気楽に言えば大きな道場に着いた。凡そ学校の体育館程の大きさである。促されるまま中に入れば太刀が一振り立てかけてあった。
「よく来ましたねぇ」
そして凄い優しそうなお婆ちゃんが機器類の横に座っている。四目副局長が敬礼し世成も見様見真似で敬礼した。飴とか渡されたら普通に食べてしまいそうな感じのちっこいお婆ちゃんも敬礼を返す。
「総本部長殿、お待たせ致しました」
「時間通りよ弁治ちゃん。世成君もいらっしゃい。初めましてだねぇ」
敬礼をやめてからニコニコと言うお婆ちゃんに相対して四目副局長が気安く。
「世成。この方は大紫院様だ。四大貴族揚羽蝶家の先代当主の奥方様で鏡帯では一番偉い御方だぞ。ビックリするくらい凄く偉い。優しい方だが失礼のない様にな」
「よ、よろしくお願いします!!」
直角に腰を曲げる世成に対して大紫院は困った様な笑みを浮かべ。
「弁治ちゃん。余り驚かす物じゃないわ。基本的にはお婆ちゃんでも何でも良いからね。好きに呼んでちょうだい」
「は、はい!」
四目副局長はカラカラ笑って計器を弄りながら。
「今日は大紫の婆様がいらっしゃる。技術的な知見にせよ医術的知見にせよ大船に乗ったつもりでいろ。この方は草薙一の回復能力者だ」
そうして佩刀式が始められた。とは言えそう大仰な事ではない。立てられた太刀を握り鞘から抜いて待つだけだ。
その太刀は非常にシンプルだった。鉄と黒だけの装飾の一つもない刀。
鯉口を切るという初めての経験。やり慣れないが故に短い音はカチャと乱れていた。スッと抜けた刀身は鏡の様。
「綺麗だ……あ」
切先から消えていき全身に伝ってくる。冷えた手足を熱湯に入れた様で、逆に熱を持った手足を冷水に入れた様な流入。
それを先鞭として凄い凄い小さい頃に入ったビリビリする風呂にも近しい形容し難い感覚と共に力と言うべき何かが入り込んできた。
「おーーーーー、おぉ。なんかスッゴイ何、この感覚、何?」
細胞が迸る。感覚が研ぎ澄まされた。握る手から力が沸いてくる。自分の身体に新たな器官が増えた様で。
「何か、凄ぉーーーーー」
刀を握る手とは逆。拳を作る。力。
迸る。
目がチカチカした。全身が痺れた。
「おぉぉぉぉぉ……」
嫌ではないが奇妙で奇特なそれが終わってふと見れば刀身が消え柄だけを握っていた。ハバキを鞘に嵌めて柄を戻す。
「予想通り早かったな。お疲れさん。痛かったりはしないか?」
「ええ、はい。えっと、終わりですか? 何かすげぇ人の気配がする」
「おう。終わりだ。刀身を吸収しきれなかったりすると話が変わるが出来たからな。
まぁ妙な感覚はあるだろうが1週間もすればすぐに慣れる。刀を帯びる前と比べると格段に五感が鋭利になるんだよ。
だが直ぐに身体が勝手にオンオフ切り替えてくれるようになるぜ」
「何か、落ちつかねぇッス。おぉぉ……。道場周りに十人くらい居ます?」
「十二人だな。正確には。慣れねぇっての込みでそれなら適正は高そうだな。まぁ想定通りといやあそうだが。さて、帰る前に採血と粘膜採取だけさせて貰うぜ」
「あ、はい」
筒を押し付けられカチッという音がして採血され口内粘膜は普通に綿棒で。もう慣れたもんである。採取された物は直ぐに大紫院へ渡され機械にセットされた。機器類の確認を終えたのか二、三回頷いて機器の傍、書類と共に置いてあった漆器の箱を開けた。
「世成ちゃん。お疲れ様。佩刀式を終えた子に渡す飴ちゃんよ。どうぞ」
そう言って御祝儀っぽい感じの紐で結ばれた細長い紙封筒を渡された。感触的にもいう通りに丸くて細長い飴が入っているのだろう。
「有難うございます」
「見てごらんんなさい」
言葉に従えば千歳飴の様に長い水晶の様な飴を紙袋に入れた物だった。
「砂糖は今でも貴重品だけど市販品の黒糖じゃなくて白糖よ。大事に食べてね」
「はい。そうします」
「慣れない事も不便な事も多いだろうけど頑張ってね」
「お世話になりました」
「30㌢以上の刀を顕現させちゃだめよ? 気を付けて帰ってね」
四目副局長が軽く手を挙げる。世成はもう一度礼をしてから退出した。




