27
土方の用事がどんなものか考えながら、八木邸内へ足を運んだ。気持ちの問題なのかも知れないが、足が少し重く感じる。また、シリアスな雰囲気は避けたいところだ。あの空気を作るのは神経と体力を消耗する。はぁっと溜息をつきながら、この前案内された部屋の前に立つ。
「天城です、失礼します。」
「入れ。」
ガラッと戸を開けた瞬間、煌妃は目を見開き戸に手をかけたまま固まってしまった。皮肉にもその反応は顔に大きく出てしまう。そこには、先ほど壬生寺にいたはずの杏と花、そして空也が近藤と土方の向かい側に座っていた。
「なっ!」
「天城くん。こっちに来て座りなさい。」
「あっ・・ハイ。えーっと、どういったご用件で?」
「あぁ、その分だと大分よくなったようだね。彼らは、わざわざ挨拶に来てくださったんだよ。今回、浪士組が護衛をすることになった“天魔”の方々だ。」
会津のお殿様から大役を承ったこともあり、近藤はすごく嬉しそうな笑顔をしていた。その様子に、煌妃もつられて笑顔になりそうだったが、最後に言った“天魔”という言葉に眼光が鋭くなった。なぜなら、“天魔”とは空也の一族の名である。忍同士の争いを生まないため、普段はその名を明かすことはない。しかし、近藤がその名を知っていた。煌妃は、怒鳴りたい気持ちをグッと堪えて、近藤の面子を立てるように治療のお礼を改めて言うことにした。
「・・・先ほどは、治療をしていただきありがとうございます。」
「いえ、私どもの知識が役に立って良かった。我々こそ助けていただき感謝しております。」
この反応は、煌妃との関係を近藤たちに言ってないと思った。もし言っていれば、責任とか義務という言葉で片付けただろう。煌妃と空也の間に、一瞬緊張が走ったが、その空気に気づかない近藤は話を続けた。
「彼は、この若さで一座をまとめているらしい。」
「はぁ。」
「用というのは、今夜のキミの歓迎会をしようと話していてね。その時に空也殿たちがお礼に芸を見せてくれるとおっしゃってくれてね。ついでとはいけないのだろうけど、キミもお世話になっただろうし、この件をキミに任せようと思って来てもらったんだよ。」
その言葉に、煌妃は目を見開いて沈黙した。一座たちの芸は煌妃を中心として構成している。もし、煌妃が近藤たちと一緒に観客席に居なければ、怪しまれてしまう。煌妃は、目線を斜め右下に向け一度目を閉じると、ギュッと強くつぶった。そして、覚悟を決めたように再び開き空也を睨み付けた。
空也、お前がそういうつもりなら私にも考えがある。
「天城!!」
土方が眉間にしわを寄せて煌妃を睨む。土方さんが言いたいことはわかっている。しかし、そう易々と空也の思惑通りに動くわけには行かない。これは空也から仕掛けてきたんだ。だから、引けない。煌妃は、鋭く冷たい瞳で空也たちを見ると深呼吸をして深いため息のように息を吐いた。
【どういうつもりだ。空也。】
煌妃は、天魔一族の専用の言語で話しかけた。もちろん、近藤と土方は何を話しているか分からないだろう。驚いた表情で煌妃を見ている。
【・・珍しく誘いに乗ってくれたね、姫様。姫様、僕はこの2人・・浪士組が気にくわない。どうして、契約を結ぶ?なぜ、姫様が進んで血を流さねばならいのか?事は一刻を争うとき。こんなところで足踏みしているわけにはいかないでしょう。】
間入れず煌妃が返すはずの言葉を杏が返した。
【血鬼を倒すため?・・残念なことに、もう血鬼は姫様への耐性はついておいでです。新たな策を練らねばなりません。】
「えっ!」
煌妃は、杏が言った言葉に動揺して、普通の言葉を発してしまった。
「何を話している。天城!」
【さっき、杏に渡した報告書の他に伝えることがあります。僕は、ここに来る前に確認した。“龍水”を血鬼にかけても怯みさえしなかった。ということは、ここの世界の血鬼を倒すためには元を断つか“妖刀・黒揚羽”を使える者を探すしかない。】
「・・そんな。【今からすぐ迎えに・・。】」
【でも、姫様はここから離れられない。】
「【杏の言う通りよ。・・呼ぶしかないの?契約が気に入らなくとも、この世界の住人を未来から呼ぶには少なくとも此処のつながりがなければ・・】どうして、どうしてなの!私じゃ・・倒せないなんて・・。」
胸の動機が段々早くなる。全身から嫌な汗と震えが襲ってきた。泣いてはいけない、と思っていても自然と涙が目に溜まっていく。それは、悔しさよりも脱力感の方が優っていたと思う。あまりの衝撃で、少し混乱してきた。涙を一杯に溜めた瞳は、驚きではなく信じられないという輝きを放っていた。心臓が痛い。痛い、痛い。苦しいーー。
「おい、天城!」
土方の声に反応できずにいた煌妃を、助けるように空也の声が聞こえた。
「ご無礼を。あとで、全てを彼女からお聞き下さい。我々は、これ以上は話せません。」
「近藤さん、土方さん・・詳しいことはまだ、話せません。ごめんなさい。でも、一つだけ。天魔は、私の忍びです。」
そう言い放った煌妃の表情は、涙を堪えて今にも消えそうなほど儚かった。




