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「ばれてないよね?」
歌姫は人形という設定で演技していた。ただ、最後に見かけたあの沖田の不思議そうな表情が気になって仕方なかった。
「さて、どうでしょう?ばれてたら姫様がただの大根役者だったってことでしょう。」
「ーーっ。空也の薄情者。」
ただ今言えるのは、空也が怒りMAXで煌妃が切れるように突き落としたという事実。仮にも主に向かって策を練るなんて。それに青い顔をしていたから、傷の影響で具合が悪いんだろうって、歓迎会の主賓を欠席させた。この状況見たいがための口実なのか、本当に困らせることだけは天才的に完璧だ。
ムカつく。
煌妃は、叫べない言葉を一通り心の中で叫んだ。今の煌妃には、面と向かって言う度胸も気力も無かったからだ。声に出していってしまえば、あとでこってりと説教されるかもしくは、倍返しされるのは目に見えていたから。複雑な心境を秘めたまま、花の声が聞こえた。
「空也様。近藤様と土方様、沖田様がお見えです。」
急いで、体重を空也に体を預ける。ここまできて、ばれるわけにはいかないのだ。決して大根役者ではない。
「空也殿、すばらしい唄と舞でしたな!」
「ありがとうございます、近藤様。」
「その人形は、からくりですか?」
「沖田様・・・はい、特殊な人形でして。」
「へぇ~どこか天城さんに似ていますねっ。」
少し緊張が走る。これは、わざとなのか・・・煌妃のミスを誘っているのか。再び心臓がドクドクと高鳴り始めていた。
「明日からの警護のことだが・・。」
「いやだなぁ~土方さんは。仕事のことですか?せっかくの演舞だったのに、明日にしましょうよ。」
「総司、オレらは遊びに来たわけじゃねぇよ。」
「ほらぁ~また眉間にしわ寄ってますよ!早く解かないと、固まって綺麗な顔が台無しになっちゃってこーんな顔になっちゃいますよ!」
沖田は、自ら眉間にしわを寄せると、変な顔をして見せた。その顔に、思わず笑ってしまいそうになる。やっぱりミスを誘っているのか・・・。
「そうだぞ、歳。」
「近藤さん、あんたまで・・。」
ふるえだした煌妃をちらっと横目でみると、空也はそろそろ限界かというような眼差しを向けた。
「此処では何なので、屋敷の方で話しを伺っても宜しいですか?」
「あぁ。その方が、邪魔にならずに良いだろう。」
『これだけはお礼言っておくよ、空也』と心の中でお礼を言った。なぜなら、このまま沖田の行動に耐えきれそうになかったからである。空也は、丁寧に煌妃をいすに座らせると土方と近藤と一緒に屯所の方へと歩いていった。空也は、その中に沖田が居ないことに気づくと、後ろを振り向いて沖田に声をかけた。
「沖田さんも一緒に屯所に行きませんか?」
「白空にお菓子を持ってきたので、渡してから帰りますね。」
しかし、空也の思惑とは違った反応が返ってきて、煌妃は頬を小さくピクリっと動かした。空也は、その場から沖田を連れ出すことが出来ず、煌妃のことを残りの部下に目線で見張るよう指示をだして、花と一緒に八木邸へ足を進めた。
「でも、本当に天城さんに似ていますね。」
「おっ沖田様!」
慌てて見張りの男が止めに入ろうとしたが、時は既に遅し、沖田の手が煌妃の頬に触れてしまった。煌妃は、沖田の大きな冷たい手が頬に当たりビクッと小さく体を動かす。
「うわぁ~人間みたいに暖かいんですね。本当・・・人間みたいです。ねぇ~朔、初めてあった夜のキミみたいに・・綺麗ですよ。」
煌妃の耳の側で、声のトーンが低くなった沖田の声が聞こえた。じわっと嫌な汗が煌妃の背中を流れる。寄りによって下の名前を今言うのか。瞳は閉じているものの沖田の気配が近くなるのを感じる。
