ぼーいつみーオッサン
娯楽的に読む本の中に転生というジャンルがある。様は諸々の理由によって死亡する事によって異世界や過去へと転生する物語。古来よりあるが特に昨今の流行りの物語における導入部分と言えるだろう。
無論これには派生系があり気が付けばなどという何ら原因不明なまま転生という結果のみの物、転生と言うよりは転移である物、転生と転移が曖昧な物と結果こそ同じだが過程が僅かに違ったりする。
そして彼もそうだった。
「……はい?」
ヒビ割れた道路の白線の上。漫画の単行本を両手で広げ腹這いに寝転がり本の先の光景を困惑の顰めっ面を覗かせるの若者。十二秒前までベットの上だったのに凄いゴツゴツ。
ものゴッツ腹ゴツゴツする。
手入れのされていない道路の左右に並ぶのは巨木に絡め取られ所々に苔を纏う高層ビルの廃墟群の中心。森の中の様な土の香り混じりの風が緩やかかつ穏やかに吹いていた。
「えー、と……」
割合に大きめの目を二、三度パチパチと開閉して立ち上がる。右を見ても似た様な伸びる道路と廃墟が続き、左を見ても似た様な伸びる道路と廃墟が続く。最後に後ろを見て苦笑いを浮かべて溜息を一つ。
「何これぇ?!! は? ワロス!! キレそう!! キレそうってかキレてますけど?! オメッ……ここ何処だよ!!!
俺の至福の休日どうしてくれんのコレ!! サイダーとカルパス何処だコレェい!!!」
若者は一先ず感情をそのまま吐露し心を落ち着けた。落ち着けたというよりはジャリジャリが気持ち悪く漫画を短パンのポケットに入れて身体と服に付いた砂利を払う。払う為に体を見下ろせばダチのくれた何か腹立つ顔文字が印刷されているプギャーTシャツが異様にイラッとさせる。
意味不明な状況。それに振り回されていると自覚してまた溜息。深呼吸。
そして考える。だが何も分からない。何をして良いのか、何をしてはいけないのか。こんな光景などそれこそゲームやアニメの広告でしか見たことがないのだから。
「いや異世界系の話かよ。物語の中に転生してみてーとかアホみたいな事を考えた事はあるけどコレはねぇって。つかだいたい少し考えたら転生だの転移だの本気でしたいなんて思えねぇし」
頭を整理する為に口を開く。そうでもしないと気が狂いそうだ。現状が夢か幻かも曖昧である。と、言うか夢であれって感じ。ほんの5分前まで動画を流し漫画を読みながらサイダーを飲みカルパスを摘んでいたのだ。
「……マジどうしよ」
山であれば動かない事が吉だと聞いた事を思い起こすも、しかし現状にそれが当てはまるとも思えない訳で。
進む。そう決めた。何もしていない状況が不安になったとも言う。
「つっても十字路で進む方向もわかんねぇ。棒倒しで……棒がねぇな。しかも裸足だし、足いってぇよ。ハァー……」
振り返り最初に見た光景を睨む。状況に酔って、それを自覚しながら。敢えて。
「よくわかんねぇけど踏み越えたるぞコラ」
一歩。踏みだ——。
ドゥウウウウウウウウウウウウウウン!!! とエグい衝撃。
炸裂、轟音、粉塵。
何度も何度も何度も。
「ハァ?!!」
咄嗟と言うよりは反射的に頭を抱えて身を屈める。暴風の後にパラパラと小石が落ちたかと思えば地鳴り。そして幾度も衝撃と鳴動が迫ってきて最後にまた轟音。
音が消えて恐る恐る目を開ける。黒目だけを左右に、激しく脈打つ心臓が痛い。ソロリと静かに立ち上がり。
鎧姿のゴツいオッサンが腕を組んだまま地面に突き刺さっていた。
道路に深々と刺さる西洋の馬上槍っぽい頭頂部を持つ兜。普通に立って腕を組んでいるかの様に地面に対して斜め35度に刺さり真っ直ぐ不動。日本帝国っぽい軍服の上に白銀鎧の重戦車が如きゴツいオッサン。
