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「まだ、この国の中心が平安と呼ばれている時代――妖が京に渦巻いていた頃、人の心にある憎しみ・恐怖が現実になる時代だった。ある陰陽師のおかげで、妖の力が弱まり今世はめったに現実に見ることはなくなっています。しかしその幸せも束の間、陰陽師を恨む者が陰陽師の命をいろんな手段で狙い--・・・命を奪った。そしてアイツが生まれた。アイツは人を悪にする。人の血を好み、力とする。それを私たちは“血鬼”と呼んでいます。」
舞台の台本を読んでいるかのように、煌妃は坦々と話を進めていった。相手が理解しようかなかろうか、話は進めなければならない。血鬼が生まれたわけとその対の位置に居る煌妃の存在を――。だがしかし、最も真実に迫る重要なことは明かされることはない。だから、土方にはもう一つの意味を教える。
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調停者とは、自然の理の均衡を保つ者。
調停者が中立にたった全ての出来事は歴史に残らず、
残そうと思えば生死問わず自然により抹消される。
また、森羅万象の王である龍の末裔とされている。
調停者を手に入れたものは、
天下を左右する者なり――。
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「私と忍の一族は一心同体でも別モノです。私の言葉は絶対、そして忍にとって唯一無二の存在。裏を返せば、"調停者"を守るため、理を曲げようとするならば――。」
「忍の奴らが手を下すのか・・外道だな。」
「なんとでも。」
「つまり、お前と契約すると、忍の一族が手にはいるって訳だな。でも、お前の命が危険にさらされると契約者の命が危なくなる。」
これだけでここまで解釈できる者は正直、初めてだった。これまでに幾人もの者たちと契約を結んできたが、そいつらのほとんどは、"力"と"欲"のおかげでもうほとんどがこの世に居ない。煌妃は胸に湧き上がってきた感情にホッとしていた。
「そう、私が忍と契約者の中間役ってことになります。契約成立の証拠として、私のここにその人にあった印が刻まれることになっています。」
煌妃は、ゆっくりと鎖骨の中心部分を指さした。一瞬、煌妃は目を伏せたが、すぐに気を取り直して挑戦的な瞳で土方に聞いた。
「・・・で、どうします?」
「契約しなかった場合どうするんだ。」
今までにない切り返しに、煌妃は首を傾げた。元契約者たちは、この話を聞いて煌妃を手放すことはしなかった。その結果どうなろうとも。ましてや、契約しない場合など聞くはずがない。だって、使い方次第では国をも手に入れられるほどの力を得るのだから。そんな土方に、煌妃はクスリっと笑みをこぼした。
「ホント、アナタには敵わないな。そうね、契約しなかった場合は、予定通り記憶を消して私に出会う前に戻すわ。それか・・・南の方にでも行こうかなぁ。血鬼を退治できれば、どっちでも良いし。言っておくけど、もし契約しないという選択をしたとき、血鬼のせいで重要な誰かが死んであなたたちの夢が失敗に終わるのを知っても私は助けないからね。」
「記憶を消す?どういうことだ。」
「そのままの意味。私に会ったこと、それが全て無かったことなるってこと。そして、昨夜亡くなった者の存在した証も全て――。だって、ここに関係ない人の死体があるって不思議でしょ?」
「お前っ「言いたいことは分かるけど、そうするしかないのよ!」」
「そうするしか・・」と消え入りそうな声で煌妃は言った。それに何か察したのか土方は、眉間に寄せた皺を一層深くした。しかしそれとは反対に「そんな表情をしても・・・」と煌妃は柔らかい表情を浮かべて胸に手をあてた。
「・・・血鬼と言う化け物がオレらを襲うとはかぎらねぇーだろ。」
「いいえ、必ずまたここに来る。血鬼は、時の流れの中心にいる者を好む。今は、まだかもしれないけど必ず浪士組は時代の中心になる。昨夜の血鬼は、おとなしい方よ。人を喰ったのは昨日が初めてだろう。4日前は、村を一つ消した。それに、中心にいる者の血は、相当美味しいらしい。"欲"がアイツらの好物でもあるから。」
胸に当てていた手が自然と着物を握った。手に伝わる鼓動と同じ速さで震える手に、煌妃は驚きと戸惑いでいっぱいになったが、土方から目をそらすわけにはいかなかった。
何を怖がっているというの?
「そんなに契約をしたいのか?」
「えっ?」
完璧に予想外なことを聞かれて、頭が真っ白になった。そんな状態になっているのも知らない土方が煌妃の表情を見ると声を上げて笑い出した。
何がおかしいのだろうか。いや、まったくもって面白くはない。ってか失礼だろ。なんか、振り回されている気がする。
「あっははは。お前、本当に面白いな。・・・しかし、契約問わず無事ここから逃げられると思っているのか?」
土方のいけすかない高笑いが、煌妃の頬をひきつらせる。「このまま、長州側についてやろうか」そう、毒を吐いてやろうかと思った。しかし、だ。お互いの利害を考えると、長州の奴らに戦力を渡すよりはいいと思っているに違いない。
「あれだね。ホント、最悪最低な男。」
悪態をつきながら様子を見る。「こいつ、何を考えているんだ」と土方の真意を探ろうと目を細めた。絶対、長州の奴らに戦力を渡すよりはいいとか思っているに違いない。こういう男を見ると、腹が立ってくる。この性格は、絶対自分の性格と絶対合わない。いや、合いたくもない。ムキになってでも一泡吹かせてやろうと決意する。
煌妃は背筋をピンッと伸ばし、姿勢を正した。そして、発した言葉は、相手を見下したような言い方で、そういう言い方でしか言えないのが、煌妃の欠点でもある。
「言わせてもらうけど、私を誰だと思ってるの。私たちが、佐幕派につこうが倒幕派につこうがそれ相当な力を持っているから、中立な立場をかって出てるんじゃない。私たちの手にかかればあなたたちなんて簡単につぶれるの。あなたたちなんてちっぽけなモノなのよ。それを、あなたたちについてあげましょうか?って言ってるの。」
息継ぎなしで言い切った煌妃は、少し頬を赤く染め肩を上下に動いていた。しばらく間、沈黙が続いた。それとなくチラチラと土方の出方を伺っていた煌妃だが、何も言い返してこないので話を続けることにした。




