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ワザマエの世界  作者: 鴉野 兄貴
革命はティータイムの前に
4/4

ワザマエの世界

 ふらふらと酒気の香り放ち、調子外れの歌を歌い、石畳を歩く男がいる。


「ジェイ。どこに行く」

「ああ、隊長さん」


 見たものは吹き出してしまうような変な顔をして、彼は振り返ると。


 唐突に、先程脚を引きずっていたなど見られないほどの俊足でかけてゆく。


「逃すな!」「御用だ」「神妙にしろ!」



 まず少年と言っていいジャンが捕縛警棒、我々の語彙で言えば『十手』を投げた。ロープのついた十手は違わずジェイと名乗っていた男の足元に絡み付かんとするも、すんでのところで飛ばれて逃す。


 退路を断つべく別のところについていたメイたちが飛び出して囲み、皆で刺股をかざし盾で囲み距離をとって縄を打つ。

 しかし、刺股の二つの股を握り逆に捻り隊員を転ばせ、縄を引きずりあるいは引きちぎって敵は抵抗する。


「隊長、抜刀許可を」

「ならん。奴は剣も銃も持っていない。抜刀も銃撃も許されない」


 ジェイの誰もが吹き出してしまいそうな、邪気のない笑みが醜く歪むが、次の隊長の言葉で彼は顔色を変えた。


「使えるならば、使ってみろ! 『覇王剣』とやらをな!」

「ッ!? 何故俺の正体がわかった!?」


「あら、尋問する手間が省けたわね。剣を抜きなさいアイザック。剣をとれば無敵の『はなみずき』を見せてあげるわ。あなたの『覇王剣』とどちらが強いか確かめてみなさいよ」


 噂に聞く『覇王剣』のアイザック。

 彼のスキルは剣から青い閃光の刃を放つという。

 それは彼の著作やジャーナリズムからよく知られている。



 しかし、論客である彼のスキルは『誰も見たことがない』。そして彼のスキルを見た、すなわち決闘を挑んだものの悉くは『全て死んでいる』。

 決闘には立会人が必要なはずだが、立会人を以前勤めた元騎士たちは前回の決闘や事故で亡くなっている。


 従者である少年は覇王剣のアイザックに雇われて間がない。

 つまり、覇王剣のアイザックなる男の顔を昔から把握している人間はいない。

 では、覇王剣アイザックとは何者か。



 ジェイという男は下町の人間にしてはやけに弁が立つので喧嘩ばかりしていた流れものだ。

 彼の身元は知人である工員マックが証明してくれている。



 しかしマックも言っていた。『人が変わったみたいだぞ』と。

 ガブロが前に言っていた。『スキルの効果は同意すれば使い手が解除したり死んでも解除されずに血肉となる』。



 顔が潰されていた男の指紋を調べた。

 そう、最近の捜査には指紋捜査が導入されている。

 もっとも確証性が極めて乏しい。

 指紋捜査員の主観的リスクが極めて高い捜査とされているのである。

 それでも、前に喧嘩をして採取された指紋ではなかった。明らかに形が違いすぎる。



 本来のジェイの指紋は波型だ。

 渦巻きのような、それも左巻きではない。


 アイザックの遺品を調べるのは比較的簡単である。

 彼は文筆家だ。指紋など取り放題といえる。

 その指紋は左巻きだった。



「ミナト! 『絶対剣を抜くな』! 他の奴らも剣に、いやカミソリ一本たりとも刃物に触れるんじゃない!」


「どういうこ……」

 ミナトはすでに剣に手をかけていた。いつでも抜刀できるように。

 そして、ジェイは小さな、ナイフとも呼べないカミソリの刃を『腹に当てていた』ことに誰が気づいていただろうか。


 異変が起きたのはすぐだった。

「えっえっ。なにこれ」



 青ざめるミナト。

 彼女の意思に反して、剣が抜かれていく。

「やだっ。トライス兄ぃ……助け」

 他の隊員たちが駆け寄るも、『はなみずき』は『剣を取る限り無敵』だ。


 血風の中、隊長は副隊長に向かって走る。剣を剣帯ごと副隊長に向けてうち捨て、ランタンシールドを煌めかせて十手を握って。



 剣は鞘ごと斬られる。

 彼の目の前で、ミナトは、副隊長は己の腹に剣を突き立てんとする。



「ミナトぉ!」

 なんとか腹と剣の間に外したランタンシールドを挟むも、敵に背を向けた形になった。

 連携の崩れた、無能力者ばかりの隊にとって、まして未知の能力者が敵ならば致命的な失態である。


 ミナトの剣の台尻が彼の顎にとんでくるも、かろうじてかわす。



「やはり。『覇王剣』なんてスキルは存在しない。

 ジェイ。いやアイザック!

