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ワザマエの世界  作者: 鴉野 兄貴
革命はティータイムの前に
2/4

『革命よ永遠なれ!』『そして二度とくんな』

「出ろ。ミカ・ウルド『泉家』」


 ポールを殺した女はギロチン予定だったが、優秀なのでまだ生かされている。


 気づいたら牢屋が華やかな私室になりつつある。後でまた叱っておかないといけない。


 彼女がパチンと手のひらを叩くとスキルが解除され『チャシツ』は消え、元の汚らしい牢屋に戻る。



「どう思うこの事件」

「私に言いますか」


 冷淡を絵に描いたような顔だが、逮捕寸前まで虫も殺さないような華やかな笑顔溢れる女性だった。


「私のような流派スキル持ちかは分かりかねますが、かなりのオテマエですね。無能力でも侮るべきではありません」

「ギロチン10日延期で頼む」


 彼女はどこからか出した茶にくちびるをよせてふっと湯気を放つ。


「15日」

「12日」


 二人の視線が交わる。


「今から忠告しますが、隊の負傷者治療を担当する条件で伸ばすとおっしゃるならば20日です」

「ええい! なんとかする! 20日でいい!」


 彼女はポールの憎き仇ではあるが、病気治療や解毒能力そして傷の治療能力はそれぞれ国家が確保に躍起になる希少な能力者だ。まして実質3つとも使えて即応性もある。殺すには惜しすぎる。


「では、お粗末ですが……」

「毒菓子は要らん」


 彼女は悪戯気な笑みを浮かべる。


「いえ、象が眠る程度の麻酔です」

「死ぬだろ。あるいは廃人になるわ!」



 とりあえず能力を直ぐに使えないようぐるぐる巻きにして、市女笠いちめがさとケープで姿を隠す。これくらいはしないと危険すぎる。


「あ、ミカさんどうも」

「副隊長さん。私、また長生きできそうですよ」


 今日は珍しいことに隊長副隊長が揃っているのでミナト副隊長が彼女に手を振ってみせた。


 仲間の仇ではあるものの、彼女の事件に至る経緯いきさつもあり、ミナト以下女性隊員の中には彼女に同情的なものもいる。


 何より彼女は教育を受けており賢いのだ。



「状況からして、従者の子供がおかしいのでは。腹を殴られていたと言いますが」

「自分で殴るには少し酷い程度にはな。……内臓破裂だったんだぞ」

「容疑者からは外れているけど、ミカさんがおっしゃるなら再調査すべきね」


 従者だった少年は取り調べの最中、あとから瀕死の重症となり、ミカの手を借りるハメになった。


「さっさとおまえをギロチンにかけたいのだが」

「あら、酒場のご主人が皆さんに格安でお酒を提供しているのは誰のおかげかしら?」


 憎ったらしい。


「私はアルコール依存症も治せますけど、手加減して最低限の健康にしてあげて売り上げ貢献しています。


 もう少し店主の彼と酔っ払い共とその奥様方の助命嘆願は続くでしょうね。


 それにわたくし、茶だけでなくお酒……アムリタやソーマも作れますよ」

「ねえよ!」「それが作れるのは『伝えるもの』『魔王』だけよ!」


 出鱈目もお手のもの。


 そんな彼女はどこからか取り出した帛紗ふくさで先程まで茶を呑むのに使っていた茶器を清めると虚空にそれを仕舞う。


 ぐるぐる巻きにしたはずなのだが。


「スキルは私のように後天的に目覚めたり訓練で強くなるものもいます。また、全く役立たないとされる『ゴミスキル』ならば逆に認知されておらず、極めて危険な存在となりえます」

「あんたがいうな!」「貴女が言うと説得力ありすぎて怖いわよ!」


 例えば最近亡くなった騎士に『変顔』というスキル持ちがいた。変な顔をして笑わせるだけのスキルとされる。もう一人は『ハラキリ』らしい。こちらは自殺スキルである。彼らは決闘立会人を務めるほどの信用がある紳士たちであったが、事故や中傷と決闘から身を守る術はなかった。


「とはいえ、私はおふたりに捕まりましたからねえ」


 ほほほと笑いつつどこからか取り出した扇子でぱたぱた。


「扇子ってチャキなのか」

「らしいですよ」


 今の扇子、金属製だったような?!


