第12話 誕生日なので
早いもので、夏休みも折り返しを迎えた。
今日はお店もお休みで、同じ料理研究会に入っている友達と三人でファミレスに来ていた。
ひとりは何でもサバサバ言い切るタイプの楓花。
前下がりのボブは「ロングに飽きたから」と夏休み前にバッサリ切ったものだ。
私は今の髪型のほうが楓花っぽくて似合っていると思っている。
料理の腕は確かだし、性格も相まって、みんなの頼れるお姉さん的存在の子。
もうひとりは、昴。
誰とでもすぐに打ち解けられる気さくな男子。
ちょっとお調子者だけど嫌味がなくて、なんだかんだで場を和ませてくれるタイプだ。
「はあーっ、涼し〜! もう外暑すぎて限界だわ!」
ファミレスに入るなり昴が茹だった声を上げた。
外はじりじりと照りつける日差しが強かったけど、店内は冷房が効いていて思わずふぅと息がもれる。
そこからは、「毎日暑いね」とか「何してる?」とか、そんな他愛もない話題で盛り上がった。
友達とこうして集まって話すのも久しぶりだ。
ご飯を食べ終えてしばらく経ったころ。
楓花がくるくるとストローを回しながら、私のほうを見た。
「そういえば陽奈、おじさんのお店ひとりでやってるって言ってたじゃん。大変じゃない?」
心配してくれるような声音だったけど、楓花らしい率直さも混じっていた。
「大変だけど、楽しいし勉強になるし、イヤじゃないかな」
私は素直な気持ちで答えた。
だけどその気持ち以上に、あの店に行くのが楽しみな理由がちゃんとある。
──それに、龍之介さんがいるから。
彼の存在が、どれだけ支えになっているか。
彼に会えるのが、どれだけ嬉しいことか。
もし龍之介さんがいなかったら。
私は最初の数日で「もうやめたい」なんて叔父に弱音を吐いていたかもしれない。
「陽奈は頑張り屋だからなあ、俺にはムリだわ」
昴がジュースを一口飲みながら肩をすくめて笑った。
「昴には忍耐力が足りないからね」
すかさず楓花が突っ込む。
「うるせーな」
拗ねたように言いながらも昴の顔には笑みが浮かんでいた。
それがなんだか可笑しくて、私もつられるように笑ってしまう。
──ほんと、こういうの久々だなあ。
目の前に座っている二人を見ているだけで自然と気持ちがほころんでいく。
友達と交わす何気ない会話の楽しさを改めて感じた。
「そういえば、陽奈もうすぐ誕生日じゃん。当日も働くの?」
楓花が思い出したように言う。
「まさか、働いたりしないよね?」という冗談めいた色が見える。
でもその言葉の奥にちょっとだけ気遣いが混じっていて、そこが楓花っぽいなと思った。
私の誕生日は八月二十四日。
毎年、夏休みのまっただ中にやってくる。
だから昔からクラスで祝ってもらう機会もあまりなかった。
「うん、働くよ」
迷いなくそう答えられた自分に、ちょっとだけ驚いた。
「マジ!? 二十歳の誕生日なのに働くのかよ」
「さすがに真面目すぎるって」
二人とも「信じられない」といった様子で私の顔をまじまじと見つめてくる。
──たしかに、そうだよね。
楓花と昴の反応はもっともで、私自身、普段なら絶対に誕生日に働いたりなんてしない。
ましてや二十歳の誕生日。
人生で一度きりの節目の日。
だけど、それでもお店に行こうと思えた理由は、やっぱり龍之介さんがあそこにいるからだ。
「じゃあさ、営業終わったら陽奈のお店でパーティーしようよ!」
楓花が唐突にそんなことを言い出して、私はたまらず目を瞬かせた。
「いいな、それ!」
「でしょ!? ケーキ買ってくからね!」
「あと、酒な! 二十歳なら飲まなきゃだろ!」
昴もすぐに賛同して、一気にテーブルが賑やかになっていく。
私は笑いながらも少しだけ戸惑っていた。
──龍之介さん、迷惑に思わないかな……。
そんな不安が頭の隅をかすめていたからだ。
「初めての酒だろ? なら、やっぱビールか」
「えー、初めてならカクテル系とか低アルコールじゃないの?」
「俺、初めて飲んだのビールだったぜ」
