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俺死神歴ウン十年!
上には上がいるからウン十年やっててもまだペーペーだけどそれなりにサマになってると思う。なにせ生きてた年数の何倍もの年月を死神という職業に捧げているからな。
この魂を刈るときの鎌を振る速度と角度は何度も練習しているし結構モノになってきてるんじゃないかって思ってる。
死神らしく黒いフード付きのやけに長いコートを羽織っている。
白い健康そのものの骨が黒い生地に生えてかなり悪そうに見えるのがいいところだ。
コートが風にたなびくとますますそのカッコよさが際立つ。
この生きていた時の美醜が反映されない骨の恰好を俺は気に入っている。
別に醜い顔ではなかったが、さほどかっこいい顔でもなかった自負がある。
今日はありがちな交通事故の現場で、男子高校生のお迎えに来た。
現場の交差点に到着すると、大型トラックは横転、トラックのタンクからガソリンが漏れ出してきている。
跳ね飛ばされたのか、男子高校生の姿はトラックからかなり離れた場所にあった。
うつぶせに倒れていて、頭から真新しい血をどくどくと流している。
トラックの運転手の方は息があるようで、横転した運転席から脱出しようと四苦八苦しているのが見えた。
こういうトラックと人の事故の時死亡率が高いのは当然人の方だ。
俺は現場から意識をそらし周りを見渡した。
俺が用事があるのは肉体の方ではなく、魂魄のほうだ。
街路樹の横で男子高校生と破廉恥な服を着た女が揉めてる……
男子高校生は今の普通によく見かけるフレザーを着ている。頭のよさそうな淡い色合いのブレザーだ。
子供向けアニメに出てきそうな人畜無害系イケメンだった。
女の方はというとここが南国かと錯覚するような、ホルターネックのこころもとない布で胸を支えている。下はかろうじて短パンを着ているけれどそれも太ももの大部分が露出しているもので、ひざ下まであるパレオのような布を腰に巻いているが、露出度に関して言えばあまり意味はない、ただのオシャレ布だろう。
うっすらと乳首らしき浮きが布越しに見えてしまっているのがまた破廉恥で、俺のないはずの心臓がどきどきしてしまう。
長い髪は日本人にはありえない色彩をしている。ピンクブロンド、といえばいいのか、女の子が小さいころに使って遊ぶ人形みたいなファンシーな金髪だ。
くっきりとした凹凸のある目鼻立ちと、唇のオレンジっぽい口紅がらやけに目につく。
誰だこのやたら露出の激しい女は……?
今日の迎えは一人の予定だから女の方は死なない。
「だからーオレ、異世界転生なんか望んでない」
俺はその声を聞いて急いで叫んでいる男子高校生を後ろに庇った。
「最近異世界転生とかいう甘い言葉で、魂をどこかに隠してる悪い奴ってのはお前か!」
声帯がなくても声は出る。なぜかおどろおどろしい声色になってしまうが仕方がない。
大きなカマを構えた俺にすごまれて女は慌てて逃げていく。
黄泉に行くべき魂を途中でかどかわしていく輩が最近頻発しているのだ。
さっきの南国女もそのたぐいだろう。
追い払えてよかったと胸をなでおろしながら「お迎えです」と言うと相手は目を丸くした。
こういう若い魂ってのは死んだっていうことを理解するまでに結構時間かかったりするのが普通だし今回もそうなのかもしれないな、などと思う。
「あ……っ……あ……」
男子高校生はぱくぱくと餌が欲しい恋のように口をしきりに動かしている。
なんだ、さっきの女になにかされたのかと顔を覗き込むと男子高校生は顔をカァーと赤らめた。
「アンタが……オレの番なんだな……!」
さっきも言ったが今の俺の姿は骨だ。
当然この男子高校生は俺の真っ白い頭蓋に向けて先ほどの言葉を言ったんだ。
素直に尊敬するしかない。
迎えに行く際のこの男のプロフィールはかなり平凡なものだと思っていたが、蓋を開けてみるとずいぶん変な男のようだ。
変な魂にはもうちょっとベテランの死神が迎えに行くのがセオリーなんだけどなぁ。
まいったなぁ。
それともこのぐらいなら許容範囲内ってことなのか。
「いや、番とかいう制度この世にないんで。死んだら肉体に付随するオメガとかアルファとか言うの無くなるから安心してください」
淀んだ死神らしい声で諭してやる。死んだばっかりで混乱してるんだろう。
「え、じゃぁこの気持ちは……?」
浮ついた顔のままで見つめられるが、そんなの関係ねぇ。
めんどうなやつはさっさと黄泉に送ってしまおう。
「はいじゃぁ着いてきてくださいね~」
魂を引っ張って、上へ昇る。
門に着く前に名前の確認だけはしておかないといけない。
止まって渡された回収死亡リストの名前を読み上げている時に、先ほどの女が近づいているのに気づかなかった俺はまんまと後ろから攻撃を受けてしまった。
びりびりと骨に響く電撃だった。
「ッ!」
脳みそはないのにぐわんぐわんと脳が揺れた感覚がする。
骨がぽろぽろと瓦解していく。
うわ、死神なのに殺されるのかよ、と怒りを覚えた。