表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4



「お、俺、共犯じゃねぇからな。そこだけちゃんと覚えとけよな」


 粗暴な割に小心な千秋は、白目を剥く老婆の死に顔に少なからず怯えている様だ。


 ちょっと気合入れてやんなきゃ……


 彩音は、夜の交わりに誘う時と同じ要領で彼の頬を撫で、耳元へ甘く囁く。


「ねぇ、千秋、一蓮托生っての、知ってるかなぁ?」


「え?」


「ウフッ、あたしが捕まる時はね、あんた、地獄まで道連れにしちゃうって事」


「……マジ?」


 棒立ちになる千秋を促し、事件の発覚を遅らせる為、老婆を隠そうとした時、


「ごめん下さ~い。あの、お店、もうやってますかぁ?」


 未だに薄暗い店外から子供の澄んだ声が聞こえる。


「やべっ、客かよ!?」


 すがる眼差しで千秋は彩音を見た。


「落ち着きな。一人みたいだし、追い返せば良いじゃん」


「裏口から逃げた方が」


「車、表に止めっパなんだよ。置いて逃げたら、ソッコ~捕まる」


 顔面蒼白の千秋が頭を抱える内、又、外から焦れた声がする。


「あのぉ、中に入って良いですか?」


「あ、ちょっと待って下さ~い。今、お店を開ける準備してますから」


 似合わない猫撫で声で彩音は答え、その目配せで、千秋はトイレへ逃げ込む。


 問題なのは老婆の始末だ。


 店から死角になる仕切りの奥へ押込み、覆い隠す位置へスツールを動かして、その上へ腰を下ろしてみる。






 タイミングは、まさに間一髪だった。


「もう良い?」


 その声と同時に引き戸が開き、小学三年生くらいの少年が中を覗き込んでくる。


 白いキャップを被り、白の開襟シャツと半ズボン。クリッとした両の瞳で、ニッコリ笑う顔があどけなく見えた。


 可愛いが平凡だ。何処にでもいる顔。だからこその既視感。


 前に何処かで会った様な、そんな感覚が彩音の胸を微かによぎる。


「あ~、やっと見つけた。ここ、噂通りですね。早起きして良かった」


「噂?」


「ハイ、不思議な駄菓子屋の噂。お姉さん、知りませんか」


「……知らない」


「遅れてるなぁ。動画やアニメにもなってるのに」


 少年は目を輝かせ、店内を見回す。


 カウンターの奥を覗かれそうになり、彩音は言葉で牽制した。


「ンじゃ教えてよ、君が知ってる噂の事」


 少年は思案顔で立ち止まる。


 内心、彩音は安堵した。


 しかし、時折り背後から軋み音がし、そっちも気になって仕方ない。トイレに潜む千秋がドアを薄く開き、店の様子を伺っているらしい。






「この世にはね、運の悪い人しか辿り着けない駄菓子屋があるの」


 少年は屈託なく語り出した。


「霧の日の朝、メッチャ不運な人の前に真っ白い猫が現れ、不思議なお店へ連れて行く。そこには、運命を変える不思議なお菓子があるんだ」


「あ~、それ、ここと違うじゃん」


 彩音はすかさず言う。


「だってホラ、店にはうまいぼうとかラムネとか、今時、コンビニでも売ってる奴しかないもん」


「ん~、それはどうかなぁ?」


 少年は鼻歌交じりに、ガラス戸の手前まで行く。何をするかと思ったら、冷蔵庫を開き、中から飲み物の瓶を取り出した。


「……只のコーラじゃん」


「只の、じゃないよ。ラベルを良く見て」


「え? ヘクシコーラ?」


 悪戯っぽく笑った少年が、代金の硬貨を冷蔵庫の上に置き、一口飲む。


「ペプシでしょ? 字、間違ってるみたい」


「い~え、二文字違いが大違い。正確にはヘックシコーラ」


「はぁ?」


「飲んで少し経つと、成分が効いてきて」


 ヘックシ! 


 大きな身振りで少年がクシャミする。


「ホラ、ドリフがコントでやるクシャミ、アレにそっくりでしょ」


「はぁっ!?」


「このコーラを飲むと必ず変なくしゃみが出る。そして、どれほどツイてなくても、明るい気持ちになれるんだよ」


 確かに少年は清々しい表情を浮かべているが、彩音は内心白けていた。


 クシャミが不運からの逃げ道?


 バカバカしい。彩音もドリフは大好きだ。BSの再放送で見てハマった口だけど、それはそれ。


 ムショ行きかどうかの瀬戸際で、ガキの妄想ごっこに付き合っていられない。

 

 だが、追い出そうとする彩音の意図を、少年は強く拒絶した。


「今日、登校日でさ。学校へ行く途中に白猫を見つけて……追いかけるの、大変だったんだよ。お店に入れた時、どんなに嬉しかったか」


「でも、変なコーラ飲んで、気が済んだでしょ?」


「い~え、一度、店を出たら最後、もう二度とここへ来られないもん」


「それも噂の受け売り?」


「一生に一度しか入れない店なの。そして、店での行い次第じゃ、元の世界へ戻れなくなるかも知れない」


 呟く少年の表情は、そこはかとない憂いに満ちている。


「戻れなくても良いんだ、僕。いつもの毎日に飽き飽きしてたから、このお店、探したんだもん」


「つまり、君もツイてない口?」


 少年は無言で頷いた。


「学校で虐められてる、みたいな?」


「……僕がいなくたって、教室の誰も困らないのは確かだよ」


 少年の遠い眼差しは何処か大人びており、先程までのあどけなさが嘘の様だ。

 

 何処かで見た顔。改めて彩音は、そう感じた。


 何処だっけ? 何時だっけ?


 細部が思い出せず、苛立つ彩音の顔を、逆に少年が覗き込む。


「ねぇ、もしかして、お姉さんもそうだったんじゃない?」


「……どういう意味よ?」


「只、見てて、そんな気がしただけ」


 少年の開襟シャツが、ふと、白いワンピースを風に靡かせる幼い少女の姿と重なって見えた。


 あれは昔、彩音が着ていた服だ。


 面倒臭がりの母さんがまとめ買いし、勝手に着替えな、とプラスティックの衣装ケースへ押し込んだ品。


 だとすると……デジャブの正体は自ずと明らかになる。


 あの頃、狭いアパートへ取り残され、退屈紛れで覗く鏡の中の顔と、少年の面持ちは何処となく似ているのだ。


読んで頂き、ありがとうございます。


四話完結で次の三話目、かなりアレな話になると思います。

今からお詫びしておきます。

ごめんなさい!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] じわじわと来てます(^^;)
[良い点] 昨日から読ませていただいています。 なんと性根の腐った二人なのでしょう! そう、あの作品と似ているなと思っていたら、そうだったんですね(n*´ω`*n) 小学生はいったいどういう存在に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