「昴はそれでいいかもだけど、陽奈は女の子なんだからさあ」
断る隙がないくらい二人の会話はどんどん弾んでいく。
だけど、誕生日を祝ってくれる気持ちは本当に嬉しかった。
いい友達に恵まれたなと、少しずつ胸の内が浮き立っていく。
「で、何時ごろならお店に行っても大丈夫?」
楓花がぱっと明るい笑顔を向けてきた。
隣の昴も、子どもみたいに目を輝かせながら私の返事を待っている。
龍之介さんに迷惑がかからないか不安もあったけれど、どうしても断れそうになかった。
「んー……、十七時過ぎくらいなら大丈夫だと思う」
締め作業やひと息つく時間を逆算しながら私はそう答えた。
「じゃあ十七時半な! その時間に行くわ!」
「決まりね! 陽奈も大変だと思うけど、パーティーまで頑張ってね」
弾んだ二人の声に自然と笑みがこぼれる。
「うん、ありがとう。楽しみにしてる!」
誕生日当日のことを思い浮かべただけで心が明るくなった。
大切な友達がいて、龍之介さんもいてくれる。
そう思うと、また明日から頑張れる気がした。
⁂
「というわけでして、当日はご迷惑をおかけするかもしれません」
次の日。
営業後、締め作業を終えたタイミングで私は龍之介さんに「すみません」と頭を下げた。
どんな反応が返ってくるのか不安で、少しだけ間を置いて顔を上げる。
「いいんじゃないか」
あっさりとした声が返ってきた。
迷惑とか面倒とかそういう感じじゃなくて、快く受け入れてくれたような声色。
ちょっとだけ拍子抜けしたけれど、安堵感からどっと肩の力が抜けていく。
「……大丈夫でした?」
改めて確認するように私はおずおずと尋ねる。
すると龍之介さんは、わずかに表情をゆるめた。
「俺は気にしない。賑やかな場には慣れているしな。それよりお前、明後日誕生日だったのか?」
「はい、二十歳になります」
「なにも、そんな日に働くことはないだろう。休めばいいものを」
呆れとも違う、どこか諦め混じりのため息をつきながら龍之介さんは腕を組む。
けれど、その声には気遣うようなあたたかみがあった。
「いいんです! 私、この店で働くの好きですから!」
即答した自分に自分で少し笑ってしまう。
でも、それは本心だった。
まだたったの半月だけど、この場所は私にとってかけがけのない場所になっている。
胸を張っていると、龍之介さんも私と同じように少し笑っていた。
「相変わらず、変わり者だな」
そう言って微笑んだ顔に心臓がどくんと跳ねる。
料理に対する真剣な表情とのギャップ、まさに反則級だ。
──ほんと、ずるい……。
頬がわずかに火照っていくのを感じながら、私は視線を逸らすようにして肩をすくめる。
すると、ぽつりと龍之介さんが提案するような口調で言った。
「なら、次の日は休みにしたほうがいいな」
「え、どうしてですか?」
首を傾げながら問い返すと、龍之介さんは当然のように続けた。
「どうせ、酒でも飲むんだろう? 翌日しんどくなるのが目に見えている」
大人の余裕とでもいうか、何もかも見透かされているような視線がこちらに向けられる。
「そんなことには……ならないと思います! それにそんな勝手な理由、なんだがちょっと気が引けますし」
私は慌てて首を振ってみせた。
そんなの浮かれすぎてて子どもっぽすぎる。
なりより、龍之介さんの前ではちゃんとしていたかった。
「ここ半月、お前はひとりで頑張ってきた。誕生日の次の日くらい休んだって、バチは当たらないだろう」
ちょっと背伸びした私の言葉を、龍之介さんはやんわりと受け止めてくれた。
頭をそっと撫でてくれるような、そんな優しさ。
しかも「幽霊の俺が言うんだから間違いない」なんて、ちょっとおどけたように笑っている。
そんなふうにふざける龍之介さんは珍しくて、気がつけば私も自然とその言葉に乗っていた。
「じゃあ……、お言葉に甘えて」
「ああ、たくさん祝ってもらえ」
そう言った龍之介さんの顔は──どうしてか、切ない笑顔のように見えた。




