時よ止まれ。時を戻す能力者などいないがゆえに
子供たちと別れた隊長副隊長。
二人は面倒な演説警備(※これが余計に長かった)を終えて休む間もなく歩いて捜査する。
どんな能力者が相手でも手掛かりを掴むには彼らは歩いて捜査するしかない。
従者の少年の身元保証人は男爵家。
ただしその家はもはや名ばかりだ。
そもそも男爵家には本来世襲特権がない。
従者の少年も陪臣では無く、男爵家は二束三文で彼の保証人になっただけのようである。
男爵家の生き残りを自称する老婆に硬いパンとバター、そしてわずかばかりの暖かいコーヒーを与えて二人と女は外に出る。
「仮に、あの子がスキル持ちを含む連中を殺したとしてもよ」
「はい。副隊長さん」
「動機が薄いとは言ったけど、どうもあの子の過去が怪しいならまた変わってくるわね」
「とはいえ、子供に重罪は課せない。法律が変わったのを二人とも知っているだろ」
隊長と副隊長、この二人が直接話すのはあまりない。
最近夜勤と日勤を交代する関係だったこともある。
「デートの邪魔をするわたくしがおふたりに殺されることならあるかもしれません」
ミカの悪ふざけに。
「ねえよ。ギロチン行き延期と一緒にするな」
「え。わたしミカさんとウインドウショッピング楽しいと思うよ。もっと早く会えていたらっていつも思うもの」
それは儚い望みだろう。
ミナトだってわかっている。
ギロチンの雨が降りジェントリどもは『つまらない小説』を炊き出しに使おうとする。
かつて日の沈まぬ国と呼ばれた絶対王政国家もいつ崩壊するかわからない中、ウインドウを持つ店も減っている。
「戻ったらあの子供を取り調べるが」
「うん。でも子供に重罪を課せないのと同じで、罪の根拠も希薄なまま拘束はできないわ」
ミカが苦笑いする。
「取り調べに耐える程度の回復なら、1日あたり2日延長でお願いします」
隊長が抗議する。
「半日だろ」
副隊長が加勢する。
「子供の怪我を治さずに放り出すなんて騎士道精神に反するわ。それにミカさん。あなたなら半殺し状態で取り調べられる辛さがわかるでしょう。だってわたしあなたを裁判の席に送りたくない。心の傷までチャで治せるとはわたし思わないもの」
ミカは殺戮に至るまでのことを逐一、男どもから受けた性的虐待を裁判になれば全て告白せねばならない。
ある意味隊長が『ギロチン』と言い張るのは彼なりの情けである。
「つまり、完全に治して、副隊長さんはこの一日で、場合によっては黙秘を貫くかもしれない子供からお話を聞けると信じているのですか」
「ちょっと都合がいいな。黙秘権がある上に子供の証言は別に証明しなければならないだろ」
二人の指摘に古の皇女の名を継ぐ女性は答える。
「私、子供が相手でも、信じているもの。トライス兄。……隊長だってそうでしょ。そのマントは飾りなの。
私は違うわ。たとえマントを不名誉印で自ら汚してもちっぽけな騎士道すら捨てたら……私は私でなくなってしまう」
たとえ今、この街この路地が馬糞と人の痰に沈むとしても。誇りという太陽だけは常に胸にある。
彼女の気概は今の時代は嘲笑の対象となる。
おそらく皮肉屋のジェントリどもなら金貨を投げつけ手を叩き見せ物と呼んで笑うだろう。
しかしながら死刑囚の女も隊長も彼女を笑わない。
「では、たくさんおもちゃを用意していきますか」
皮肉げな女に兵士たちは笑わない。
「騎士道に則り、誠実に話すだけさ」
少年を牢から出し、隊長は真摯に、指先を動かしていく。
副隊長は静かに頷き、少年の拘束を解く。
「釈放を前に、おまえの傷を癒す」
そうしないと死ぬ。
むしろ彼は釈放など望まない。