岩がダルマを模った様な顔。炎の様な口髭と眉。ガっと双眸が丸々と開く。
「・・・・・」
「・・・・・」
目が、合っちゃった。
「何事かぁッ!!!」
「いやアンタが何事だよ!!!?」
思わず開口一番ツッコミを放った若者にゴツいオッサンは少し驚いた様な顔をする。しかし何事もなかったかの様に組んでいた腕を伸ばし地面に片手を伸ばし掌を突いた。兜が刺さっているが太い腕で全身を支える様にだ。
「納刀」
その言葉と共に身に纏っていた鎧が消え太刀が握られていた。鎧どころか特徴的すぎる兜などは刺さった跡こそあれど何処にもなく完全に軍服の様な格好へと変わる。刀を握るのとは逆の完全に一本で己を支える腕を曲げ伸ばして一回転。
ズンと立って腰に吊るした鞘に刀を戻し腕を組む。そして安心感を覚える頼もしさ溢れた笑みを浮かべ。
「吾輩は天下五剣が末端。折敷だ。もう案じる事はないぞ。少年」
「あ、飛鶴世成です。学生です。よろしくお願いします」
「なに? なぜ学生が前線に。そもそも、どうやって此処に来た」
「えっと、気付いたら此処に……。と言うか、此処はいったい?」
折敷は厳しい顔に困惑を浮かべた。そして世成の頭から爪先までを見てから頷く。見られた方は何に納得したのかと首を傾げて。
「あの、どうしたんでしょうか?」
「いや裸足だったからな。うぅむ、そもそも武装も無し。その格好で此処まで来れる訳もない。出身は何処だ?」
「出身は島根です」
「しま、ね……?」
「……? はい。日本の島根です」
「ニホン?」
二人は目線を合わせる。
「?」
「?」
そして鏡合わせ首を傾げた。
「此処は草薙。第二十七区外層外縁部。ウンガイキョウの縄張りと化していた地だ。つい先程ようやく討伐したがな」
折敷はそう言うとガッシリとした顎をガッシリとした指で撫でながら。
「ウンガイキョウは時空を捻じ曲げて移動をするというが、それに巻き込まれたか? であれば納得はともかく理解は出来るが。しかしニホンのシマネ。と言うのが如何も分からん。
この状況下で巫山戯る余裕などあるはずも無し……うぅむ」
世成は凄く嫌な確信を得た。自身でも意味不明な感覚。現状の様々が実感が湧かないながら、まざまざと実感があり過ぎる事でだ。と言うかもう冗談の様な可能性、それ以外に納得のしようがない。
だが、それは余りにもアホらしい事。出来れば言いたくない。だが言わねば進まない様な気がして。
「えっと。折敷さん」
「む?」
「折敷さん。その、自分でも信じたくない。けど信じざるおえ無いんですが凄いふざけた可能性があっ——」
話そうとした瞬間また轟音。高層ビルの廃墟の壁を突き破りモアイじみた人面を持つ蜘蛛が現れた。足の部分はよく見れば人の腕の様に見える正に怪物。
「ふぁっ?!」
「拙いな。もう来たのか。話は後だ!!」
折敷が叫び刀と逆の位置にある箱に手を当てる。
「総員撤退!! 民間人を保護!! 繰り返す!! 総員撤退!! 民間人を保護!!」
《撤退了解。繰り返す。撤退了解》
通信機から声が帰ってくると折敷は刀を抜く。そして一振りすれば人面蜘蛛の右側の足が全て切れ飛んだ。それらを見る事もなく即座に世成を担ぎ上げて離脱した。
世成は確信する。いや何か折敷の服装が一瞬で変わり刀を握ったあたりで気づいてはいたのだ。認識するのを無意識に避けていただけで。
だから俵のように担ぎ上げられた世成の顔は諦念がミッチミチに満ち満ちていた。
ドミノ倒しの様に倒れた樹木を纏う廃ビルの跡を見ながら。