 貴様のスキルは……『ハラキリ』だ!」

「ゴメイサツ。結構なワザマエ」



 ジェイ、いやアイザックは嗤う。


「自殺を促す我が無敵のスキル、『ハラキリ』のオテマエに勝てるとは思うなよ『無能』ども」



『アイザックは腹を自ら切った』

『一緒にいた魔導士はアイザックに惨殺された』


 この証言なら魔導士に猿轡がされていた状況証拠からして『アイザックは魔導士を惨殺してから自ら腹を斬った』と判断できる。


 しかし、現場に残された死骸ではアイザックと見られる男は薬を嗅がされた上で喉を後ろから裂かれ、顔がわからぬほどに顔を潰されている。


 魔導士も猿轡をかまされて殺されている。


『アイザックが、腹を斬ったら能力が発動した』


 可能性だ。確証ではない。

 だからミナトには告げなかった。

 子供に冤罪が向かないのは良いと捜査どころか尋問にまで出しゃばるミカが呟いた時不審に思った。


 だが、敵が自ら明かしたように自殺を促すスキルならば全て説明がつく。


 少年は『腹を殴られていた』のに敵の顔を覚えていない。

 もし、彼が『自殺スキルを発動された』のでなければ、本来ありえない。

 やはり、自ら、死ぬほどの打撃を己に放ち、尚且つそのことに自覚なきまま気絶したとしか考えられない。



 知人の『変顔』で顔を変え、『自分を殺し』、なんらかの形で潜伏して友人の魔導士を殺す。


 被害者たちはなぜ殺されたのか。 


 決闘は立会人が必要だが、公平を必要とする。

 当然、中立な人物だけが立会人を務める。


 あるいは一方的に決闘を挑まれた側が立会人を指定して決闘ができる。

 おそらくアイザックは筆名であり、その正体は『ハラキリ』の男、ミカワとかいう名前のものである。


 決闘で姿を見た立会人たちを殺せば、文筆家アイザックの顔を知るものはもはやない。

 そして、最後の立会人を勤めた一人も先日の事件で亡くなった。


「死ね」


 ジェイ、いやアイザックがカミソリの刃を己の腹に向ける。



「扇腹かえ?! 腹を斬って死ねずは苦しかろう! カイシャクいたす!」



 咄嗟に機転を効かせたメイが叫ぶ。

 スキルの在り方を問われ答えられなかったアイザックの動きが止まる。


 恐怖に見開かれる彼の目には渾身の力で刺股をたたき落とすメイの姿が映った。



「ジム! タナトス! しっかりしろ! 死ぬな!」

「トライス兄さん……わたしなんてことを」


 震える妹分を抱きしめ彼は慰める。


「隊長である俺の判断ミスだ。ミナトのせいではない」

 恐るべきオテマエ。そしてミナトの『はなみずき』との相性は最悪と言って良かった。


 隊長トライスはあの時ミナトに『手話』を試みた。

 その手話に応じさせられた彼女の剣は手放された。


 彼女の能力は『剣をとれば無敵』だが、翻せば『剣を持たなければただ強い娘』に過ぎない。トライスもまた結構なオテマエを成した。


 兵士たちは男からカミソリを取り上げてると共に、自分たちの剣に刃物に直接触れないように注意しつつ、気絶した男を拘束する。


 ジムもタナトスも致命傷ではない。


 ミナトの『剣をとれば無敵』は『必ず殺す』に在らず。彼女の剣は『神武不殺』の治世を表す。


 要するに戦闘力を奪いつつも、後遺症が一切残らないという実に器用な効果を発揮している。これも彼女の優しさを反映した素晴らしいオテマエだった。


 でも痛いものは痛い。

 二人は緊急搬送されていく。



「帰投する」



 彼らは引き上げた。

 留守番のミクに引き継ぎ、グランツに問わねばならない。

 留守番をしていたミクは『あっ』と叫んだ。


 グランツ老人とミカとアブドーラが『牢の中でカード遊びをして』いて、目を離した隙に喧嘩をしていたと彼女は報告した。ミカが止めた頃にはグランツは二人に縛られていたという。



