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第1話 私が代役!?


 叔父から腰を壊したと連絡がきたのは、二週間ほど前のことだ。

 梅雨が明けたくらい。

 カラっとした暑い日差しが外を照らしている中、その電話はかかってきた。


「と、いうわけなんだよ、陽奈(ひな)。しばらく店番を頼めないかなあ」


 叔父の申し訳なさそうな声が電話越しに伝わってくる。

 温厚な性格の叔父だ。

 きっと電話の向こうでは、ぺこりと頭を下げているに違いない。


 ──店番、ねえ……。


 私はすぐに答えが出せなかった。


「ちゃんとレシピはあるから、その通りに作れば陽奈なら絶対大丈夫だよ。そんなに難しいメニューはないし」


 叔父は沈黙を作らないように──というか、私に断る隙を与えないように、間髪を入れずそう続けた。

 

 叔父は小さな洋食店を営んでいる。

 そこそこ評判のお店で、常連客も多いらしい。

 もともと腕利きのシェフがいたらしいのだけれど、その人は一年前に亡くなってしまったと聞いた。

 それ以来、叔父がまた一人で切り盛りしていたお店である。

 

 だがその叔父も腰を壊してしまい、長期休業しようか悩んでいるところだという。

 それでもやっぱり常連客がいて愛着もあるお店を長い期間閉めたくないと、大学の料理研究会に入っている私に白羽の矢が立ったというわけだ。


 ──期待してくれるのはありがたいけど……。


 接客なら飲食店のバイトで経験があるし、料理だってはっきり言って人並み以上にできる。

 でもさすがに、いきなり店に立てと言われて「はい、わかりました」なんて即答できるほどの自信はない。


「とりあえず、店を開けるのは八月に入ってからでどうかな。すぐには難しいだろうから一週間くらい準備期間をとって、その間はうちのキッチンを自由に使ってくれていいからさ」


 叔父の提案はわりと現実的だった。

 すらすらと並べた言葉の中に、叔父の後ろめたさを感じる。

 おそらく何度もこの電話のシミュレーションをしたのだろう。

 そう思うと、少しだけ気持ちが揺らいだ。


「お給料は、うんと弾むよ。腰が治るまでの数ヶ月だけ、お願いできないかな」


 ここぞとばかりに懇願(こんがん)するような声色になった。


「んー……わかった。ちょうどバイトも辞めたところだし、いいよ」


『お給料を弾む』の一言に乗せられた、なんて言ったら現金すぎるかもしれない。

 けれど実際、もうすぐ迎える夏休みはこれといった予定もなかったし、期間限定という条件も悪くはない。

 なりより、人に料理を振る舞えるのはちょっと楽しみでもあった。


 私の返答を聞いた叔父は大喜びし、それからトントン拍子に話を進めていった。


 ──叔父さんのお店かあ。行くの久々だな。


 電話を切った私はクーラーの効いた部屋で寝転びながら、呑気にそんなことを思っていた。


 ⁂


 電話を受けた一週間後。

 私は大学の帰りに叔父の洋食店へと足を運んでいた。

 電車に乗って三十分、さらに駅から歩いて十五分くらいの場所にあるそれは、心なしか記憶よりも小さく見えた。


 ──とりあえず、鍵を開けてっと……。


 叔父が電話のあとすぐに送ってくれた鍵を差し込むと、少し()びた音を立てながら扉がガチャリと開いた。


「おじゃましまーす……」


 そろりと半身を滑り込ませ、店内を覗き見る。

 当たり前だが誰の気配もしない。

 しんとした空気が漂っている。

 だがそう感じたのも束の間、すぐにむわっとした暑さが肌にまとわりついた。


「……あっつーい! エアコン、エアコン!」

 

 夕暮れ前の店内は、一日分の熱気を閉じ込めたようだった。



 涼しくなった店内を私は改めて見回した。

 カウンター席が五つに、四人がけのテーブル席が二つ。

「こじんまり」という言葉がぴったりだと思いながらも、店内は綺麗に整頓、掃除がされている。

 いかに叔父がこの店を大切にしてきたか、それを肌で感じた。

 

「……さて! 頑張りますかね!」


 気合を入れ直すように深く息を吐き出す。

 

 叔父が守ってきたお店、味、お客さんたち。

 その全部を、私は「頼む」と託されたのだ。

 

 おそらくこれは叔父の一世一代のお願い。

 それを適当にやってしまうのは、みんなを裏切ることになる。

 それに私だって、いち料理好きとしてのプライドがあるのだ。

 やるからには、しっかりと成し遂げたかった。

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