First Taste
「面取りが甘い。じゃがいもが煮崩れしてる」
突如、背後から聞き慣れない男性の声が聞こえた。
びくりと肩が跳ね上がる。
そして反射的に勢いよく振り返ったときには──彼はもう、そこにいた。
「誰!? ……ですか?」
私は驚きながら、食い入るようにその男性を見つめる。
記憶をだとってみたけれど、見覚えはなかった。
だけど彼の立ち振る舞いは毅然としていて、不審者とも思えない。
白を基調としたコックコートに、足元まであるロングのサロン。
そして、少し長めの黒髪はきっちりと後ろで一つにまとめられている。
歳は自分より上の、二十半ばくらいだろうか。
鋭い目つきなのに、顔が整ってるせいか怖さはあまり感じない。
むしろその鋭さが彼の端麗さを際立たせているようで、どこぞのモデルよりもカッコよく見えた。
「この店の、元シェフ」
そう言った男性は、めんどくさそうにため息をついて火のかかった鍋の前に立つ。
──元シェフ……? え、どういうこと?
こちらの戸惑いにかまわず、男性は煮込まれている鍋の中にスプーンを入れて、それを口へと運んだ。
「……味が濃すぎる。水と、赤ワインもちょっと足せ」
男性は淡々と告げる。
「え……、えっ? いや、えと……?」
「いいから。俺の店で、この味は出せない」
こちらの顔を睨むように一瞥して、ぴしゃりと言い切った。
──俺の、店……?
戸惑いと同時に、大きな違和感が襲ってくる。
──このお店のシェフって、叔父さん以外だと、たしか……。
叔父の話が事実であるならば、それは一人しか思い当たらない。
背筋にゾクっと冷たいものが走る。
認めたくはない。
けれど、それ以外に思いつくものがなかった。
「……あ、あなた……もしかして……幽霊、ですか?」
冗談と不安と恐怖。
自分でもわずかに声が震えているのがわかる。
「遅すぎる。やっと気づいたのか」
はっきりと即座に放たれた一言に、私は返す言葉を失った。