「『父さん』。ただいま帰りました」

「おう。バカ息子。小娘。帰ったか」



 ミカと、なぜか一緒にいる発火能力者アブドーラは肩で息をしていた。

 能力者二人を向こうに回して傷ひとつなし。

 良くも悪くもさすが伝説の騎士だ。



 彼が『自ら囚われる気がなくば』能力者二人がかりでも厳しかったのだろう。

 能力はないはずなのに素晴らしいワザマエである。



「おい、アブドーラ、焼肉出せ。あとミカちゃんはお茶をくれ」

「……クソジジイめ」「全く、どうしようもないですね」



 老人は楽しそうに笑う。

「しかし、ミカちゃんが裏切ったのは予想外じゃった。どこで間違えたのやら」

「隊長さんに勘付かれました。御老人は痴呆が始まっているのでしょうね。全て稚拙なのです。引退しておけばよかったものを」



 苦笑いするミカに老人は告げる。

「だが、復讐は果たしただろう。これでおまえも未練などあるまいて」

 ミカは「そうですね」と認めたが「ひとつだけ新たにできました」と続けたもののさらなる続きは口にしなかった。


 ミカの態度が、尋問に協力的なこと。

 いやもちろん死刑囚が尋問をする権利などない。

 あらゆる意味でミカの行動は限りなく自然で、教養がある娘としては不自然だったのだ。


 よって発覚した。


 隊長は、副隊長は。ミカに『直接の殺しの証拠はない』グランツを抑えさせ、自身たちは殺しの容疑者を捕らえに向かった。



「みなさんおかえりなさい。お茶にしましょう」

 ミカは能力を発動させる。


 薫る茶の湯。

 悲しみも喜びも夢想の奥に消えていく。

 苦しみも辛さも過ぎ去って無に帰ってゆく。



「結局、俺が一番酷い目に遭った」

 アブドーラが愚痴る。

「せいぜいムカつくこの街をまとめて焼き払ってやろうとした以外なにもしてないのに」

「してるだろ」「ざっけんな」「殺すぞ」「ギロチン待ったなし」

 兵士たちの総ツッコミにガハハと笑う彼。



「正直戦力分析が甘いのです。アブドーラくんはとてもいい子ですよ」

 簡単に籠絡できますとミカはぼやく。

 なんでも牢が近くて口説き文句に辟易していたらしい。



「うーん。革命前は男女関係なくぶち込んでいたらしいから、囚人同士での性暴行なんて茶飯事で起訴すらされなかったらしいが」

「わたくし、その時に捕まらなくてよかったです。まぁどのみち我々特に危険な能力者は大抵個室待遇ですが」

「まぁ、牢屋の鉄格子どころか飛んでくる総鉄製のクロスボウの矢(クォレル)だって溶かせるからね俺。当然銃弾みたいな小さなものは全て消し飛ばせる猛者だもん。ミカちゃんの旗色悪そうだから助太刀したけど、まさか伝説の騎士様が死刑囚の復讐に加担するとは思わないし、仲間割れだとも思わないだろ。あと能力なしなのに無茶苦茶強い。おかしいだろこの爺さん」


 筋肉ムキムキのくせに頭脳派を名乗るアブドーラ。

 筋肉で解決してよと事態を飲み込んだミクは悪態をついた。



「さすがに縛首は嫌ですよ。糞尿垂れ流して死ぬのは乙女としては。ねぇ」

 ミカは悪びれない。糞尿垂れ流し発言が乙女らしいかは別である。



「まぁ、わしは老い先短い。ミカは復讐を完遂する。そして……」


 老人は笑う。


「おまえたちは、かつての絶対王政時代の騎士をギロチンに送り、名誉を回復して出世できない兵士から騎士に戻る。可能なら孫の顔を見せてほしかったが、まぁだいたい望みは叶ったわい」



「何故ですかグランツ老」

「おう、ジャン、改めて結婚おめでとう。子供はできたかね」


「気が早すぎます。まだ新婚です」


 揶揄われたと気づかない少年は真面目に答える。



「わしが騎士の頃は……まぁ良いことばかりとは言えんかった。訓練法ひとつにせよそうだ。

 だから、わしが現役のころやりたかったこと、教えたかったこと、そしてこれからわしのようなものがいなくても継続的に治安を維持できる隊、偏見ではなく身分ではなく状況証拠で判断し、人を無闇に縛らない連中で、無能力者中心でも機能する仕組みを作った。これは存外うまくいった」


 それには義理とは言え息子と娘の協力があったことは否めない。

 そして彼ら二人が彼の息子であり娘である限り、死ぬまで使い潰されるであろうことも。



「あとは死ぬだけじゃ。これは何かあったらいつでもジェントリどもはワシをぶっ殺すためにでっちあげてくるじゃろうから、まぁ自分から作るのがよい。孫を抱こうとする前日にギロチンとか言われたらムカつくからのう」