このまま釈放されれば死ぬのがわかっているからだ。
「傷を癒す能力者がいるのかい」
「わたくしです」
瀕死だった少年はミカを覚えていない。
「は、ははは、綺麗なお姉ちゃんだね。天使様みたいだ」
「あら、口の減らない子ですね」
先は茶をほとんど飲めなかったが、今ならなんとかできるだろう。副隊長が水差しを持ってくるのを死刑囚は制し、艶然と微笑む。
「では、力を抜いて」
女は少年にくちづけした。
「必要だったのかアレ」
「くちうつしに何か」
刺激が強すぎて当てられた副隊長は席を外してしまった。
少年は回復し、ミカの言うがまま話している。
どうも『王の手』の持ち主と勘違いしている節がある。こちらも回復能力だが、触るだけでなく口付けで大きな効果を持つ。
そして『王の手』はそれだけで権威あるスキルなのだ。
「わたくし、かれの減らず口を塞いだだけです」
ミカは帛紗をハンカチがわりに口元を清めると手のひらを開き、帛紗を宙にしまう。
「……捜査協力、感謝するよ」
ギロチン送りを誤魔化すべくなんとか書類を書き直さないとならない。
くそ、もうネタが尽きたぞ。どうしよう。
「覇王剣アイザックは自ら腹を刺した」
「魔導士はアイザックに屠られた」
状況証拠と一致しない証言を得た。
アイザックがやられたのは薬を嗅がされ後ろから喉だ。腹ではない。
彼は棍棒と思しきもので殴打され顔すらわからない。
しかし少年は間違っていないと主張する。
その証言ことごとくが実際の状況と傷と異なる。
しかしアイザックは友人をいきなり殺戮する動機がない。
「証言があからさまな嘘ならあの子供がやったことになるけど」
「そんな稚拙な証言はしないだろ」
しかし他人を殺したうえで死体の傷を移動させる能力があるとは思えない。
「あのコ、腹をやられていたよね」
「内臓破裂だ。治癒能力者は貴重だがミカのように外傷以外も癒せるオテマエを持つものはさらに少ない。たまたまミカがいて……」
自らに艶然と微笑む女に彼はそっぽを向く。頬は赤い。
「よかったと思う」
「ふふ。もっと褒めてくださいな」
「外傷を含む状況証拠とその場にいた少年の証言がまるで異なる。普通なら状況証拠を優先する。捜査の基本に従うならば誰だってそうする俺もそうする」
「隊長。なのに何故です」
「『手話』を念の為に使ったが、『話が通じている』。彼は少なくとも俺と話をする気があり、これは能力でもワザマエでもないカンだが俺には嘘をついているように感じない」
「厄介ですが、子供に冤罪が向くよりは良いでしょう」
過去に捜査妨害の限りを尽くしたミカが言うと全く説得力がない。
「コゼちゃんたちも知らない以上、子供がらみでもなさそうですしね」
「詰まった時こそ解決の機会だ。まずは」
柔らかなお湯の匂いが茶葉のそれと混じる。
乾いたくちびるを湿らせる茶の暖かさ。
「お茶にしましょう。おふたがた」
花を模るクッキーに、あざやかな色の砂糖から作りし金平糖。
卓を巡り手早く行われる美しい所作。
「結構なオテマエで」
「素晴らしいオテマエ」
「ありがとうございます」
兵士二人と死刑囚は共に茶卓を囲む。
茶をくちにふくみ、事件を最初から最後まで思いを巡らし、やがて忘れていく。
幼い思い出、騎士を目指した苦難の日々、革命。そして……。
「ミカ」
「なんでしょう」
「来月、貴様は縛首だ。用意をしろ」
「た、たいちょう! それはひどい」
隊長は厳しい表情を崩さない。
「黙ってろ。それより、招集をかけろ。全員出撃だ」
「わたくしも行きましょうか」
「用意をしろと言った。頼むから『クランツ老のカードでも相手してやって』くれ」