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天には淡く輝く月が昇る頃――
松明が灯る境内に、心地よい笛の音と鼓の音が空気を揺らした。舞台の前には浪士組の錚々たるメンバが座っていた。もちろん、そこには煌妃の姿はない。『天魔はオレの忍です』発言から、煌妃は青い顔をして近藤や土方に何も告げず、その場を去り壬生寺に向かった。何を考えるわけでもなく、ただ放心状態のまま空也の指示と杏や花の行動に身を任せていた。そして、放心状態のまま秘薬を飲み、白狼に似た容姿に変化させた。つまり、銀糸の腰まである長い髪と黒い瞳――。舞台の準備が整うと鈴の音を鳴らし、目を閉じたまま空也に支えられるように舞台に上がった。その姿は、まるで血が通っていない人形のようである。空也が右手を挙げると、それが合図のように澄んだ笛の音が聞こえた。煌妃は、そうしないといけないと思うぐらいゆっくりと目を開いて笛の音に合わせて歌い出した。その声は、まるで桃源郷にいるような心地よさと不思議な声質で神秘さを感じさせるように。
ゆらり
ゆらり
散る花びらに
強き想い重ね
誠の心
ゆるがなく
――チリンチリン――
ゆらり
ゆらり
てふ舞う夢は
泡沫のごとき
淡き想い出
――チリンチリン――
アナタへ
届けて欲しい
この唄を
永久へと祈る
この幸せを
今
ここに生きるという
証をたてよう
愛しきキミの為に
煌妃は、ゆっくり両手を挙げると扇をゆっくりと開く。そして、蝶が舞うようにひらひらと上下に扇を動かした。幾重にも重なった絹の着物裾が蝶の羽のようにふわりふわりと舞う。その姿は、誰がみても幻想的だったと口を揃えるだろう。そして、歌の途中で奏でるチリンチリンという可愛い鈴の音がより一層、幻想さを際立たせていた。松明の炎がゆらゆらと煌妃の虚ろな瞳の中で揺らめく。もう一つ扇を袖からだして、今度は片手で勢いよく開くと煌妃は、再び唄を奏でた。
煌妃は1人の少女にこの世界の運命を託すことを決意した。“妖刀・黒揚羽”、その名がこの物語の始まりだった。幾度となく時代を渡って修正し、多くの血を流してきた。失った記憶を求め、何度も回帰する。ただ本来の"初め"に戻る勇気さえないのに――。
全てを包み込む風
永遠にとまることなく
生き続けるアナタへの想い
いつか終わりが来てしまうのだろうか
幾千年もの想いを
はるか遠くの記憶を
アナタへと伝えよう
風に乗せて
――チリンチリン――
アナタへの言の葉は
清き水の流れる音
アナタへの想いは
大地のように暖かく
舞を舞っている煌妃のまわりから円状に淡い光が放ち、煌妃を包み込んだ。なぜかそれはごく自然で誰も気には留めなかった。
今の自分では、未来への扉を開くことしかできない。幸せに暮らしているだろう彼女を、再び巻き込んでしまう。それは、運命だと言ってしまえばあまりにも残酷すぎるが、もう、会わないと決めていたのにと思っていても世界はそれを許してくれないらしい。また、何度目かの物語が紡がれる。
全てを包み込む風
古より紡ぎし物語
はるか彼方の夢の記憶
この身が果てても残すことは出来るのだろうか
幾千年もの想いを
はるか遠くの記憶を
アナタと共に刻もう
風の記憶に
――チリンチリン――
笛の音が奏で終わると同時に煌妃は、両手を天にかざし、上に羽織っていた薄い桜色のベールをふわりと床に落とした。小さくなにか言葉を発すると静かに瞳を閉じたまま動かなくなった。ここにいる誰もが時間を忘れるぐらい、目を離すことはできなかった。離してはいけない、そんな空気があったのだ。しばらくして、その場にいた者たちの意識が戻って気づいたときには煌妃はただの人形のように振る舞っていた。そこに居る者の表情は、まだ夢の中にいるみたいにぼーっとしていた。その中でも沖田は眉間にしわを寄せながら首をかしげていた。何とも言えない、これはバレたのかもとドキドキしていた。そんなことを思っているとは露知らず、空也はそっと煌妃を抱き上げると舞台裏へと連れて行った。