 二人は耳打ちしあう。

 彼女は『ヨジョウハン』の小さな小屋くらいなら出せるらしいし、緊急のトイレも用意できる。

 とにかく隊が運用できる最強の能力者といって良い。



「ミカと比べたらこの間捕まえた発火能力者とか可愛いもんだぜ」

「ああいう単純な能力は逆にものすごく強いので、私では奇襲前提で戦わねば勝てません。


 アブドーラは実際鉄をも溶かす力を持ち、外的要因でファイアストームが発生すれば最後、街を壊滅させかねない猛者でしたよ」

「ふぁいあすとーむ?」


「もう、学のないかたたちはこれだから……発火能力者は彼の想像力次第では光と同じ速さで動き回ったりしかねないと説明すれば理解できますか?」

「全くわからん……」「想像もつきませんね」



 能力者同士の戦いは相性と初見殺しと応用能力であり、無能力者の主観とは異なるらしい。


「ものが燃える時、空気中の酸素が必要であり、大量の酸素が消費されたのち、なんらかの原因で酸素が流入すると消えかけた炎が一気に膨れ上がる現象は皆さんも火事の現場の経験則としてご存知でしょう。これをバックドラフト現象と言いますが、チロチロと燃えていた小さな炎が周囲の可燃物が充分な温度を得ることで一気に膨れ上がるフラッシュオーバー現象と重なることで発生するのではないかと言われております。端的に言えば都市を壊滅させるに充分な炎の竜巻が……」

