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死神だった俺は気づけば受肉している。
目の前には生まれてこのかた見たことのない荒野ってやつが広がっている。
赤っぽい土は乾燥してところどころひび割れている。
辺り一帯建物がないため、風が吹くと砂が巻き上がり、身体にぶつかってきた。せいぜい小石よりも小さいサイズのはずで、大した威力はないのに、それが断続的に続くとかなり堪える。特に剥き出しの顔へのダメージが積もる。
目の前をコロコロと乾燥した草の塊がいつくか転がっていく。
俺はなぜか死んだ高校生の頃の姿だ。
今となっては懐かしい、腹が冷えそうな短ランにやけにだぼだぼしたボンタンズボンに、はき古されてかかとのつぶれた黒い革靴だ。
完全にスリッパとしての役割しか果たせないだろう形状だ。
歩きにくいことこの上ないがこれがカッコよかったんだよなぁ。新品の靴を無理やり古く見せようとヤスリかけてみたり石ぶつけてみたり色々試したものだ。
ワイシャツの中にはカラーTシャツを着こんでいてワイシャツから真っ赤な色が透けている。
そこに死神の黒いフード付きのコートを着ていて、かなり風体が怪しい。
なんか頭良さそうに見えるからとセンター分けにしていた前髪が目に入りそうでうざったい。黒々とした髪は驚くほど量が多い。
死神に就いてからずっと骸骨だったから違和感がすごい。
持っていたはずの鎌は見当たらず、目の届く範囲にはない。危険物持ち込みは出来ない仕組みなのかもしれない。
サボテンに似たトゲトゲの植物があるが本当にサボテンなのかわからなかった。
目の前にはさっき連れて行こうとした男子高校生が、転がっている。
そういえばこいつも肉体がある。
交通事故でカチ割れたはずの頭も、怪我すらしていない。新しい肉体を手に入れたのか、回復させたのか……
こいつ……確か名前は……?
死亡リストを思い浮かべる。なんてことない名前だったはずだ。
「確か……楠木 理人」
口にして初めて声も生前のものになっていることに気づいた。あの渋い死神声が気に入っていたのでかなり残念だ。俺の地声は男にしてはちょっと高めで、あまり好きではない。
名前を呼ばれたことに反応したのか、いきなりぱちりと目を開けて目覚めた男子高校生は俺を見てすぐに「やっぱりオレの番だ!」ととち狂ったことを言い抱きついてくる。
上目遣いで、うるうるした目を向けられる。色素が薄いのか瞳は薄い茶色をしている。
さらさらした茶色い髪は男のくせにいい匂いがする。最近の男子高校生は身だしなみにも気を遣わなければいけないんだったか。
俺は楠少年の頭を片手で掴む。
あぁ、頭蓋骨が小さめだな、やっぱり最近の子は小顔なんだななどと観測する。
「ヤメロ」
素直に不快だ。
俺は番とかそういう概念のない時代の人間なんだよ。
ぶっとばすと喧嘩慣れしていないらしい楠木理人は簡単にふっとんだ。
別に俺も喧嘩に明け暮れたと言うほどグレではいないが、そこそこ喧嘩はした事があるし、死神の頃の感覚も残っている。
「もう……痛いよッ」
かなりの距離吹っ飛んだ挙句地面に顔を削られていたように見えたが、すぐに起き上がってくる楠木の意外な打たれ強さに気味の悪さを感じる。
かすり傷なく平気な顔で服についた砂をぱたぱた払っている。
空には見慣れない城が逆さまに建っている。
もしかしてここがさっきの女が言ってた異世界ってやつか?
俺は嫌な汗をかいた。
かなり遠いが町らしきものが小さく見えている。まずはそこで情報収集といくしかない。