 問題は彼ほど一般市民に慕われた騎士は議員といえどもそうそう無実の罪を着せることはできないということだ。



「あの。あなたほど素晴らしい騎士がどうして死にたがるんすかグランツ老。待てばお孫さんもいつか」


 メイは問う。若い彼女には老人が死にたがる理由がわからない。革命を彼女はほとんど知らない。


 異端とされ左遷された教会のものたちがかえって村人を守り村人から守られていたので革命と無縁だった田舎育ちのジムやタナトスもそうだ。

 ちなみに都市部近郊の教会は腐敗していたのでめちゃくちゃ焼かれた。



 ニコニコ笑う老人の目は、若者たちに返答している。

 返事はしないと。



「疲れたからじゃ」

「そんな勝手な……」「くそ親父め。反省してください……」

 隊長と副隊長は家族として抗議した。



 覇王剣アイザックを名乗っていた男は単純な男で、匿名や別名を駆使して論壇で煽ってあるいは褒めておだてて調子づけ、彼言うところの『世界の真実』に気づかせるのは実に簡単な相手だったらしい。


 ちっぽけなプライドを捨てられない人間は多い。

 ちっぽけなプライドは最後の砦になりうる。

 しかしそれで自ら知らずに操られた挙句の果て、人まで殺すのならばあまりにも悲しい。



 ミカとグランツは覇王剣アイザックを育て、復讐を獄中と名誉職という安全な位置から達成した。



 ミカはいつかギロチン。

 グランツは老い先短い。



 グランツが被害者たち、いやその過程で死んだものたち全てについては『色々あった』以上は教えてくれなかった。



 そして気になることも彼は語った。


 隊長は確かに、『姫さまの消息を知るものはわしで最後になる』と老人の指先が彼の言動と反して動き告げるのを見た。

 彼のスキルは本音を言いたい相手からただしく聞くためにも使える。



 少なくとも老人とミカの利害は一致していた。

 誤算はミカが老人よりも、彼女に好意的な隊の女性たちに傾いたことである。


 あと偶然同時期に捕らえたアブドーラ。

 ミカに片想いする彼の参戦がなくばミカは容易くグランツに取り押さえられていた。



 月は巡り朝が訪れ、星がまた輝く。


 太陽王国と呼ばれたこの国も、ギロチンの雨が降り、満を持して公募された移民株式会社の株券は破綻寸前でいつまた革命が起きるかもわからない。



「ミカ。言い残すことはあるか」

 少年、ジャンはミカの最後の望みを聞くべくここにいる。

「言い残すことなどありませんが」

 ミカは微笑む。


 彼女のあおくなった頬に少しだけえくぼが浮かぶ。

「キスしてください」

「できない」


 少年は首を振る。

 彼は誠実で。そして頑固で。

 復讐心を捨てられない彼女の同類だった。



「いいよ。ポールの仇だけど……あんたは嫌いになれない」

 ポールの妻だった、今はジャンの妻であるリンが告げる。


「えっ。リンさんなぜここに」

「隊長さんたちが計らってくれたからね。

 それに……あんたが捕まらなかったらわたしはこの人を捕まえていない。

 そもそもわたしは、この人を愛していなかった。

 あ、今は違うよ。横恋慕したらぶっ飛ばす。浮気も許さない」



 青ざめる夫におどけるリンはかなりいい性格のようだ。



「どうしろってんだよリンさん」

 戸惑いつつ、妻の目と口に出してくれない真の意図を気にしつつも、少年は目を閉じるミカの頬に恐る恐るも軽く口付けた。


「ここまでしかできない。君は一人の女性から夫を、二人の子供たちから父を奪った。

 もちろん君の気持ちは嬉しいし、君を襲った不幸は許せない。

 たとえ彼らが父であり夫であっても……矛盾しているね。

 でも僕にはわからないことばかりなんだ。これからもずっと悩み続けると思う。だからリンさんや、子供たちと生きると思う。


 ごめん。僕もひょっとしなくても、ほんのきっかけで君と同じことをした。だから……」


 少年はミカに答えるほどのことばを持たない。

 初めて彼女に会った時のように、彼女のために泣く。

 リンはミカにかける言葉を持つが放たない分別はある。だから今の夫を支えようと誓い直す。



 ミカは寂しそうに微笑むと彼に告げる。



「ありがとうございます。充分です」



 リンは軽く夫を引きつけると、彼の唇を奪った。

「やらないけど、生まれ変わったら……奪いにきな。相手してやる」



 グランツ老人は、ミカの共犯である。

 諸々のことを考えれば共犯どころか教唆であり、当然のようにミカより罪は重い。



