第一話 『いじめの始まり』
僕の顔は、どうしようもなく河童に似ている。中学一年生の春、クラスメートにそれを指摘されたのは、何気ない一言からだった。その日から、学校で僕の顔は、みんなの笑いの種になった。
「おい、カッパ!」
「カッパって、どうしたらあんな顔になるんだ?」
「顔、洗えよ。水溜りで遊んでたのか?」
彼らの笑い声は、僕の心を突き刺す。毎日、学校へ行くのが恐ろしかった。教室に入るたび、僕は目が合う度に笑われる。それが僕の日常だ。
僕の顔は、どうしてこんな風に生まれてきてしまったんだろう。鏡を見るたび、目の周りが膨れ上がっていて、鼻がつぶれ、あごは尖っている。どこからどう見ても、河童にしか見えない。どうしてこんなに恥ずかしい顔をしているんだろう。どうして普通の顔ができなかったのか。毎日、自分の顔を見ては、無力感に押し潰されそうになる。
僕が歩けば、後ろから「カッパ」だの、「水の中から出てきたのか?」だの、嫌味な声が聞こえる。冷たい視線が僕を追ってきて、クラスの隅で縮こまっているのが精一杯だった。僕はあまりにもそれが嫌で、最初は涙を堪えようとしたが、すぐに涙も枯れてしまった。
ある日の昼休み、僕は一人で校庭の隅にある池のほとりに座った。池の水面は静かで、時折風が吹いて水面がかすかに波打つ。太陽が高く照りつけ、空は澄んだ青色で、雲ひとつない。だけど、その青空がどこか冷たく感じる。池の水は、何もかもを飲み込んでしまいそうな深い色をしていた。白く光る水面に映る僕の顔は、まるで気味が悪いほどに不自然だった。
僕はその水面をじっと見つめる。水面に目を凝らすと、何かが反射していた。僕の顔が、ぼんやりと映っている。それが怖くて、思わず目を閉じた。けれど、目を開けると、また同じ顔が水面に映っている。目の中の傷、鼻の不自然な形、あごの尖り具合、すべてが僕の顔を河童にしているように感じる。
池の水が、いつの間にか足元に流れ込んで、足の指を冷たく包んだ。水のひんやりとした感触が足の裏をすり抜けていくのを感じる。水面にゆっくりと手を伸ばすと、冷たい水が指先を包んだ。水は静かで、あまりにも静かすぎて、僕の心がその冷たさに引き寄せられるようだった。
風がふと吹き、池の水面が波打った。水が僕の足元まで流れ込む。風の音が、まるで遠くから何かが迫ってくるような不気味さを感じさせる。少しだけ恐怖を感じたが、目を背けることはできなかった。水の中には、僕の顔が歪んで映っている。その顔をじっと見つめることで、少しでもその恐怖から逃げることができるのだろうか?
その時、池の中に一匹のカエルが飛び込んだ。水面が大きく波打ち、カエルは水中に消えていった。カエルの跳ねる音が、ひときわ大きく響いた。波が立ち、静けさが乱れた。水面には、カエルが飛び込んだ跡が残り、その跡はすぐに消えてしまった。
僕はその水面をじっと見つめていた。水の中に消えていったカエルを見届けるように、その波をじっと追いかける。だんだんと、その波が僕の心の中にまで染み渡ってくる。水に溶け込むことができれば、僕も今の自分から解放されるのだろうか。あのカエルのように、水の中で楽に生きられるのだろうか。
「…僕も、あのカエルみたいになれるのだろうか?」
その思いが頭をよぎる。今度は恐怖ではなく、少しの希望を抱きながら、その水面に手を差し伸べた。指先が冷たく水に触れると、心の中で何かが変わるような感覚があった。
池の水面に映る自分の顔。やっぱり、河童のように見える。けれどその顔が、だんだんと恐ろしいものに見えてきた。水に映った僕の顔は、まるで水の中から浮かび上がってきた怪物のように歪んでいた。
恐ろしさが、僕の中で膨れ上がる。その恐怖と同時に、次第にその恐怖が僕を支配していく。水の中に溶け込むことで、僕は自分の顔を消すことができるのか。どこまでも深い水の中で、顔を隠してしまえば、もう誰にも笑われることはない。誰にも嫌われることはない。
僕はそれを想像していた。その思いが、少しずつ僕の心を変えていった。水は、恐ろしいものだ。でも、それは今、僕にとっては安らぎのようなものになっていった。何かが、僕の中で変わり始めた。
教室の空気は、いつもどこか湿っていた。湿気が多いという意味じゃない。まるで水槽の中に閉じ込められたみたいな、じっとりとした視線と、冷たく濁った沈黙が漂っていた。
僕はいつも、一番後ろの窓際の席にいる。そこだけが、教室という水槽の中で外と繋がっているように感じられるから。でも、そこにも逃げ場なんてなかった。
僕の存在は、教室の中でただの「見せ物」だった。
「おーい、カッパ。今日も元気に浮いてるか?」
柿崎俊の声が、朝の静けさをぶち壊すように響く。笑いが、僕の背中に波のように押し寄せてきた。振り返らなくてもわかる。いつもの連中だ。
三輪瑛士が無言で水鉄砲を構えている。それが僕の机に放たれ、教科書がぐっしょり濡れる。ぬめっとした水音が、耳の奥にいつまでも残った。
「おい、カッパ。水好きだろ? もっと浴びろよ」
渡瀬駿介が笑いながら、ビニール袋に入った死んだメダカを僕の机に投げてきた。袋の中の水が広がって、メダカの死骸がぬるりと筆箱に触れた。
まわりのやつらは、見て見ぬふりをする。木原未来と長谷川琴音は、何も言わずにスマホをいじっていた。でも、視線だけは、確かに僕に突き刺さっていた。
誰も助けてくれない。
教師でさえ、柿崎には何も言わない。成績も良くて、親は教育委員会に顔が利くらしい。表では爽やかな優等生を演じながら、裏では僕の世界をじわじわ壊していく。
僕は濡れた教科書をそっと閉じた。
教室は、水槽だ。
逃げ場のない、無音の地獄。
何かを言おうとすると、口の中に水が入り込んでくるような感じがする。声が出ない。喉が詰まって、窒息しそうになる。だから黙ってる。
黙っていれば、いつか終わると思ってた。
でも、その"いつか"は、いくら待っても来なかった。
そして、僕は気づいてしまったんだ。
水槽の中で生き延びるには、魚じゃ足りない。
──怪物にならなきゃ、食われて終わるってことに。
【あとがき/R15レーティングに関するご案内と注意喚起】
本作『河童になった少年。いじめた奴らに死の制裁を』は、一部に過激な描写や精神的に重たいテーマを含んでおります。
グロテスクな表現や人間の狂気、暴力、いじめ、復讐といった題材が中心となるため、**R15相当(15歳未満の方の閲覧は非推奨)**の表現を含みます。
このレーティング設定は、近年のホラー映画やVOD作品における倫理基準を参考に、自主的に判断しております。
あくまで本作は、リアルで静かな狂気が少しずつ侵食していく現代ホラーとして執筆しており、読者の皆様にはその点をご理解いただいたうえでお楽しみいただけますと幸いです。
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