やばい・・ドキドキしているのが耳の近くで聞こえる。呼吸をばれないように抑えていたのに、心臓が早鐘を打つから苦しくなってきた。
沖田は、手を触れている頬が少し熱くなるのを感じると、クスっと笑みを零した。
「やっぱり。天城さん、いい加減にしないと「だぁーーーーーーーーーーーーー!!!離せ!」あっははは!本当に、天城さんだったんですね!」
「・・・そうよ。」
「まさかとは思ったんですが。」
「ひどい。いつもと雰囲気違うんだもの。・・・ドキドキした。」
煌妃は、頬を赤らめながら最後の方は沖田に聞こえるか微妙な大きさで言った。そして、頬をふくらませて沖田を睨む。今まで、ばれた事なんてなかったのにと思いながら、煌妃は下唇を噛みしめた。
「やっぱり、この一座は天城さんの仲間だったんですね。」
「どうして?いつ気づいたんだ?」
「杏さんと花さんに初めて会ったときですよ。やけに貴女が詳しかったこともありますし、何よりもあのお二人が天城さんを本当に心の奥底から心配しているように見受けられましたから。それに・・・。」
煌妃は、沖田の『それに・・』の続きが気になったが、沖田の優しく笑う姿に見とれてしまい、突っ込むタイミングを逃してしまった。しかし、それで分かったことは、沖田総司は、天然を装った詐欺師だということ。想像以上に鋭い。
「それに、さきほどふるえていたでしょう?」
「えっ!?あっ・・だってアレは、沖田さんがおもしろいこと言うから!」
再び頬をふくらませたまま、沖田を睨んだ。すると、とても良いことを思いついたので、ニコッと笑った。
「おのね、さっきのあの舞、実はまだ続きがって誰かの想いと誰かの記憶が揃って完結するんだ。想いはさっき奉納したんだけど、力になる記憶がなくてね。」
未来から彼女を呼ぶには、過去の人を想う気持ちが必要である。しかしそのかわりに、想いと同等の記憶が、エネルギーとして必要なのだ。つまり、未来と過去との繋がり。今回は、煌妃が彼女と過ごした記憶を少し削ろうかと思っていたが、ここは沖田の記憶にすることに決めた。そう言えば、彼女は沖田と戦ってみたいと言っていたな。煌妃は、椅子から立ち上がると沖田の前に立って目を細めた。
「沖田さん・・少し、眠るだけだから。嫌がらないで。」
「えっ?」
煌妃は、両手を総司の首に回すとぐっと顔を耳に近づけ小声で『おやすみ、総司。――黒揚羽招来――』とつぶやき唇を重ねた。すると、総司と煌妃を囲むように風が取り囲んだ。そして、遠くの方で鈴の音が1回、煌妃から発した光が沖田を包み込むと鐘の音がもう1回聞こえた。光が消えると、煌妃に体を預けるようにした沖田がすやすや眠っている。
「ごめんなさい、沖田さん。今の記憶をもらったわ。次目覚めたときには、歌姫が私ということ、一座との繋がりも忘れているわ。そしてー・・・颯太!沖田さんをお願い。」
颯太と呼ばれた大柄の青年は一礼をして煌妃の前に現れた。
「彼女を呼ぶために総司の歌姫に関する記憶と彼女が総司と闘いたいという想いを力に――。」
そう小さい声で願うように囁いた。
「御意。」
承諾の声と共に颯太は、沖田を軽々しく担ぐと、八木邸の方へと歩いていった。煌妃はそれが見えなくなるのを確認すると、近くにいるだろう人に声をかけた。
「杏。次の紅の月夜になれば、彼女が黒揚羽と共に来るでしょう。空也に報告を・・花に、彼女の護衛の任を申し渡す。言い伝えよ。・・・今日は、疲れた・・私は休むとしよう。」
「はい。」
煌妃は、悲しそうな顔で天に浮かぶ月を見上げて、息を吐くといつの間にか背後に立っていた杏に向かって笑顔を見せた。
「今夜は、月が綺麗だ。」
― 第一部【完】 ―