「すまん、もう理解できん」「ごめん。あたしもなぜ一気に消えかけてた炎が燃え上がるのかちょっとわかったかも程度」


「もう。お二人とも。

 まだまだわたくしがお世話しなければなりませんね」


 彼女は呆れたように、実際あきれたのだろうがため息をつくと自ら二人の後をついていく。


「ぎゃ! ミカ!」

「あら『幸せの』ジャン様ご機嫌よう」


 角でジャンとぶつかりかけ、彼の表情が凍る。


「たたたた、隊長! こいつを牢屋からまた出して!」

「あの時は申し開きすることも叶わぬことを致しました。ポール様の細君と結ばれたとのことはわたくしの小耳にも入っておりますわ」


 見事なカーテンシーを決める彼女だが、ジャンからすれば親友でありまた今の新妻の夫だった男の仇である。


 あの騒ぎのどさくさでポカポカ殴られた後、そのまま寝込んでいると思われたジャンだが見事復活したらしい。



「てめえ今日こそギロチン送りに」

「わたくし、もう少しジャン様にお会いしておれば、別の道を歩んだかもしれませんね」


 ジャンの憎しみの表情をものとせずうっとりと彼女は呟くと『ご機嫌よう』と勝手にスタスタ歩き出す。


 逮捕寸前まで親身になり、彼女の代わりに泣いてくれた唯一の男であるジャンにはミカも大人しいし素直である。『死ね』だけは頑として受け入れないが。



「では参りましょうおふたがた」

「一応、隊長は俺……」

「私が副隊長……」


 こうして死刑囚と二人の兵士は街に出た。



 革命が起き、王国は一変したという。

 それは一部のジェントリどもだけで、庶民は今なお貧しい。



「下向け恵め

 上向きゃ拳骨


 お願い旦那

 恵みなさい


 おいらはスラムの紳士

 あたしはスラムの令嬢


 ボロのマントをきらめかせ

 クズのドレスにネズミの宝石



 未来はクソ盗人

 あるいはアバズレ娼婦


 アル中ヤク中ネズミがチュウ

 あたしのドレスに病気中



 救って我らが騎士様。

 どこに行ったの騎士様。


 貴族はトンズラ王様も。

 情けないはジェントリ。


 そのうち炎がまた上がる。


 下向け恵め。

 上向きゃ拳骨」


 閑散な拍手となけなしの銅貨が投げ入れられ、少年少女は大仰な礼。


「や、ガブロ。景気はどうだ」

「いいわけないだろバカ隊長」


「こんにちは。コゼ。ごきげんよう」

「御機嫌な竿つれたあんたほどじゃないわ」



 知人の乞食少年少女の悪態に苦笑いの二人。

 この二人はなぜかやたら歌が上手く、見事な即興歌、それも時世に合わせた内容を歌う。驚くことに新聞が読めるらしい。

 普通なら不敬で逮捕な内容も子供ゆえに見逃されている。

 実際、逮捕し連れて行っても隊の食料食って帰っていくだけでなんの意味もない。


「なんか見なかったかガブロ。コゼ」

「具体的に言ってくれ。例えば」


 彼は悪戯っぽく笑う。

「ミナトねーちゃんの胸周りが1センチ、腹周りが2センチ増えたとか」

(※本文はこちらの世界の度量衡に合わせています。作者)


「……」

「逃げろガブロ?!」


 慌てて割って入る隊長。

「な、な、ミナミ! 子供相手に大人げない!

 それにほら、胸より腹のほうが太りやすいのは当たり前で。ない胸が膨らんだだけマシ……」


「あ」

「隊長さん、かわいそう」


 大きなモミジを頬に受けて、隊長はいまだ機嫌収まらぬ副隊長を連れ、子供たちに屋台で簡単な食事をおごる。



「……ああ、従者のガキが疑われているのか」

「てめえもガキだ」


「ガブロさん。何かご存じでしたらこの二人に教えてくださいな」

「おねーちゃん。ジュースジュース。チャは苦いし海藻臭いから嫌い」


 横からコゼが口をはさむ。

 死刑囚の女は何処からかともなく砂糖の入ったレモンティを出す。


「……チャはいらないと言ったのに」


「でも嬉しそうですね」

「結構なオテマエです……だっけ。もう一杯くれ」

「あたしも! 『結構なオテマエですね』」

 こういうともう一杯貰える『能力』であると子供たちと二人は知っている。



「まぁ……確かにチャのねーちゃんの言う通り能力持ちならあり得るのかもだが」

「証拠がないわよ。それに動機も。どうして子供の従者が主人とその友人を殺さないといけないのよ。しかも自分で内臓はれつ? すごいいたく殴ったんでしょ」


 子供のことなら大抵知っている二人でもわからない事はある。



「しかしながら」


 あの従者の子供が何人ものスキル持ちや魔導士である貴族を討ち倒せるとは到底思えない。誰か協力者がいたのかと疑問を浮かべる隊長以下にミカは曖昧な笑みを向ける。



「単独でなくばあれほど証拠のない現場にはならないわよ」

「そのようですね」


「それに動機も不明だ。『覇王剣』のアイザックと言えば論客としても有名ながら子供に恨まれるようには見えない」

「わかりませんよ。親の喧嘩に子供が出てくるかもしれませんわ」


 そんなバカな。

 子供たち二人と隊長副隊長は呆れる。


 しかし可能性はあるのだ。

 それを調べて足を運ぶのはあくまで彼ら彼女らである。


「隊長、12時からウルド『花屋』卿の演説警備ですよ」

「ああっ。あんなジェントリどもの世話なんていらねえだろ。私兵を使えよ金持ちのくせにケチくさい」


「隊長さん。法治国家という言葉、最近の辞書にはありますから今度字引を引くと良いかと」

「ジェントリどもが図書館から焚きつけに使ってなければな」

「ごめんガブロ、コゼ、話の途中だけどわたしたちこれで」


 兵士にしては憎めない連中を見送り子供たちは呟く。



「……チャのねーちゃんまた生き延びそうだな」

「わたしたちも冬を越さないと死ぬわよ」



 一応孤児院はあるが革命のドサクサで未だ待遇の悪さが有名であり、飢え死にした方がマシとはコゼの意見であるが直接孤児院とやらを見たわけでないガブロも大体同意している。


 とりあえず二人はミカの能力で生み出されたお菓子で今日は腹を満たすことができた。同意すれば、この場合は腹に入れちまえば本来スキル解除やスキル持ちが死亡したら解除されるような能力で作った菓子でも栄養になる。


 子供たちは逞しい。しかしながらいつの世も子供は無力である。

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