 しかし、彼は本当に老い先短い。

 二人と家を分かった真の理由は死の病だという。

 ふたりに気づかれる前に家を分かったのでふたりとも知らなかった。

 強がってはいるが自宅謹慎のうちに死ぬだろうと医者は言う。




 ミカは、ついでにアブドーラは予定通り処刑執行された。

 遺体は能力者であるゆえ慣例に従って火葬されたという。

 彼女らの墓には灰すら入らなかったが、子供のものと思しき二つの靴痕と、小さな花が活けてあった。

 そして。



「おはよう。本日より、新入りが入る」

『可愛いですか隊長!』


 隊員たちのチャチャが入る。

 男女比半々の隊ゆえ、この場合の『可愛い』は容姿が整っている年下の異性(※一部隊員には同性)を指す。



「……容姿は、整っているな」

「やったあ! 男すか女すか!」


「一人は女の子ね。でもわたしよりは5つ年上よ。21歳だもの」


「うおお! やったあ!」

 副隊長の言葉に沸き立つジムとタナトスは傷の後遺症もなく復帰したが、女性陣……ミクとメイの軽蔑の眼差しを防ぐには至らない。残念な若者たちである。



「えっと、まぁ誰が指導するにしてもすよ」

 メイはせっかくお見舞いに行ってあげたのに面白くない気分を抑えつつ、質問する。

「なんか能力あったりします」


「なくていいです!」

 続きを述べたのはミクだ。こちらもお調子ものふたりに機嫌を悪くしている。



「それについては問題ないわい」

 若者たちに声が届く。



 彼ら彼女らは見た。

 死病すらあっさり克服した伝説の騎士を。



「はじめまして。わしはクランク・ウルド『自転車』と言うピッチピチの21歳で」

『うそつけー!』



 若者たちは総ツッコミした。



「だってさあ」

 アブドーラが愚痴る。

「このジジイ、『癌を焼け。頭のこの辺と胸のこの辺と肺のこの奥と血の巡りのあちこちじゃ』とかめちゃくちゃ言いやがるんだぜ」

「いやぁ素晴らしいオテマエじゃ。さすがアブドーラくんじゃ。今度良い娘を紹介するワイ」


 そう言って人差し指と中指を立てるジジイに若者たちはがっくり肩を落とす。


「あ、わしは病気で死んだからそのつもりで」

「誰が」「納得するかぁー!」



 怒り狂う息子と娘、若者たちにもみくちゃにされて老人は苦笑いしつつ、後ろに立つ娘に優しく微笑みかける。


 アブドーラは火炎能力者だ。

 あらゆるものを『思うまま焼き尽くす』能力者だ。

 そして炎は破壊のみならず再生をも司る。



 青を基調とした制服に、真新しい防具と十手を腰に差した美しい女性が名乗る。


「ミキ・ウルド『茶屋』と申します。『お茶を淹れる程度の能力』しかございませんが、皆様、改めて……」

「ミカさぁあああん!」


 女性隊員たちが駆け寄る。

 続き調子こいて抱き付かんと試みたアブドーラと他の一部男性隊員が女性陣やお手伝いの主婦たちから袋叩きにあう。


 収拾がつかないなか、隊長と副隊長が苦笑いを交わす。



 アブドーラの炎は彼が望むもの全てを焼き尽くす。

 もちろん、燃やしたふりすらも。

 また、光を操り幻影すらも生み出す。


 本人は直前までできなかったらしいが『死の危険と愛するミカのため頑張った』とほざいている。


 そういうことなら、きっとそうなのだろう。


 真の魔法とは、人の思いが生み出す神々も制御しきれぬ奇跡なのだから。

 そして、魔法でも起こせない何かが人のえにしの間には。

 神々が去り王も去ったこの王国にも今なおきっと。



 革命の余波は未だ残り、人々は悲しみと苦しみの中未だ立ち上がる力を持たない。



 あるものは希望を捨て。

 あるものは知性を嘲笑い。

 あるものは暴力に手を染め。


 あるものは正義を名乗って次の悪を育てると知らずにその鞭を無力な民にうつ。



 その中でも、人を縛ることを厭い、騎士の誇りを胸に秘め、『無能』ながらも友を信じ仲間と共に生きるものは、確かに。そう今ここにいるのだ。



 日の沈まぬ国とかつて呼ばれし栄光の太陽王国。

 仕える王は立憲君主となり去った今なお。


 彼らの志は、君たち、人々、民と共にある。


 若き『騎士』の魂秘めしものたちに栄光あれ。

 胸に燃える炎を鍛えワザマエにし、偉大なる太陽王(みよとこしえに!)へ捧げよ。


(おしまい)

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